エルロイド教授の妖精的事件簿   作:高田正人

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 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「ヴィーダルシャ様は……」

 

 食後に砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーを飲みつつ、マーシャはヴィーダルシャに話しかける。

 

「さん、でよい。故国を離れた今は、一人の男性としての客分だ」

 

 異国の王子はそう言うと、典雅に水パイプに口をつける。

 

「ヴィーダルシャさんは、どうしてこちらの国に来られたんですか? 留学でしょうか?」

「この国は面白いが、さりとて倣うべきものではない」

 

 甘ったるい煙を吐きつつ、彼は答える。タバコではなく、様々な種類の香料を焚いた香に近いもののようだ。

 

「余の国には余の国のやり方がある。率先して倣わずとも、時代が自ずと余を導く」

 

 過剰に吊り上がった目が、マーシャのそれと合う。暗く硬く、さらに重たく深い、渦巻くような視線だ。

 

「そして、時の流れと共に世相がどんなに変わろうとも、余と余の国は絶えぬ。死した後、再び生まれる。生まれた後、再び死ぬ。生と死は相反するものではない。同じ輪の中にあるのだ」

 

 不可思議なことをヴィーダルシャは言う。この場にエルロイドがいれば、東洋の輪廻の思想だと分類しただろう。

 

「よく分からないけど格好いいです……」

 

 座る場所をヴィーダルシャの隣に移したキュイが、恋する乙女の視線で彼を見上げる。彼の発言など寸毫も理解せず、ただ彼の声と仕草に酔っているようだ。

 

「それよりも、余には果たさねばならない務めがあってな」

「それは?」

「嫁取りだ」

 

 ヴィーダルシャが真顔で言い放ち、思わずマーシャは飲んでいたコーヒーでむせるところだった。

 

「我が王家には、そろそろ新たな血を入れる必要がある。血と財を守るために近き者同士で婚姻する時代は過ぎた」

「そのために、海を越えて帝国まで?」

「まあ、物見遊山を兼ねているのは事実だがな。ふふ、これはここだけの秘密だぞ」

 

 ヴィーダルシャがおかしそうに言う横で、不意にキュイが深刻そうな顔をする。

 

「あの……」

「どうした?」

「……私、実は移民ですから、帝国人じゃないんですけど……ダメでしょうか?」

 

 仮にヴィーダルシャが帝国人から嫁取りを考えているなら、移民であるキュイは除外されてしまうだろう。出自を偽らず正直に告白したキュイだが、幸いにも彼の態度は変わらなかった。

 

「気にするな。それくらいでは余と舌の合う人間を手放したくはない」

「ヴィーダルシャ様……感激です」

 

 彼氏の懐の深さに改めて感動しているキュイを、彼は慈愛のこもった視線で見つめる。

 

「そして正直だな。正直者は、余は好きだぞ」

 

 だが、その目が動くと意味ありげにマーシャの方に向けられる。

 

「何しろ、嘘は必ず見抜かれる。そうだな、マーシャ?」

 

 意味深なその台詞に、マーシャは曖昧にうなずくしかなかった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「マーシャさんマーシャさんマーシャさぁぁん!」

「はいはい、今度はどうしたの、キュイ」

 

 レストランでの会食から幾日かが過ぎ。再びキュイがマーシャに飛びついてきた。

 

「デートの、デートのお誘いです! ついに私、ヴィーダルシャ様とデートなんですよ!」

 

 片手にヴィーダルシャからの手紙とおぼしきものを持ち、彼女は目を輝かせる

 

「むふふー、これはついに、私も玉の輿ってことになりますか? なりますよね? なっちゃいますよね!?」

 

 すっかりキュイは盛り上がっているが、それも当然だ。異国の王族にと付き合うなど、キュイの人生からすると望外の幸運だろう。

 

「あ、もちろんそうなっても、マーシャさんとは仲良くさせて下さいね。身分の差なんて、関係ありませんから」

 

 殊勝なことを言うキュイに、マーシャの顔がほころぶ。

 

「もちろん、こちらこそよろしくね。それで、また同じお店かしら」

「違います。今回は森林公園でお散歩しようってお誘いが来たんですけど……うわーっ!」

 

 突然キュイは、それまでの幸福そうな表情を一転させ、不安そのものの顔になる。

 

「なんだか急に怖くなってきました」

「どうして?」

「だってその、お食事の時はお喋りするよりも食べる方に集中できますし、だから、その、会話がうまくできなくても大丈夫ですけど……。お散歩ってことだから、気の利いたお話とかできないとダメですけど、私そんなに頭よくないから…………」

 

 確かに、ポジティブだがやや頭の方が残念なキュイに、王族との小粋な会話など逆立ちしても無理だ。

 

「マーシャさん、一緒について行ってもらえますか!?」

「え? い、いいの?」

 

 結局、キュイの考えついた解決策は、マーシャという増援だった。

 

「お願いしますー。私、すごく緊張して絶対ドジなことしそうですから。フォロー! フォローを是非、是非お願いしたいんです!」

 

 そう頼られてしまうと、マーシャとしても了承せざるを得なかった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「こういうのもたまにはいいですね~」

「ええ、本当にそうね」

 

 結局、次の休日にマーシャはキュイのお付きで森林公園を訪れていた。ヴィーダルシャも今日は一人ではなく、執事とおぼしき中年の男性を一人連れている。ピクニックや散歩で多くの人が訪れる中、ヴィーダルシャの異国情緒溢れる容貌は多くの人の目を引いていた。

 

「あっ、ウサギです。ほら、ウサギ!」

「本当だ。かわいいわね」

 

 キュイの指差す向こうには、ノウサギとおぼしき茶色のウサギがこちらをうかがっている。

 

「ふむ」

 

 ヴィーダルシャがそちらをじろりと見るや否や、ノウサギは耳をピンと立てて一目散に逃げていった。

 

「あれ……逃げちゃいました。怖かったのかな?」

「まだ余たちが遠くにいたからだな」

「え? 普通逆じゃないですか。遠くにいたら、危なくないから逃げないと思うんですけど……」

 

 つかの間キュイは彼の言葉に疑問を呈するが、すぐにうなずく。

 

「あ、でもヴィーダルシャ様がそうおっしゃるんでしたら、そのとおりですよね、はい!」

 

 キュイは、ヴィーダルシャの言葉ならば全部肯定するつもりらしい。

 

「あまりに近づくならば、ああいった小さく弱々しい獣たちは逃げることさえ出来ず動けなくなるのだ。極東ではそれをこう言う。『ヘビに睨まれたカエル』と」

 

 ヴィーダルシャの「ヘビ」という語を聞いて、キュイが身を竦ませた。彼女は実は、ヘビが大の苦手なのだ。一度生きている大きなヘビと鉢合わせした際に、卒倒したことがあるほどである。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 公園と名付けられているものの、ここは自然保護区であり、奥まで歩くと森林に入り込む。

 

「なんだか変ですよね」

 

 木立の間に伸びる道を歩きつつ、キュイが不思議そうな顔をする。

 

「さっきから、誰もいません。それに、こんな奥にまで来たの、初めてです」

「人払い、という奴だ。多くの人間が騒ぎ立てるのは、余は好かぬ」

「ヴィーダルシャ様?」

 

 キュイの疑問を否定も肯定もしない彼の言葉に、キュイはますます頭に疑問符を浮かべている。だが、ヴィーダルシャは完全に彼女の動揺を無視し、数歩先に歩いてから振り返る。

 

「キュイ、お前には余の秘密を明かしておこう」

 

 突然始まった告白は、彼女の疑問符を打ち消すのに充分な重みがあったらしい。

 

「は、はいっ! 何でもどうぞ!」

「だがそれは、お前が余にとって、秘密を打ち明けられる仲であるからではない。元より、暴かれぬ秘密などないのだ。だが、その時がこのような形で訪れるとは予想外だったがな」

 

 含みを持たせた言葉と共に、ヴィーダルシャの目がマーシャを見る。

 

「そうであろう。エメラルドの目を持つ娘。この国の物言いに乗っ取るならば、妖精女王の目を持つ娘よ」

 

 その言葉と共に、ヴィーダルシャと執事の姿が溶けるようにして消える。同時に、マーシャの左目が緑色に輝いた。彼女の意思を介在しない、反射的な動きだ。一瞬の静寂の後、何かがゆっくりと木々の間から姿を現してくる。硬い鱗がこすれ合う音。太く重たいものが地面を這う音。霧が晴れるようにして、それは二人の前に具現していく。

 

 黄金色に輝く鱗。やや人間に似た胸と肩と腕。しかし、長い首の先にある頭部と、地面に長々と伸びる胴体は、明らかにコブラの形をしていた。

 

「余はヴィーダルシャ・アーナーンディヤナ。余の王国は秘された地下にあり、余の民は皆地を這うヘビの同胞である」

 

 ヒトとヘビのかけ合わさったようなその姿は、光耀王国ではナーガと呼ばれている。

 

「キュイ、お前の友が余の姿を見抜く目を持つ故に、先んじてこの姿を見せることにした。さて、お前には余がどのように見える?」

 

 ヴィーダルシャは堂々と腕を組む。そのすぐ隣には、彼の執事が無言で控えていた。だが、その姿は彼と同じナーガに変じている。

 

「キュイ? キュイ? どうした?」

 

 彼の問いかけに、キュイは無言のまま答えない。

 

 いぶかしげな雰囲気を身にまとったヴィーダルシャが、立ち尽くすキュイに顔を近づける。その口の先端から二叉に分かれた長い舌が伸びると、素早く出し入れされた。だが、頑ななまでにキュイに変化はない。ややあって、ヴィーダルシャの口からため息がもれた。

 

「……いかんな。完全に気を失っている。いささか驚かしすぎたようだな」

 

 彼の言葉通り、キュイは立ったまま気絶していた。大のヘビ嫌いのキュイである。突如巨大なヘビ人間の姿を見せられて、気絶するなと言う方が無理である。彼女のその醜態を見て、急に興味が失せたようにヴィーダルシャはきびすを返した。長い長い胴体が気怠げに動く。どうやら、キュイの玉の輿計画はあっさりと潰えてしまったらしい。

 

「まあよい。縁は巡るもの。一つの縁が途切れたところで、次の縁が余と誰かを結び合わせる。あるいは…………」

 

 そう言うと、彼は長い首を動かしてキュイを再び見る。

 

「再び切れた縁が、どこかでつながるやもしれぬ」

 

 ヴィーダルシャのその言葉に、マーシャはどことなく未練とでも呼ぶべき響きを感じるのだった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

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