エルロイド教授の妖精的事件簿   作:高田正人

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 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 マダム・プリレの屋敷を後にし、エルロイドとマーシャは道路を足早に歩いていた。石畳を打つステッキの音の間隔が、ずいぶんと早い。

 

「わ、私は諦めないからな!」

 

 余程、彼女の言葉が腹に据えかねたのだろうか。先を行くエルロイドが振り返ると、マーシャに向かってそう啖呵を切る。

 

「まさか……中東にまで行かれるつもりですか?」

「そうではない! 多忙な私が、短刀一本のためだけに帝国を離れて海を渡る時間があると思っているのかね!?」

 

 エルロイドは激したのか、とうとうステッキを振り回しつつ大声を上げる。

 

「私には才能がある! 科学がある! 向上心がある! そして何よりもマーシャ、君がいる!」

 

 突如、彼は立ち止まるとステッキの先端でマーシャを指す。

 

「わ、私ですか?」

 

 いきなりそんなことを言われ、再びマーシャは驚く。今日はこれで二度目だ。彼女とエルロイドとの関係は、あくまでも助手と教授、侍女と雇用主の関係どまりだ。それ以上に進展することはない。けれども、時折こうやって知ってか知らずか、エルロイドはマーシャの心を揺さぶるようなことを平然と言ってくるから困る。

 

「そうだ。妖精女王の目を持つ君がいるならば、私にとっては何よりも心強い助力だ。あのうさん臭いマダムの言葉になど、私は惑わされないからな! 必ずや、私はこの短刀から妖精を摘出してみせる!」

 

 案の定、エルロイドはマーシャのことを助手として必要としていた。端的に言えば、彼女の妖精女王の目が必要なのだ。

 

「認めるものか! 何としてでも、私は私の信じる道を歩ききってみせる。科学に不可能はない! 人に限界はない! 人間の意志は自然に打ち勝ってみせるのだ!」

 

 エルロイドは熱っぽくそう宣言する。それはまさに、科学を信奉する者の言葉だった。自然には勝てないというマダム・プリレの言葉は、彼の信条と対立するものだったのだろう。

 

「そうでなければ……」

 

 だが、鋼の如き不退転の決意を堂々と述べた後で、不意にエルロイドの表情が曇った。それまでの熱に浮かされた狂騒と言ってもいい情熱は急にしぼみ、影が差す。

 

「そうでなければ、私の研究は輝かしい未来への先駆けではなく、ただの一代限りの資料の羅列でしかないではないか…………」

 

 それは、エルロイドがまず見せることのない、彼の弱気な側面だった。ずいぶんと、短刀から妖精を取り出す手段がないという事実が堪えたらしい。日頃絶対の自信を持っている自信の研究にさえ、評価が低くなる。確かに、彼の妖精に対する研究が社会に影響しなければ、それは無意味な資料でしかない。後継者もいない、ただの一代だけの物好きだ。

 

「教授?」

 

 しかし、そんなエルロイドにマーシャは優しく呼びかけた。

 

「何だね?」

 

 不満げな彼の声など無視して、マーシャはほほ笑む。

 

「きっと、教授は成し遂げられますよ。絶対に、教授の研究は将来役に立ちますから。私はそう思います」

 

 マーシャの力強い駄目押しに、エルロイドは疑問を投げかける。

 

「なぜそう断言できるのだね。君はこの国の官僚ですらないのだぞ」

「女のカンですよ」

「カンとはまた……非科学的な」

 

 エルロイドは辛辣な言葉と共に肩をすくめかけ、しかしそうすることはなかった。

 

「それに、私が信じたいんです。私が、教授を応援したいんですよ。いけませんか?」

 

 マーシャの続く言葉は、彼と違い辛辣さなど欠片もなかった。

 

 エルロイドは目を上げて、マーシャを見つめる。マーシャもまた、臆することなく彼を見つめかえす。左側だけが緑色に染まった、不思議なオッドアイで。妖精を見つめ、ひれ伏させるその女王の目で。

 

「……勝手にしたまえ」

 

 長いような短いような沈黙の後、エルロイドは短くそう告げた。

 

「はい、では勝手にさせていただきます」

 

 それだけ言うと、二人は再び歩き始めた。エルロイドが先に歩き、マーシャが後に続く。

 

「……今日の君はずいぶんと優しいな」

 

 しばらくして、何気ない様子でエルロイドが口を開き、だが慌てて訂正した。

 

「いや、優しいのではない。口がうまいな。そうだ、口がうまい。口がうまいだけだ」

「がんばっている人は、応援したくなるんです」

 

 自分の動揺をうやむやにしようとするエルロイドを見て、マーシャはくすくすと笑う。

 

「そんなものかね」

「そんなものなんです」

「……理解に苦しむな」

「苦しんでもいいですよ」

 

 そんな言葉を交わしながら、二人は歩いていく。その後ろ姿は、いつもよりもほんの少しだけ寄り添っているように見えた。

 

 ――いつもよりも、ほんの少しだけ。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

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