エルロイド教授の妖精的事件簿   作:高田正人

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 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 屋敷に招待された二人は、応接室に案内された。テーブルにはココアの他に、チョコレートやケーキなど甘い物ばかりが置かれている。

 

「食べないのか?」

 

 ツァーテスの言葉に、エルロイドは首を左右に振る。

 

「異界で食事をすると帰れなくなるというのは、神話や伝説でよく見受けられる。君としても、我々に居着かれては困るのではないかね?」

 

 少々棘のある物言いに、ツァーテスは嫌な顔をした。

 

「さて、本題に入ろう。私はヘンリッジ・サイニング・エルロイド。ドランフォート大学で妖精の研究をしている教授だ。こちらはマーシャ・ダニスレート。私の助手だ」

「よろしくお願いします」

 

 マーシャが立ってお辞儀をすると、ツァーテスは少しどぎまぎした。

 

「あ、はい」

 

 素が出ている。

 

「私は見ての通り多忙な身だが、君の父とは懇意にしていてね。彼から、自分の息子が行方不明になったという話を聞いて、いてもたってもいられず捜索を買って出たのだよ」

 

 エルロイドはここに来た理由を語る。実業家のベールズ・フーハンガーはドランフォート大学に多額の資金援助をしていて、その縁でエルロイドが息子の捜索に呼び出されたのだ。

 

 もちろん、ベールズは警察に捜索を依頼していた。だが、彼の息子は一ヶ月が経っても行方不明のままだった。藁をもすがる思いで、父親であるベールズはエルロイドに息子の捜索を懇願してきた。イローヌでは、度々妖精が目撃されたこと。そして、妖精は時折人をたぶらかし、自分たちの隠れ里に案内して一緒に遊ぶという言い伝え故に。

 

「そして、我々は君を見つけた。時間をこれ以上無駄にする必要はない。一緒にロンディーグに帰ろう。支度をしたまえ」

「断る」

 

 どんどんと話を進めるエルロイドだが、ツァーテス、いやベールズの息子のダランは首を振る。

 

「即答かね。無駄に悩んで時間を浪費しない姿勢だけは評価しよう。だが、小旅行は終わりだ。もう寄宿舎に帰る時間だよ」

「だから断る。あそこは俺のいるべき場所じゃない」

「自分で自分のいるべき場所を選ぶ気概か。まだ学生の身、それも親に養ってもらっている身でかね?」

「それは今までの俺だ。弱くて、情けなくて、無力で、何も出来ないその他大勢でしかなかった俺の場所だ。だけど、今の俺は違う」

 

 ダランは側に立てかけてある自分の剣に、愛おしげに触れる。

 

「今の俺には力がある。誰にも負けない、自分の意志を押し通す、強くて気高くて破壊も創造も思いのままの、揺るぎない力がある。そして何よりも、俺には、守るべき者たちがいるんだ」

 

 そう言うと、彼は視線をドアの方に向け、猫なで声で呼びかける。

 

「おいで、シル、フェン、それにユー」

 

 その言葉と共に、ドアが開いた。

 

「はぁい、ツァーテス様」

「お呼びですか?」

「嬉しいです、私たちの主様」

 

 次々と、甘ったるい声と共に三人の少女たちが入って来た。外見はよく似ているが、衣装が違う。赤、黄、緑とおよそ三色に分かれている。

 

「妖精かね」

 

 ふわふわとした足取りで三人の少女たちはやって来ると、椅子に座るダランにしだれかかる。

 

「あんた、妖精を研究しているって言ったよな。そうさ、この子たちは妖精だよ。俺が見つけて、俺が保護して、俺が養ってやってる子たちさ。この子たちには、俺が必要なんだよ。そうだろう?」

「はい、ツァーテス様」

「私たちの、偉大なる主様」

「あなた様がいなければ、私たちは生きていけません」

 

 男の庇護欲と征服欲と支配欲をピンポイントで刺激するような物言いに、マーシャは顔をしかめた。嫌らしいと言うよりうざったい。

 

「どうやって、その子たちを見つけたんですか?」

 

 はっきりとしたマーシャの物言いに、ダランはびくりとした。

 

「そ、その……話せば少し長くなるけど、いいかな?」

「ええ、大丈夫ですよ。ねえ、教授?」

「構わん。貴重な資料だ」

 

 当然とばかりに、エルロイドはうなずく。許可を得て、ダランは傍目から見ても緊張した様子で大きく息を吸い込んだ。本当に、あまりにもちぐはぐな少年だ。ものすごい力を振り回しておごっているように見えて、こうやってマーシャの言葉一つで緊張する様子はただの少年でしかない。

 

「学校の歴史の授業の一環で、ここを訪れた時から、すべては始まったんだ。あの時の俺は、本当に何も出来ないただのガキだった。したくもない勉強をして、周りの顔色ばかりうかがって、話したくもない相手と話して、生きているって気がしなかったよ。本当に、生きにくかった」

「その気持ちは、多少理解できるな」

 

 唐突に始まったダランの厭世的な物言いに、意外にもエルロイドが同意した。

 

「そりゃ結構。それで、たまたまこの洞窟に一人で立ち寄った時に、そこに門が現れたんだ。あんたたちも、通ったんじゃないか? バラと黄金で彩られた、きれいな門を」

 

 マーシャとエルロイドはお互いの顔を見合わせる。あの門は、錆びて朽ちかけた門だったはずだ。

 

「どこにも居場所のない俺だから、迷うことなくくぐったよ。ここじゃないどこかに行けるんだったら、どこでもよかった。そして、気づいたらここにいたんだ。あの、すべての始まりとなった森に俺は立っていた」

 

 そして、それから始まったのは、ダランを主人公とした英雄の物語のダイジェスト版とでも言うべき内容だった。

 

 世界を飛び越える際に、いつの間にか契約を結んでいた混沌の魔剣。それを使い、ドラゴンに襲われた妖精の王妃を助け出す。そして魔物に支配された妖精の都に素性を隠して忍び込み、魔神の配下として仕えつつ少しずつ力を蓄えていく。クライマックスには妖精の軍を率いて魔神を討滅し、ダランはついに魔物たちから妖精の国を取り戻したのだ。

 

「…………ということで、俺は救国の英雄、漆黒公としてこの領地が与えられた。だけど、今も魔神復活をもくろむ魔物たちの残党はいる。奴らから領地と、そこに暮らしている妖精を守る役目があるんだ。今の俺は充実している。生きているって気がする。必要とされている。認められている。こここそが、俺の生きるべき場所だったんだ」

「でも、ご両親は心配されているんじゃないでしょうか?」

 

 マーシャの一言に、救国の英雄としての仮面はダランからあっさり剥がれ落ちる。

 

「……あ、あんな、自分の仕事と家柄と体面しか考えていないような奴ら、俺の親なんかじゃない。きっと……ただの、育ての親だ」

「そんな……」

 

 あまりの物言いに、マーシャは二の句が継げなかった。

 

「じゃあ、あんたはこの子たちを捨てて戻れって言うのか? この子たち、俺がいなかったら生きていけないんだぞ!」

 

 その言葉に、それまで無反応だった妖精たちが動き出す。

 

「ツァーテス様、もしかして、いなくなっちゃうんですか?」

「お願いです、私たちを見捨てないで下さい!」

「どうか一緒にいて下さい。どんなことでもいたしますから」

 

 この三人の妖精は、ダランと一緒になって魔神を滅ぼした旅の仲間らしい。それぞれ剣士、魔法使い、僧侶だとか。

 

「安心しろ。俺が、お前たちを見捨てるわけないじゃないか」

「嬉しいです、ツァーテス様」

「あなた様こそ、私たちの王です」

「感謝いたします、我らが主よ」

 

 ダランの優しい一言に、たちまち三人は猫なで声を出すのだった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「だから、戻れない。あいつらにもそう伝えてくれ。きっと、出来の悪い俺がいなくなってせいせいしてるさ」

 

 ダランはそう言って、会話を打ち切った。

 

「どう思うかね」

「ひどいことを言ってばかりで、本当に困った人です。ご両親のことをあんな風に言うなんて、納得できません」

 

 今日は泊まっていけとダランに言われ、二人は客室をあてがわれた。

 

「そう言うな」

 

 部屋を訪れたやや怒り気味のマーシャを、エルロイドはいなす。

 

「教授は、あの子の肩を持つんですか?」

「そうではない。彼の言っていることは確かに納得はできん。だが、理解はできる。男は誰しも、強くなりたいのだ。強くなって、周りを見返して、周囲にすごいと褒めそやされたいのだ。生物のオスとしての本能だな」

「私はそんなこと思いませんよ」

「それは君が女性だからだ。私も、力を求める希求はある。だが、力さえあればすべてが押し通ると思うのは、若い証拠だな。若者故の生意気な発言、少しは甘く見てもらえると私も嬉しい」

 

 いつになく物わかりのよいエルロイドの言葉に、マーシャは好奇心を刺激された。

 

「教授も、昔はあんな感じだったんですか」

「私はもう少し知性的だったがな。少なくとも、他者から気まぐれに与えられた力を振りかざして、自分に酔いしれることはなかった。それではあまりにも滑稽だ」

 

 そう言うと、エルロイドは深く考え込む。

 

「だから、彼にはやはり家に帰ってもらわねばならん。すべてが自分に都合よく回る世界に長く人がいたら、どうなると思う?」

「分かりませんが」

「気が狂うか死ぬだろう」

 

 率直な一言に、マーシャは背筋が寒くなった。ダランの経験を鑑みると、この場所は夢のような世界だ。すべてが訪れた人間に都合よく進み、無条件で歓迎され、褒めたたえられ、崇拝される。ここほど理想郷に近い場所はないだろう。ただ、マーシャとエルロイドが見てきた光景は、あちこちが歪で狂っていたのだが。

 

「当然だろう? そもそもヒトが生活する場所に、ここのような異常な環境などどこにもない。適度なストレスによって、人は生命活動を営む。一切のストレスが排除された世界は、墓場と同義だ」

「私としても、あの子は戻る必要があると思います」

 

 エルロイドは科学的な観点から断じるが、マーシャもまた深くうなずいた。

 

「それは…………」

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 


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