エルロイド教授の妖精的事件簿   作:高田正人

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 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「ケッ、テメー自分ノ立場ッテモンガ分カッテネーナ! アタシノ許可ナシデ、ドウヤッテココカラ出ルツモリダヨ! アァン!?」

 

 だが、妖精は真っ当なエルロイドの発言が相当お気に召さなかったらしく、目をむいてすごんでみせた。

 

「ふむ、確かにそうだな」

 

 エルロイドが同意すると、ここぞとばかりに妖精は詰め寄る。

 

「ヒャヒャヒャ! 口ノ利キ方ニ気ヲツケナ、学者先生。ソウダナー、『オ美シイ妖精様、ドウカコノ卑シイ豚メニ寛大ナオ慈悲ヲオ恵ミ下サイ』ッテ言イナガラソコデオ願イシテミロヨ。ソウシタラ、考エテヤラナイデモネーゼ?」

「ほう、私のプライドを粉砕して遊びたいようだな」

 

 分かりやすい妖精の恫喝だが、エルロイドはまったく動じない。

 

「グダグダ言ッテネーデサッサト腹括レヨ。ソウシネート、死ヌマデココカラ出ラレネーゼ」

「残念ながら、私には別の方法がある」

「ソーデスカソーデスカ。ジャア、ソノ別ノ方法ッテノヲ見セテクレヨ。アルンナラナ! ヒャヒャヒャ!」

 

 ゲラゲラと顔を歪めて笑い転げる妖精を尻目に、エルロイドは立ち上がるとステッキを手に取った。

 

 その握りが取りはずされる。

 

「それ、もしかして銃ですか?」

 

 ルーニーの問いかけに、エルロイドはうなずく。目立たないが、確かにそれには撃鉄も引き金もある。エルロイドが愛用する仕込み杖の一本だ。

 

「脳ガ腐ッチマッタカ? アタシニソイツヲブッ放シテモ意味ネーゾ!」

 

 杖に仕込まれていた拳銃を構えるエルロイドを見て、妖精がわめく。

 

「安心したまえ、私の脳は腐ってなどいない。むしろ今日も明晰極まる。自分でも恐ろしいほどにな」

 

 彼はそう言うと、躊躇なく引き金を引いた。乾いた発射音と共に、弾丸が銃口から発射される。だが、狙いはテーブルの上の妖精に向けられてはいなかった。弾丸は妖精の頭の上を直進し、壁に掛かっていた肖像画の額を見事に打ち抜いていたのだった。

 

「ギャー! ナンテコトシヤガルンダヨ! コノクソ野郎ガ!」

 

 次の瞬間、妖精の口から耳障りな悲鳴がほとばしった。妖精は眉をつり上げて怒りを露わにしている。一方、当のエルロイドは平然としている。

 

「おや、手元が狂ってしまったようだな。私としたことが珍しい」

 

 そんな白々しい嘘をつく余裕さえあるようだ。

 

 彼はすぐさま弾丸を装填すると、再び狙いを定めて引き金を引く。今度も妖精には当たらず、代わりに窓際に置かれていた淡い翡翠色の花瓶が木っ端微塵に割れた。

 

「ウギャー! テ、テメー、ワザトヤッタナコラ!」

「いやはや、珍しいこともあるものだ。この私が二度もはずすとは。だが、三度目の正直という言葉もある。今度こそ」

 

 まるで自分の体に弾丸が当たったかのように苦しがる妖精だが、それを目の当たりにしてもエルロイドは射撃をやめようとしない。

 

「ヤ、ヤメロ、ヤメロッテ言ッテンダローガヨー!」

 

 妖精の悲鳴と共に、今度はソファーの背もたれに焦げた穴が開いてしまった。

 

「アアー! フザケンナー!」

「さて、次は……」

「テメーマジデ許サネー! コンナコトシテタダデ済ムト思ッテンノカヨコラー!」

 

 妖精はエルロイドに飛びかかるが、彼は先程と同じく難なくそれをかわす。

 

「おや、こんなところにワインの瓶があるな」

 

 続いてエルロイドが目をつけたのは、テーブルの上に置いてあった赤ワインの瓶だった。

 

「ソ、ソレヲドウスルンダヨ。マ、マサカ……」

 

 躊躇なくエルロイドは瓶の先端を机に叩きつけて割り、その中身を平然と床にこぼしていく。高級そうな絨毯に、赤い染みが広がっていく。

 

「ヤメロー! ヤメロヤメロヤメロヤメロ! 人ノ家ダカラッテ好キ放題シヤガッテ! ブッ殺シテヤルカラナ!」

 

 もはや怒髪天を衝くという言葉さえ生温いほどに激昂する妖精を、不意にエルロイドは睨む。

 

「ならば早くしたまえ。君にできることは二つ」

 

 片手でワインを床に注ぎつつ、彼はもう片手の人差し指を立てる。

 

「一つは、私たちを速やかに解放すること。もう一つは……」

 

 彼はもう一本指を立てる。

 

「そこで泣き叫びながら、私が完膚無きまでにこの家を破壊し尽くすのを眺めていることだ」

 

 言うなり彼は、ワインの瓶を壁の絵に投げつけた。

 

「ギャアアアアアアアア! コノ人デナシヤロー! 外道! 悪魔! バカヤロー!」

 

 無惨に傷と染みがついた肖像画を見て、妖精は身もだえしながら絶叫する。

 

「さて、次はどんなことをしようか。童心に返るようで、これはこれで面白くなってきたぞ」

 

 エルロイドはぐるりと室内を見回す。まだまだ、室内に無事な家具とインテリアが数多くあった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 エルロイドによる、室内の破壊行為という交渉兼拷問は三十分ほど続いた。その結果がこれである。

 

「ゴメンナサイ教授ゴメンナサイまーしゃサンゴメンナサイるーにーサンアタシガ調子ニ乗ッテマシタ悪イノハ全部アタシデス心カラ反省シテイマスノデコレ以上ヒドイコトヲシナイデクダサイ」

「ふむ、ようやく素直になったようだな」

 

 応接間は、フーリガンが暴れた後のような惨状になっていた。壁の絵は一枚残らず破られ、汚され、傷つけられている。壁には石炭でびっしりと落書き(どうやら数学の公式らしい)がされ、皿や壺はことごとく叩き割られていた。床はワインとガラスの破片と紅茶がぶちまけられ、絨毯はすっかり見る影もなくなっている。

 

 例えるならば、これは体内で病原菌が活動しているようなものである。病原菌がヒトの体内で増殖したことにより、免疫が反応して熱が出たり腹を下したりする。だが同時に、咳や痰によって病原菌を体から追い出そうとするはたらきもある。エルロイドがしたことはそれとまったく同じだ。妖精の体内で暴れ回り、わざと追い出されようとしたのである。

 

「ゴメンナサイ皆サンモウ二度トイタズラナンカシマセン大人シク故郷ニ帰リマス誰ニモ迷惑カケマセンダカラオ願イデスココカラ出テ行ッテ下サイ」

 

 結果として、彼の作戦は大成功した。今や妖精にとって、この三人は遊び相手から、頭を下げてでもいいから出て行ってもらいたい相手になったらしい。その表情はもはやいじめられっ子のそれだ。

 

「そこまで言われては、私も帰宅するのにやぶさかではない。なあ?」

 

 フーリガン顔負けの非道に手を染めておきながら、エルロイドはけろりとしている。

 

「ええ、そのとおりです」

「は、はあ……」

 

 いつものこととばかりにマーシャは平然としているが、ルーニーはついて行けないようだ。

 

「オ帰リハアチラトナッテオリマス」

 

 妖精が応接間のドアを開けると、その先の光景は廊下ではなかった。すっかりご無沙汰となっていた、あの廃屋の玄関だ。余程早く出て行ってもらいたいらしい。

 

「玄関まで行く必要さえないとは。手っ取り早いのは素晴らしい。さあ、マーシャ、それにルーニー君。先に行きたまえ」

 

 鷹揚にエルロイドは、まず女性二人を優先する。

 

「あ、はい」

「ありがとうございます」

 

 妖精が出てきてからすっかり蚊帳の外だったが、外に出られるのならば何でもいい。マーシャは促されるままにルーニーと共に外に出る。

 

「それでは、さらばだ。なかなか楽しめたよ」

 

 二人が外に出たのを確認してから、エルロイドも外に出る。振り返ると、廃屋の玄関から異質な応接間が見えるという奇妙な光景が見える。

 

 三人が出て行ってから、妖精の顔が突如として変わる。眉をつり上げ、歯をむき出しにして、妖精は吠えた。

 

「二度ト来ルンジャネーヨ! バーカ!」

 

 叩きつけるようにしてドアが閉められ、消えていく。

 

「安心したまえ。私としても、これ以上君と関わる気はない」

 

 かくして、妖精を研究する教授は、その手で一体の妖精を現世から放逐したのである。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「くそっ! くそくそくそくそくそっ! 何だよあの変人野郎は! 滅茶苦茶じゃねーか!」

 

 妖精は誰もいない応接室で頭を抱えて叫んでいた。エルロイドたちをからかっていたときとは異なり、その外見は人形よりも人間の少女にずっと近く、滑舌も普通の人間と変わりない。

 

「あ、あんなイカれた奴、初めて見たぜ! やってられるかよ!」

 

 妖精は半べそをかいて室内を見回す。

 

「……これ、全部あたしが片づけるんだぞ。ふざけんなー! バカー!」

 

 ここは彼女のすみかではなく、彼女の体内に等しい。内臓を引っかき回された不快感はさぞかしひどいものだろう。だが次の瞬間。突如として、部屋の壁が消えた。床が消えた。すべてが闇に染まり、家具や調度品の気配さえもなくなる。

 

「――――ッッ!」

 

 その闇は、ただの暗がりではない。重たく、分厚く、異様な威圧感がある。

 

「な、なんだよ……」

 

 彼女は極度の内弁慶だ。外周のない家の形をした彼女の体は、妖精郷に程近い場所にある。それが丸ごと、どことも知れぬ闇の中に投げ込まれたのだ。怯えない方がおかしい。しかし彼女の顔が、恐怖よりも驚愕に染められる。

 

 闇がカーテンのように左右に開かれ、何者かがゆっくりと姿を現してくる。

 

「あ、あなた様は……」

 

 その姿は、漆黒のドレスを身に纏った長身の女性に近い。だが、そのドレスは無数の仮面で飾られているという異装である。全身の仮面は喜怒哀楽を表現し、顔の仮面はすべてがはぎ取られたドクロだ。滑るように進み出る女性を見て、妖精の唇が動く。

 

「女王、様。その、お姿は…………」

 

 けれども、妖精は最後まで言葉を発することはできなかった。女性が腕を妖精に向かって伸ばすのと同時に、すべては無明にして無音の闇の中へと消えていった。

 

 ――かくして、くだんの家に妖精が出ることは二度となかった。その理由がエルロイドたちとは別にあることを、今は誰も知ることはない。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 


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