エルロイド教授の妖精的事件簿   作:高田正人

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14・泥棒カラス と 強制的な自然保護 の 話
14-1


 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 ロンディーグ駅。

 

「教授、道中お気を付けて下さいませ」

「ああ、行ってくる。君は心配するな」

 

 帽子にインバネス姿のエルロイドは、マーシャの別れの挨拶を受けて軽くうなずく。これから彼は、一ヶ月ほど出張で出かけなければならない。今回は大学の公用であり、マーシャは留守番だ。目の前には、もうじき発車しようとしている機関車がある。

 

「心配はしていませんよ」

 

 しれっとそう言うマーシャに、エルロイドは顔をしかめる。

 

「ふん、単なる社交辞令、あるいは慣用句ということか」

 

 マーシャがお世辞を言っていると思ったらしい。

 

「そういう意味ではなく、教授のことですから向こうでも何一つ問題なくお過ごしになられるだろう、と信じているだけですよ」

 

 マーシャの返答に、しばらくエルロイドはあっけにとられていたようだが、やがて首を軽く左右に振る。

 

「まったく、君は私を過小評価しているのか、それとも過大評価しているのか判別しにくくて困る」

「私が唯々諾々と従うだけでは、教授も面白くないと思っていますので」

 

 打てば響くように返ってくる彼女の返答に、かすかにエルロイドは笑う。

 

「君くらい気骨のある連中が大学にいれば、私ももう少しやりがいがあるのだがな」

 

 だが、すぐに彼の笑みは消える。

 

「いずれにせよ、私はしばらく留守にする。何かあったらシディと協力するように」

「はい、分かっています」

 

 マーシャがそう答えると、満足したのかエルロイドはきびすを返す。

 

「それと…………」

 

 だが、不意に彼はマーシャの方を見ると、念を押すかのような口調でこう付け加えた。

 

「あの憎きカラスどもに盗まれた懐中時計を、できれば見つけておくように」

 

 そう言うと、今度こそエルロイドは客車へと乗り込んでいった。やがてマーシャの目の前で扉は閉められ、汽笛と共に機関車の煙突が白煙を上げる。もう発車の時刻だ。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「う~ん…………」

 

 次の日、マーシャは望遠鏡を片手に街路樹を見上げていた。

 

「どう、お姉さん。見つかった?」

 

 その隣にいるのは、エルロイド専属の執事であるシディだ。こちらは木の梯子を小脇に抱えている。

 

「なかなか見つかりませんね。木の枝が密集した場所なのか、それともカラスの巣なのか区別しにくいです」

「おいおい、頼むよ。そんなんじゃ旦那様が帰ってくるまでに探し物の目星さえつかないぜ。自分が役に立たない侍女ですって宣言するのに付き合うのはごめんだからな」

 

 シディは煮え切らないマーシャの反応に顔をしかめる。

 

「私と一緒になってシディ君も探しているんですから、役に立たないって点ではあなたも同罪ですよ」

「ふん、すぐにそうやって人を自分と同レベルに落とそうとするのは感心しないぜ」

 

 二人が先程から探しているのは、紛失したエルロイドの懐中時計である。以前カワウソの妖精にすられたそれは、今回は室内に突如侵入してきたカラスの群れによって盗まれてしまったのだ。どうも、彼の懐中時計は妖精に好かれる何かを発している可能性がある。

 

「それにしても、重いでしょう? 代わりましょうか?」

 

 望遠鏡をしまって歩き出したマーシャは、隣で梯子を抱えるシディに提案する。

 

「いいっていいって。一応お姉さんだってレディだろ? だったらこういうのはオレの仕事さ」

「シディ君って変なところで律儀ですよね」

 

 マーシャが目を丸くすると、シディは盛大にため息をついた。

 

「あのさ、あんたオレと年がら年中顔を合わせているくせに、オレがどういう仕事しているのか理解してないだろ。執事が律儀じゃなくてどうするんだよ」

 

 マーシャの見当はずれの感心は、シディにとってはむしろ当惑する部類だったようだ。隣でのほほんとしている年上の女性に対し、シディは噛んで含めるようにして言う。

 

「とにかく、お姉さんの仕事はカラスの巣を探すこと。オレの仕事は梯子をかけてその巣を調べること。目標は旦那様の懐中時計を見つけること。単純明快だろ?」

「私はバードウォッチングは未経験なんですけどね…………」

 

 だがいかんせん、マーシャの言う通りだ。こうやって望遠鏡を使っても、カラスの巣などごくまれにしか見つからない。

 

 そう言いつつ、マーシャは再び足を止めて望遠鏡を覗き込む。やはり、どこにカラスの巣があるのか分からない。干し草の上に落とした針を探すような気分だ。そろそろマーシャが、自分の左目にある妖精女王の目を使おうかと算段し始めたときのことだ。

 

「何をしているんだい? こんなところで」

 

 突然二人の後ろから、優しそうな男性の声が聞こえた。

 

「あ、すみません。お邪魔でしたか?」

 

 マーシャと話すときの生意気そうな態度を捨て、シディはネコをかぶった丁寧な物腰で振り返る。

 

「あ、あなたは……」

 

 一緒に振り返ったマーシャは、口を軽く開けて驚く。

 

「やあ、久しぶり。また会ったね。奇遇、かな?」

 

 そこにいたのは、以前カワウソの入った檻を手にしていた、あの不自然に厚着をした青年だった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「改めてよろしく。僕はダヴィグ・オリエン。自然保護団体〈ヤドリギ〉で働いているんだ。会えて嬉しいよ」

「え、ええ……どうも」

 

 突然の再会による驚きもそこそこに、ダヴィグと名乗った青年はマーシャに親しそうに自己紹介をしてきた。そうされては、こちらも無視はできない。マーシャも改めて名乗ってから、シディをダヴィグに紹介する。

 

「それで、どういったご用件でしょうか? オレたちは少し忙しいんですが」

 

 心なしか警戒した様子で、シディはダヴィグに尋ねる。

 

「用件も何も、君たちこそ何をしているんだい。見たところ、バードウォッチングを楽しんでいるようには見えないようだけど?」

「お恥ずかしい話ですが、探し物をしているんです」

 

 これも何かの縁だと思い、マーシャは手短に自分たちの実状を説明した。ダヴィグは、あの警吏に化けたカワウソを連れていた。こういった不可思議な事態には、少しは詳しいだろうとかすかな期待を込めて。

 

「ああ、やっぱり」

 

 マーシャの期待は裏切られず、一通り耳を傾けたダヴィグは大きくうなずく。

 

「というと、似たようなことがあちこちで?」

「そう。このところ、カラスが群れで金物を盗んでいるのがあちこちで目撃されているんだ」

「気のせいじゃないですか? だってカラスですよ」

 

 やはりシディは、ダヴィグの反応にいい顔をしない。

 

「確かに、カラスは知能が高くて遊び好きで、木の実やネジ、石などを遊び道具として持ち歩くことだってある。けれどね、少々その度合いが異常なんだ」

「やたら盗まれてるってことですか」

「少しこの頻度はおかしいね。まるで、ロンディーグ中のカラスたちが何者かに操られているようにも見えるよ」

 

 そこで口を閉じると、ダヴィグは軽くマーシャに目配せする。

 

「たとえば……妖精とか?」

 

 彼女の言葉に、得たりとダヴィグは笑う。

 

「そう。君には見えるんだろう。妖精女王の目を持つ君ならば」

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「どうしたんです、シディ君。今日はご機嫌斜めみたいですけど」

 

 その日の夜。エルロイド邸で夕食を終えたマーシャはシディに話しかける。ダヴィグと別れて以降、どうもシディはぶすっとしている。

 

「別にそうじゃないけどさ」

 

 シディは銀食器を磨きつつ、彼女に視線を向ける。

 

「どうもあの人、オレは好きになれないよ」

「ダヴィグさんをですか?」

「そうだよ。お姉さんは何とも思わないわけ?」

 

 そう言われて、マーシャは首を傾げつつ、今日再会したダヴィグという青年を思い浮かべる。くせの強い茶色の髪。色素の薄い青い目。なかなかハンサムな容貌。だが何よりも目立つのは、季節はずれの厚着だ。

 

「特には?」

 

 しばらく考えてから出した彼女の返答に、案の定シディは大げさに呆れかえる。

 

「やれやれ、不用心というか人がよすぎるというか。よくそれで旦那様の助手が務まるよなあ。お姉さんはその妖精女王の目があるから、旦那様が認めているだけだからな。くれぐれも、自分が有能で瀟洒だと勘違いして、勝手にうぬぼれないように」

「はいはい。シディ君は心配性ですね。でも教授思いで優しいところは私は好きですよ」

「お姉さんにそう言われても嬉しくないね」

「本当に?」

 

 そう言ってマーシャがシディの顔を覗き込むと、彼は露骨に視線を逸らした。少し照れているらしい。しかし、すぐにシディは親が子供を叱るような口調で続ける。

 

「いずれにせよ、お姉さんはあの人に自分のことや旦那様のことや、エルロイド家のことをぺらぺら話したりしないこと。いいね?」

「確かに私も、少しなれなれしいような気もしますけど、お友だちになりたいのかなって思うくらいで……」

 

 マーシャの思考はあくまでも性善説だ。それでも、ダヴィグの妙に親しげな様子はやや不可解ではある。しかも、その親しさはマーシャ限定なのだ。

 

「まあ、そりゃあ妖精について変な目で見られずに話せる相手は貴重だよなあ……」

 

 一度は納得しかけたシディだが、さらに念を押す。

 

「でも、子供や心の純真な人間しか妖精が見えないって言うのはただの言い伝えだから。妖精の実在を知っているだけで、安易に気を許したりしないように!」

 

 伝承では、妖精が見えるのは子供や心の清らかな人間だ。だが、必ずしも現実がそうとは限らない。

 

「分かりました。善処します」

 

 首を縦に振るマーシャを見て、ようやくシディも安心したようだ。

 

「そういうこと。お姉さんは旦那様の助手なんだから、旦那様の益となるよう心がけていなくちゃ。それが、オレたちの務めなんだぜ」

 

 しかし、ダヴィグとの付き合いはこれで終わりではない。明日、二人は森林公園で彼と会う。時計探しに付き合うとダヴィグが提案したためである。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 


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