エルロイド教授の妖精的事件簿   作:高田正人

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 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「カー! 大佐! 侵入者の人間を連れてきました! カー!」

「カー! 計三人です! 全員元気で健康です! カー!」

 

 三人が軍服を着たカラスたちによって連れてこられたのは、変わり果てた大聖堂だった。あちこちにがらくたが山のように積み上げられ、機械油の焦げる匂いが周囲に立ちこめている。

 

「ごくろうだった。ガー!」

 

 その報告を受けたのは、聖堂の入り口付近に設けられた玉座に腰掛けていたカラスだった。もちろん玉座も廃材で形作られている。明らかに、カラスが持ち運びできる大きさではない廃材も多い。恐らくカラスたちは人間に化けて、これらのゴミをこっそりくすねてきたのだろう。

 

「カー! 下がらせていただきます! カー!」

 

 敬礼しつつ、カラスたちは三人の側から離れる。

 

「それで……」

 

 ゆっくりと、玉座に腰掛けていた大佐と呼ばれたカラスが立ち上がる。

 

「お前たちか。基地内に許可なく侵入してきたスパイというのは」

 

 一歩歩く度に、体の各所から蒸気が吹き上がり、錆び付いた機械が無理矢理動くような音が響く。その姿は、無数の廃材を組み合わせて作った人形だ。

 

「基地?」

 

 ダヴィグが首を傾げた。

 

「そうだ。知らないとは言わせないぞ」

「知りませんでしたが?」

 

 マーシャが真顔でそう言うと、カラスは吠えた。

 

「ガー! 生意気なことを言うな! ガー!」

 

 嘴の付け根から火花が散り、軍服のあちこちが展開すると内部の機械がむき出しになる。ところどころ黒い羽毛が残っているのが、ボロ布のようで痛々しい。

 

「あっ! それは!」

 

 怒った際に発生した熱を冷ましたいのか、体内のパーツがむき出しになった大佐を見て、シディが叫んだ。

 

「何だ、そんなにじろじろ見るな」

 

 慌てて開いた部分を閉じる大佐だが、三人ともしっかりと見ていた。大佐の体の中に、あの懐中時計が埋め込まれている。

 

「それは教授の懐中時計です。お返し下さい」

「か、返せだと!?」

 

 マーシャは丁寧に頼むのだが、案の定大佐は聞く耳を持たない。

 

「ガー! 駄目だ駄目だ駄目だ! 俺様の新たなボディがようやく完成しようというのに、いまここで邪魔をするつもりか! ガー!」

 

 頭の両脇から映えたパイプから熱い蒸気を吐きつつ、大佐は嘴を鳴らして怒鳴る。それに乗じるのが周りのカラスたちだ。

 

「そうだ! 大佐の野望を止めようとしてもそうはいかんぞ! カー!」

「人間め! 盗人猛々しいとはこのことだ! カー!」

「泥棒!」

「どろぼう!」

「ドロボー!」

「カー!」

「カー!」

 

 一斉に叫ぶため、耳を塞ぎたくなるような騒音だ。

 

「一つ、質問なんですが」

 

 彼らに充分叫ばせてから、ようやくマーシャは口を開く。

 

「あなただけはなぜ機械仕掛けの人形なんですか?」

 

 彼女の質問に、即座に大佐は食いつく。

 

「よくぞ聞いてくれたな、お嬢さん。それには聞くも涙、語るも涙の深い深い理由、長い長い物語があるわけよ。まずはだな……」

「手短にお願いします」

 

 自己顕示欲の高そうなカラスだが、マーシャはにべもない。

 

「あ、はい」

 

 一瞬大佐は毒気を抜かれたようだが、すぐにとうとうと自分の出自を話し出す。その話によると、大佐は元々馬車に轢かれて重傷を負ったカラスらしい。必死に生きようとあがくうちに、いつの間にか機械と融合したこの体を手に入れたとか。

 

「今なら分かる! 人間は愚かだ! 人類は穢れている!」

 

 大佐は熱っぽく語りながら金属製の翼を広げる。

 

「故に俺様は決起する! これは革命だ! カラスの軍勢を率いてロンディーグを支配し、帝国を蹂躙し、そしてついに選ばれたカラスのみが生きる千年帝国を俺様は作り上げるのである!」

 

 機械と融合したカラスは、他のカラスに知恵と体を与え、自らの基地を作り出す力を手に入れていたのだ。大佐の演説に、周囲のカラスたちは一斉に歓声を上げる。

 

「カー! さすがです大佐!」

「カー! カッコイイであります!」

「どこまでもついていきます!」

「万歳! 大佐万歳!」

「ばんざーい!」

 

 中には空に向かって発砲するカラスもいる始末だ。

 

「――もしそれが成功するならば」

 

 しかし、彼らの熱狂に冷や水を浴びせたのは、マーシャの一言だった。

 

「あなたの居場所はどこにもありませんね、大佐」

「な、なにぃ!? どういう意味だ!」

 

 彼女の言葉に、大佐は怒るのではなくむしろ怯えたようだった。

 

「それは、あなたご自身が一番よく分かっているのではありませんか?」

 

 マーシャが一歩前に進み出ると、大佐は一方後ろに下がる。

 

「だってあなたは――」

 

 彼女の左目が、緑色に輝いた。

 

「カラスではなくてガチョウですもの」

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 マーシャの左目で見つめられ、大佐はよろめいた。その手が拒絶するように彼女の顔に向けられるが、それくらいで妖精女王の目の権威から逃れることはできない。一声叫ぶと大佐の体は結合力を失い、ただの廃材の山とひとそろいの軍服となってその場に崩れた。

 

「た、大佐ー!」

「大佐がー!」

 

 駆け寄ったカラスたちが、次の瞬間硬直する。

 

 軍服の中から慌ただしく現れたのは、一羽のガチョウだったのだ。元は白い羽毛のガチョウだろうが、すっかり廃油とゴミと煤で汚れて黒くなっている。遠目で見れば、カラスと見間違えそうなみすぼらしさである。その口が開くと、ガチョウの鳴き声が聞こえる。

 

「た、大佐が……」

「カラスじゃなくて……ガチョウ?」

「ガチョウ? なんで?」

 

 しばしカラスたちはお互いに顔を見合わせていたが、すぐに憤怒の形相で足元のガチョウをにらみつける。

 

「騙したな! こいつめ!」

「よくもガチョウのくせにカラスみたいな顔をしやがって!」

「生意気なんだよ! この家禽が!」

「ガチョウの分際でふざけるな!」

「訴訟! 訴訟!」

「囲め! 囲め!」

「確保! 確保!」

「死刑! 死刑!」

 

 何とまあ嫌われたものである。よほど、ガチョウをトップに据えて軍隊ごっこをしていたことが気に食わなかったらしい。罵声を浴びせられたガチョウは大あわてで廃材の中から抜け出すと、エルロイドの懐中時計を嘴に引っかけて飛び立った。逃げる気だ。

 

「あっ、こら! 待て!」

 

 追いかけようとするシディを、ダヴィグが引き留めた。

 

「大丈夫だよ」

「大丈夫って――」

 

 なおも追おうとするシディを制し、静かにダヴィグは右手を挙げ、不格好に羽ばたくガチョウを指差す。

 

「――凍れ」

 

 その言葉と共に、一瞬だけ周囲の空気が痛いほどに凍てついた。針のような冷気が瞬時に放射され、消える。変化があったのはガチョウだけだった。全身に霜を生やしたガチョウが、地面に落下する。

 

 その開いた口から、ざらざらとゼンマイや歯車がこぼれ落ちた。

 

「自動人形?」

「どうやらそのようだね」

 

 驚くシディを尻目に、ダヴィグはガチョウを持ち上げると、手で霜を払う。

 

「どこかの家でほこりをかぶっていた自動人形に、妖精が取り憑いていたずらしていたようだね」

「殺したんですか……?」

 

 ダヴィグは首を左右に振る。

 

「妖精郷に帰っただけさ。ここよりもさらに異界に近い場所にね」

 

 三人の周囲で、急に無言になったカラスたちが軍服を脱ぎ、ただのカラスに戻っていく。同時に、周囲の風景もかき消えるように変わっていく。やがて、三人が立っていたのは元の森林公園にある木の根元だった。妖精は妖精郷に帰り、その影響を受けたカラスはただの鳥に戻ったのだ。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「どこから見ても、よくできている以外はただの自動人形ね」

 

 その日の夜。マーシャはエルロイド邸の一室に、動かなくなったガチョウの自動人形をそっと置いた。妖精が抜け出した今、以前のような生々しさはどこにもない。ただの自動人形だ。

 

「でも、これがひとりでに動き出すなんて。妖精たちも余程暇を持て余しているのかしら」

 

 ダヴィグはこれを、懐中時計と一緒にマーシャたちに渡すとその場を立ち去った。彼曰く

 

「僕は自然保護団体の人間だよ。生物が保護の対象。人工物は対象外さ。むしろ、君たちの雇い主が持ち帰ったら喜ぶんじゃないかな」

 

 とのことだ。実際、これはエルロイドの研究対象となること請け合いだ。

 

「興味がおありでしょう? ねえ、教授――――」

 

 そう言いつつ振り返って、はたとマーシャは気づいた。ここにいるのは、自分一人だけだ。

 

「ああ、そうでした……」

 

 エルロイドは今、出張中である。マーシャはガチョウを指でつついてから、部屋を後にした。誰もいない部屋と、呼びかけても返事が返ってこないことに少しだけ寂しさを覚えながら。彼が帰ってくる日を、少しだけ待ちわびながら。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「まったく嘆かわしい。正しい知識がなければ資料一つまともに整理できないのか」

 

 一方その頃、エルロイドはまだ机に向かっていた。出張先の大学の書庫から妖精関連の資料を集めたのだが、妖精という見えないものを扱うだけあって記述は混乱し、時系列さえもいい加減である。エルロイドにとっては、目を覆いたくなる無秩序だ。

 

「これでは単に掃除に来たのと変わらん」

 

 エルロイドはそう愚痴ると、手元の本を閉じて机の隅に押しやる。そこには既に、うずたかく日記や記録や報告書が積み上げられていた。

 

「マーシャ、この辺りのものを大まかに年代順にしておくように――――」

 

 そう言いつつ振り返って、はたとエルロイドは気づいた。ここにいるのは、自分一人だけだ。

 

「ああ、そうだった……」

 

 自分は今、出張中である。ここにいない彼女を自然に呼んでしまうほど、マーシャという存在は自分の中でいて当然になっているのだろうか。

 

「……時間の無駄だ」

 

 それがなぜなのか知りたいとは思わず、エルロイドはいつもの決まり文句と共に思考を打ち切った。ほんの少し、ロンディーグの自分の屋敷を懐かしく思いながら。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 


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