「ねえ夏樹、私だけ今日のランニング倍走らされたんだけど、何か知ってる?
絵里ちゃんに夏樹に聞けって言われたんだけど。」
俺が勉強をしていると、練習から帰ってきた姉ちゃんが何か言ってきた。
どうでもよかったので無視していたが、
「ね~、夏樹~無視しないでよ~。」
後ろから抱き着いてすりすりしてきたので仕方なく、手を止めて振り返る。
「確かに俺が倍走らせてもいいって許可したけど、何か文句でも?」
「文句しかないけどっ!?
何その開き直りっ!?」
姉ちゃんは、なんでそんなことしたのさ~と、まとわりついてきて鬱陶しかったが無視して勉強をしていると
「・・・そういえば、夏樹最近すごく勉強頑張ってるけど何かあったの?」
まったく反応しない俺に飽きたのか、話題を変えてきた。
当然、俺は勉強に力を入れている本当の理由を姉ちゃんには話していない。
気になるのも仕方がないことかもしれない。
「別に、前も言ったけどこのままじゃ高校に行けないから勉強してるだけ。」
「いや、もう十分に頭いいじゃん。
お母さんに聞いたよ、この前の模試で校内順位41位だったんでしょ?
志望高校も十分に受かるって言われたんでしょ?」
確かにそうだ、勉強を開始してから4か月ほどがたったが、俺の成績はとうとう学年でも40番台というところまで来たし、志望高校も余裕で受かるレベルにまできた。
先生たちもようやく俺が改心したことを認め始めてくれたようで、前ほど険悪に扱われることはなくなった。
このまま頑張れば、近いうちに3番以内に入れる可能性も十分にあり、その自信もある。
「まあ、どうせならもうちょっと上目指そうくらいの感じだよ。
前にも言っただろ? 3番以内を目指してるって。」
「そういえば言ってたね、あの時は冗談だと思ってたけど・・・。
まあ勉強を頑張るのはいいことだし、止めないけどさ、
最近雪穂が夏樹が全然相手してくれないって言って寂しそうだよ?
たまにでもいいから相手してあげてね?」
と、姉ちゃんはそんな気になることを言ってきた。
・・・本当姉ちゃんはいつも俺たちのことを見てくれてるな。
それにしても雪穂か、確かに最近全然関わってなかったな。
・・・たまには、雪穂とゲームでもして遊ぶかな、息抜きにもなるし。
早速明日にでも誘ってみるか。
俺がそう考えていると、姉ちゃんが続けてこんなことを言ってきた
「でね、話は変わるんだけど、今週の土曜日に私達ミューズのみんなで集まってご飯を食べようってなってるんだけど、夏樹も来ない?」
「なんで俺が行かないといけないんだよ?」
姉ちゃんが、スクールアイドルにかなりの力を入れており、人気も出てきているとは話には聞いていたが、あまり興味がなかったし、勉強も忙しかったので詳しくは知らない。
でも確かミューズは全員で9人いるはずだ。
その中でも知っているのは姉ちゃんとことりさん、海未さん、そして絵里さんだけだ。
それ以外の人は知らないし、俺が行っても変な空気になるだけだろう。
「みんなに可愛い弟がいるよって自慢してたら、じゃあ呼ぼうってなったの。」
・・・なぜそうなった??
「いやだよ、雪穂でも連れていけばいいじゃん。」
人見知りというほどではないが、知らない年上の女性が5人もいるとなると緊張する。
それに男が俺一人とか気まずいしな。
「雪穂も誘ったけどその日は友達と約束があるらしくて・・・、
だから夏樹しかいないの!」
「嫌だ。」
当たり前だ。
「・・・当日はお金持ちの子の家でパーティー形式で食事をすることになってるんだ。」
「・・・・・。」
「いっぱい豪華な食事が出るって言ってたんだよね~。」
「・・・・・。」
「なんでも専門のコックさんも呼んでその場で調理してくれるんだって。」
「・・・・・。」
「高級なお肉とかお魚とか使った料理を振舞ってくれるらしいんだよね~。」
「・・・しょうがねえな〜、そこまで言うなら行ってやってもいいけど?」
まあ、たまには姉の顔を立ててもバチは当たらないだろう、しょうがなく行ってやるか。
「ふふ、決まりだね!じゃあ土曜日だからね!」
「了解。」
おっしゃ、勉強頑張るぜ!!
~土曜日~
「ここが、今日食事会を開いてくれる子の家なんだよ!!」
姉ちゃんが、今から開かれる食事会にワクワクを隠し切れないように元気よく俺にそう言ってくる。
だが、俺はそれどころではなかった。
それもそうだろう・・・。
だって、ここまっきーの家じゃん!?
実は最近、まっきーと恋云々といったその辺の知識及び経験に乏しい二人でお互いの恋事情について意見を交換したりしているのだ。
そして、それを行うのは基本的にまっきーの家だ。
つまりまっきーの家には見慣れる程度には来ているのだ。
その見慣れたまっきーの家が今目の前にあるというわけなのだ。
そしてそのまっきーの家が、食事会の場所!?
どういうことだ・・・?
俺が混乱していると、まっきーの家の扉が開き
「いらっしゃい、ほの、かっああ!!??」
「えぇっ、どうしたの真姫ちゃん!?」
まっきーは、俺の姿を確認するとあり得ないほど驚いていた。
その気持ちわかるぜ・・・。
ついでに姉ちゃんも突然まっきーが大声をあげたことに驚いている。
「え、え・・・?
どういうこと??」
「な、なにが?」
二人は明らかに混乱している。いや、俺もしているが。
だが、俺とまっきーの関係性がばれたら面倒になるのは明らかだ。
ここは俺が冷静に対応しなければ。
そう、初めて会いましたという風に挨拶するんだ、まっきーもきっと察してくれるだろう。
「あの!初めまして!
姉ちゃんの弟の高坂夏樹と言います。
よろしくお願いします!」
俺が、目で合わせろと必死に訴えながらまっきーに強引に自己紹介をする。
そんな俺の姿を見て、まっきーはしばらく考える様子を見せると
「・・・・・あ~、
そうね、初めまして私は西木野真姫よ。
・・・よろしくね。」
何とか俺の意思が伝わったのかまっきーも俺に合わせて対応してくれた。
さすがまっきーだぜ。
「え、なに今の不自然な自己紹介の流れは??」
しかし流石に違和感が拭えなかったのだろう、姉ちゃんが俺たち二人に疑惑の目を向けている。
これは、もう一押し演技が必要だな・・・。
合わせろよ、まっきー。
「なにかおかしかったですかね、まっき、いや真姫さん?」
「いえ夏樹、これっぽちもおかしくないわ、夏樹のお姉さんは何を言っているのかしらね?」
「ですよね~。」
「まったく、イミワカンナイ。」
・・・完璧だ、これなら完全に姉ちゃんも騙されただろう。
俺たち二人にかかればこのくらい朝飯前というわけだ。
まっきーも「どうよ」と言わんばかりのドヤ顔だ。
「いやいやいやいや、騙されないよ!?
二人とも現在進行形で違和感ありまくりだよ!
いきなり名前呼びだし、夏樹に至っては、あだ名っぽく呼ぼうとしてたよね!?
どう見ても二人ともお互いを知ってる仲だよね??」
「「・・・っ!?」
なぜだ!?
なぜばれた??
完璧な演技だったのに!
まっきーもなぜばれたか理解不能という表情を浮かべている。
「二人とも馬鹿なの?」
「「姉ちゃん(穂乃果)には言われたくない。」」
「酷いっ!?」
喚く姉ちゃんは放っておいて、とりあえず中に入れてもらうことにした。
まっきーとは、後で状況を整理しようという短いやり取りを小声ですませ、とりあえずは落ち着いた。
まあ色々考えることはあるが、何はともあれ今からうまい食事にありつけると考えたらテンション上がってくるね!
「この部屋にみんな集まってるから入っておいて。」
リビングの扉前まで案内され、まっきーは料理の様子を見てくると言って行ってしまった。
「ねえ夏樹、本当に真姫ちゃんと知り合いじゃないの?」
「違うって言ってるじゃん。」
「む~、怪しい。」
「こんにちは~!」
怪しむ姉ちゃんから逃げるように元気よくリビングの扉を開いた。
まっきーの言った通り中にはすでに他の人たちが集まっていたようで、皆がこちらに視線を向けている。
ふむ、海未さんにことりさんに絵里さんは知っているが、他はやはり知ら・・・な・・・くない!!??
俺の目線は、おとなしそうな、ショートボブの明るい茶髪の少女にくぎ付けになってしまった。
おれの体中から冷や汗がぶわっと出てくるのを感じる。
・・・あの人、俺が町中で勉強を教えてくれって頼んだ人じゃん。
しかもよりにもよって、靴を舐めるから教えてくれと頼んだ人だ。
・・・・・終わった。
つづく