日は、ほとんど沈みきっており、もう人気もほとんどない公園内を俺と海未さんは、目的もなく、ゆっくりとしたペースで歩いていた。
「夏樹、この間遂にテストで学年3位になったそうですね。」
静かな沈黙を破ったのは、海未さんだった。
その口調は、とても穏やかであり、そこには驚きと称賛の意が込められていた。
「うん、大変だったけど。とうとうやったよ。」
「・・・やはり、夏樹は穂乃果と似ていますね。すると決めたことには、とことん全力で取り組むところがそっくりです。」
「・・・そうかな?」
また、言われたな。
もう周りにここまで言われたら俺と姉ちゃんは似ているのだと、認めざるを得ないのだろう。釈然とはしないが・・・。
「ええ、そうですよ。私はそんな穂乃果や夏樹をとても尊敬していますし、私にとって、太陽のような存在なんです。」
「・・・はぁ。」
あまり、褒められることに慣れていないので凄くむずがゆい、ていうか恥ずかしいんだが・・・。
それにしても、太陽か・・・。確かに姉ちゃんにその表現は当てはまる気がする。いつも元気いっぱいで、周りを巻き込む姿はまさに太陽のようだ。しかし俺もそうなのだろうか?
「ふふ、納得がいかないという顔ですね?自分でも気づいていないだけで、夏樹には、周りを巻き込んで何かに全力で取り組める素晴らしい力があるのですよ?だからでしょうね、夏樹のことを意識していたのは・・・。そして半年前の夏樹が私とことりを不良の方達から助けてくれた時、私は自分の気持ちに確信が持てました。」
「・・・・・。」
俺は黙って、海未さんの言葉の続きを聞くことにした。
「複数人の男の人たちに臆することなく立ち向かく姿、そして私たちを真剣に怒ってくれた夏樹のことが、好きなのだと・・・。」
好き・・・、それはこの半年海未さんから何度となく言われ続けた言葉だ。
だが、今の好きはこれまでにはない本気が込められていた。
「夏樹。」
ここで、海未さんが歩みを止めて俺の名前を呼ぶ。
「はい。」
俺も海未さんに合わせて歩みを止め、海未さんに向き合う。
歩みを止めた場所は、ちょうど街灯の真下であり、もうすっかり日が沈んでしまった公園の中で、俺たち二人だけを照らすスポットライトのようになっていた。その為、暗い公園の中でもここでは、海未さんの表情をはっきりと見ることができた。
その海未さんの顔には、朱がかかったように紅潮しており、そして緊張と不安が痛いほど伝わってきた。
・・・こんな海未さんの表情を見るのは初めてだった。
「もう何度も言ってきていることですが、夏樹。私は、夏樹のことが異性として好きです!いえ、大好きです!!」
海未さんは、表面上は凛とした振る舞いで、しっかり者と周りからは認識をされているが、内面は存外乙女な部分があったり、自分の好きなことになると暴走しがちになってしまったり、そんな少々おっちょこちょいな部分も含めて、海未さんのことは大好きだ。
それこそ半年前なら俺は、この告白を受け入れて海未さんと付き合っていただろう。
でも今は・・・。
「夏樹、私は本当に心の底からあなたのことが好きです。だから、今の夏樹の素直な思いを私に話していただけませんか?
・・・自分勝手だとは分かっていますが、スクールアイドルのことは勿論、受験のことも視野に入れてくる時期に入ってきたのです。そろそろ自分の気持ちに区切りを付けたくて。」
受験・・・。言われてみれば、海未さんは来年もう受験生だ。
ずるずると想いを引きずったままでは、確かに身が入らないだろう。
それに、海未さんもここまで真剣に俺に想いを伝えてくれたのだ、俺もそれに応えるべきだろう。
俺は、海未さんに改めて向き合う。
海未さんに俺の気持ちを伝えるために。
海未さんもそれを感じたのだろう、一気に緊張をしたように姿勢を正して俺に言葉を一つも聞き逃すまいと、俺に向き合ってきた。
「海未さんの気持ちは凄く嬉しいです。でも、すみません、俺には既に好きな人がいるので海未さんの気持ちに応えることはできません。」
俺は、海未さんの告白を断った。
この半年、海未さんから好きと伝えられる度に断ってきたセリフと全く同じに。
海未さんは、俺の言葉を聞き、
「そ、そうです・・・か、何度も好きな人がいるとは聞いていましたが、本当に他に好きな人が、い、いたのです、ね・・・うぅ。」
そう悲しそうに呟く海未さんの目には大粒の涙がどんどんたまってきてやがてそれは、ダムが決壊したように、頬を伝い、乾いた土に次々と落ちていった。
俺は、海未さんから視線を少しずらし、泣き顔を見ないようにした。
こういう時、どうすればいいのだろうか・・・。
何をすればいいのか分からない無力な自分自身にいら立ちを覚えるが、どうしようもないことに、変わりはない。結局、海未さんが落ち着くまでそばにいて、じっと待っている事しかできなかった。
「す、すみません・・・取り乱してしまいました。」
真っ赤にした目を俺に向けてそう謝罪をしてくる海未さん。
「いえ、気にしてませんよ。」
もっと、気が利くようなセリフを言うのがいいのだろうが、どんなことを言えばいいのかわからない俺はそう言うのが精一杯だった。
「・・・もしよければ誰が好きなのかを教えてはいただけませんか?」
ここで、海未さんは俺にそんなことを質問してきた。
俺は海未さんに亜里沙さんのことを言うべきだと、感じた。
海未さんは、自分の気持ちを偽りなく伝えてくれたのだ、ならば俺も自分のことは、隠さず伝えるべきだろう。
今までは、おちょくられるからと伝えてこなかったことを今伝える。
「・・・俺の好きな人は、亜里沙さんです。」
言った、今までは絵里さんとまっきーしか知らなかった事実を今、海未さんに伝えた。
これを聞いた海未さんは、ひどく驚いたように目を見開き、
「あ、ありさ・・・? それは絵里の妹の?」
「・・・はい、そうです。」
どうやら、海未さんも亜里沙さんのことは知っていたようだ。
しかし海未さんは、にわかには信じがたいと言わんばかりに手を頭にあて、混乱しているようだ。
・・・そこまで驚くことだろうか?
確かに俺と亜里沙さんにつながりがあること自体、想像できなかっただろうから無理もないのか?
「私はてっきり・・・このことは誰か知っているのですか?」
海未さんは何かを言いかけたが、そのセリフを止めて、別の質問をぶつけてきた。
「このことは、絵里さんとまっきーが知っています。」
最早、二人のことも隠すことはないだろう。俺は素直に事実を伝える。
「・・・なるほど、それであの時二人はあんなことを。」
「あんなこと?」
海未さんが何やら、気になることを言ってきた。何か、三人の間であったのだろうか?
「・・・いえ、気にしないでください。ということはことりはこのことは知らないのですね?」
「・・・知らないと思いますけど、なぜことりさん?」
ここでことりさんの名前が出てくるのに違和感を覚える。
・・・そういえば、以前から海未さんはことりさんを気にかけている傾向があった気がする。
まさか、ことりさんの母親同様、ことりさんと俺の仲を疑っているのだろうか?
俺がそんな予想を立てていると、海未さんが
「・・・いえ、何でもありません。」
と、短く気にするなと暗に伝えてくる。
「・・・そうですか。」
俺もこの状況下でことりさんのことを言及するつもりはなかったので、素直に引き下がるが、ここでお互いの間に会話が無くなり沈黙が支配しだした。
・・・き、気まずい!?
よく考えたら、告白をして、振った、振られたの関係の二人がこうして一緒にいるこの状況ってまあまあエグイのでは・・・。
こういう時、どうすればいいの!?
冗談っぽい雰囲気にするのがいいのか?
それとも、すこし黙っておいた方がいいのか、はたまたいつも通りに接するのがいいのか・・・。
わ、わからねえ・・・。
この状況は童貞の俺には、ハードモードすぎる・・・。
「・・・では、いい時間ですし映画に行きましょうか?」
しかし、ここで海未さんがそう言ってきた。
そう言えば、そういうプランだったっけ。
告白されたことで頭から抜けていたが、今はダブルブッキング中でのデート中だった。
「・・・そうですね、でも、いいんですか?」
海未さんは、今のこの状況で俺とデートを続けたいのだろうか?
もし、気まずいならこのまま解散でも、と思い、そう言ったが、
「夏樹に好きな人がいるのは分かりましたが、私が夏樹を好きな気持ちは変わりません。だから好きな人とのデートを中断するなんてありえません。」
と、まっすぐな目でそう俺に伝えてきた。
でも、今からデートをするのは、俺ではなくまっきーなんだよ、海未さん。
・・・それでいいのだろうか?
「・・・あの海未さん、この後の映画、別の日にしませんか?」
俺に好きと伝えてくれた海未さんを騙してデートをするのは、間違っている。
だからこの後のデートは別の日にしようと提案する。
「・・・なぜですか? 私とデートをするのは嫌ですか?
でもそうですよね、振った人とデートなんて嫌ですよね・・・。」
しかし、海未さんは俺の発言を、デートを嫌がっていると判断したのか、再度泣きそうな顔で俺にそう言ってくる。
「ち、違いますっ! 海未さんのことを嫌だなんて思ったことは、な・・・いですよっ!!」
一瞬、過去に海未さんからおちょくられたことがフラッシュバックして、言葉には詰まったものの、そう伝える。
ばれてないよな・・・?
「・・・一瞬、言葉に迷いがあったように聞こえましたが?」
ばれてたー。
やばい、海未さん滅茶苦茶怖い顔してるし・・・。
「・・・はぁ、分かりました。夏樹がそう言うのなら何か事情があるのでしょう?」
しかし、海未さんは呆れたようにそう言ってくると続きのデートを別の日にしてもいいと、了承してくれた。
・・・やっぱり、海未さんはなんやかんやいい人だよな。
「その代わり! 続きのデートでは、罰として駅前のパフェを奢ってもらいますからね!」
「・・・はい。」
いい人・・・だよな。
こうして、俺と海未さんとの本日のデートはこれにて幕を閉じた。
(一方その頃)
「お姉ちゃん!!あそこで、大人の人たちが喧嘩をしてるよっ!!止めなくちゃ!!」
「待ってぇ!! 亜里沙ぁあ、警察に連絡するからっ!! あなたは行かないでぇええ!!」
映画に行く途中、運悪く柄の悪そうな大人の人たちが複数で喧嘩をしている場面に遭遇してしまい、それを見た亜里沙がその喧嘩を止めようと、駆け出してしまったのだ。
「だめだよっ、お姉ちゃん! 警察なんか頼りにならないよ! 昨日見た映画でそう言ってたよ!!」
「何を見たか知らないけれど、とりあえず待ってぇ!! 本当に、お願いだからぁ!!」
私は、練習で疲れ切った体に鞭をうち、妹を全力で追いかけた。
・・・あぁ、早く映画館に着かないかしら。
つづく
第31話読んでいただいてありがとうございます!
というわけで、今回は海未回でした!
引き続きどんどん更新していきます!
最近は特に寒くなってきたので、皆様も風邪には気をつけてください!
ではっ!