「・・・なあ、姉ちゃん。」
「ん? どうしたの?」
海未さんとことりさんとのデートの次の日、リビングのソファでのんびりしている姉ちゃんの横に座り、声をかける。姉ちゃんはテレビから目を離し、こちらに向き合ってくる。
ちなみに、両親は買い物に、雪穂は友達と遊んでいるのかまだ帰ってきておらず、家には姉ちゃんと二人きりだ。
「今日さ、ことりさんどうだった? 元気だった?」
そう、俺はことりさんのことが少し気がかりだった。
というのも、昨日のことりさんの様子が変だと感じたからだ。具体的には、映画館から出たあたりからだ。それまではいつも通り、むしろいつも以上に楽しそうだったんだけどな。
何が変だったかと言われると・・・よく分からない。
急に元気がなくなったというか、悲しそうだったというか・・・とにかく、あんなことりさんを見たのは初めてだった。表面上は何事もなかったかのように振舞っていたが、どこかぎこちなさを感じた。
最初は上映中に寝ていたこともあり、疲れているのかとも思ったが。・・・もしかして、上映中に寝たことをずっと気にしていのだろうか?
・・・いや、なんかしっくりこないんだよな。
根拠はない。強いて言うなら長年の付き合いによる勘だ。
「ん~、それがことりちゃん体調を崩したみたいで今日学校休んでたんだよね。真姫ちゃんもずっと休んでいるけど今風邪流行ってるのかな??」
・・・風邪?
風邪を引いているからことりさんは様子がおかしかったのか?
でも、体調がおかしいって感じでもなかったんだよな・・・。
・・・ん、待て。
「姉ちゃん、今なんて? まっき・・真姫さんも休んだの? 体調崩して?」
「え? うん。先週からずっとだよ? そういえば夏樹も先週体調崩してよね? やっぱり流行ってるのかな~?」
・・・あのやろー、やっぱり体調悪かったんじゃねえか。・・・ていうことは、昨日の映画中に風邪を引いているまっきーと一緒にいたせいでことりさんにも風が移ったってことか??
完全に俺が悪いじゃないか・・・。
「・・・ことりさんのお見舞い行こうかな。」
風邪を引いた原因がまっきーを身代わりに用意した俺なわけだし、何より昨日のことりさんのことが少し気がかりだ、と思ったが
「え、今から? もう夜だよ?」
・・・確かに今時間は夜の7時を回っている。今から行くのは流石に迷惑か・・・。
「それに、ことりちゃんもラインで大した風邪じゃないから大丈夫って言ってたから大丈夫だと思うよ。それより一週間以上休んでる真姫ちゃんのお見舞いに行った方がいいかも、心配だし。
明日夏樹も一緒に行く?」
ことりさんの風邪は大したことはないらしい、それを聞いて少し安心はした。よく考えたら俺もまっきーから移った風邪は次の日には治ったからな。
・・・まあ、ことりさんは体調がよくなったら会いに行ってみるか。
「そうだな、じゃあ明日まっきーの家に行こうか。」
そうだよ、ことりさんにも申し訳ないが、まっきーもだよ。
昨日のせいで体調が滅茶苦茶悪くなったりとかしてないよな?
たく、体調が悪かったら帰れって言ったのに・・・。
でもよく考えたら人を思いやる気持ちが強いまっきーが風邪を引いたくらいで、本当に帰るわけないか・・・。
それくらい考えたらわかるだろうに・・・。
結果的に優しいまっきーに甘え、無理をさせていたのかと思うと、罪悪感がどんどん芽生えてきた。
そんな暗い気持ちになっている俺に姉ちゃんが、
「うん♪ じゃあ明日一緒に行こうね♪ お見舞いに行って真姫ちゃんにいっぱい元気を分けてあげないとね!」
と、俺の不安を全て包んでくるような温かい笑顔でそう言ってくれた。
・・・こういう時姉ちゃんが本当に姉ちゃんに見えるんだよな。
ここで俺が少し弱気だったのが良くなかったんだろう。
まっきーについてもだが、海未さんを振って、泣かせてしまったことを心の中で申し訳なく思っていた気持ちが残っていたのかもしれない。
・・・ぎゅっ
気付いたら、
姉ちゃんに抱き着いていた。
本当に無意識だった。相当精神をやられていたらしい。
「えっ!? どうしたn・・・よしよし。」
姉ちゃんは一瞬驚いたようだったが、すぐに何かを察したのか、ぎゅっと抱き返してくれて、優しく頭を撫で始めてくれた。
・・・こういう何も言わないでも察してくれるところも今はありがたかった。
・・・暖かい。
心の中にあった、ことりさん、まっきー、海未さんへの申し訳なさで真っ暗になっている俺の心に光を与えてくれているようだった。
結果、催眠にかかったように夢心地状態でしばらくしばらく姉ちゃんに抱き着いていたが、その時リビングの入り口から物音がした、と気付いたときには手遅れだった。
「ただいまぁ~、遅くなっちゃたよ、って、えっ!?」
もう一人の姉、雪穂のご帰宅である。
俺と姉ちゃんが抱き合っているのを確認し、固まる雪穂。
急な展開で、夢から覚めたような感覚になっており頭が追いつかず、結果的に雪穂と同じく固まる俺。
「「・・・・・。」」
「ふ、ふふ、二人ともそんなイケナイ関係だったの? とりあえず写真は撮っておこう・・・。」
「誤解だぁあっ!! 後写真をとるなっ!?」
とんでもない勘違いをされているので必死に否定するが、雪穂はショックからワナワナ震えており、聞く耳をもってもらえない。
ていうか写真を何に使うつもりだ??
「この写真はとりあえず、希さんに送ろう・・・。」
・・・ナンダッテ?
「おいっ、やめろ、まじで!! ただでさえ次に会ったら生まれてきたことを後悔させてやるって言われてるんだぞ!?」
俺が雪穂の暴挙を止めるべく雪穂のもとへ駆け出そうとするが、そこでがっちり姉ちゃんに抱き着かれており身動きができない状況にあることを知る。
「ちょ、ちょっと姉ちゃん!! もう、もういいから! 早く離してくれっ!!」
俺は、ミノムシの様に体をばたつかせながら姉ちゃんに必死に呼びかけるが、
「よしよしよし・・・、辛かったんだね夏樹・・・。お姉ちゃんだけは味方だからね?」
と、まったく俺の声が届いていない様子。
・・・まじかよ。
姉ちゃんと抱き着いている態勢の関係で腕も動かせないので無理やり引きはがすこともできない、絶対絶命のピンチだ。
・・・こうなったら最終手段だ。
「・・・ちょっと申し訳ないけど、うらっ!」
ゴチンッ
俺の最終手段、頭突きだ。
・・・いってええぇ!? 姉ちゃん頭硬っ!?
当の姉ちゃんはと言うと
「いったああっ!? えっ!? いったああ!? なになになに!?」
俺に抱き着く姿勢を解き、おでこを両手で抑え、事態が飲み込めていない様子である。どれだけ、周り見えてなかったんだよ・・・。
まあそれだけ心配してくれたってことなんだろうが・・・、って今はそれどころじゃない!
「雪穂おおお、その写真を消せええっ!!」
自由の身となった俺は、猛然と雪穂に向かっていくが、
「あ、ごめん、もう送っちゃった♡」
「う・・・そ・・・だろ?」
希さんに・・・姉ちゃんと抱き合っている写真を・・・送った?
俺があまりの絶望に膝から崩れ落ちると、
「まあまあ、夏樹もこの前私がお姉ちゃんにキスしている写真をお姉ちゃんに送ったんだからおあいこってことで♪」
雪穂が、何の悪びれもなくのうのうとそんなことを抜かしてくる。
「いや、あの件だって結局駅前のパフェ奢ったじゃねえか・・・。」
「忘れた~。」
雪穂は、わざとらしくそんなことを言い残し、リビングを後にした。
・・・悪魔だ。
「うぅ夏樹~、おでこ痛いんだけど何が起こったの??」
俺が雪穂のせいで怒りゲージがマックスになっているところに涙目の姉ちゃんがやってきた。
「・・・冷蔵庫に俺が作ったケーキがあるから食っていいよ。」
「えっ!! 本当、わーいっ!! 夏樹大好き!!」
俺の言葉におでこの痛みなど吹き飛んだかのように、満面の笑みになり、大喜びである。
ちなみに、ケーキというのはことりさん用に作ったニンニク入りチーズケーキだ。
昨日のデートの時に渡そうと思ったが、様子がおかしかったので渡すのをやめたのだ。
地味にそのケーキの処理に困ってたが、姉ちゃんにあげよう、喜んでるし。
それよりも俺も亜里沙さんに告白するため準備しないとな。
・・・あの二人に相談するか。
ケーキを食べた姉ちゃんは吐いたらしい。
つづく
第34話読んで頂きありがとうございます!
今回は久しぶりに姉弟回でした。
書いててほのぼのした気持ちになれました・・・。
では、また次話でお会いしましょう!