気分の悪くなるような匂いが漂う中で、デデデは目を覚ました。
(……なんだ、妙に暗いぞ)
配下であるワドルディを呼ぼうと、よっこらせと重い体を起こした。
高級素材で作られた真綿のコートを着ていたおかげで気づかなかったが、どうやらデデデが寝ていたのは冷たいコンクリートらしきもので作られた固い床だった。
ついでに言うと、デデデが居たのはいつもの豪華な寝室ではなく、殺風景な牢屋だった。
もっと言うと、いつもの豪奢なマントも背中の柄がない無地のものになっていて、それ以外の服がくすんだ茶色の布切れのような粗末な服一枚だった。
ただ、おかしなことに傍に置かれていた愛用のハンマーが武骨なものになっていたのだが、それよりも今の状況を飲み込むことだけで精一杯だった。
一分ほどかかってから、自分が今置かれている状況をなんとか飲み込んだデデデの心境は。
「――どんな命知らずがやってくれたんだ?」
自分がいびきをかいて寝ている間に、牢獄なぞにぶち込んだ輩への荒れ狂うような怒りだった。
このような屈辱を味わわせたお返しは、半殺しでは済ませんぞ、と。
デデデはポップスターのプププランドという国の王だ。貴族としてのプライドだって持ち合わせているのは当然。やられたらやり返すのは当たり前だった。
今すぐに復讐してやるために、まずはこの鉄格子を破壊することが先だ。そう考えたデデデはハンマーを手に取った。
いつもより軽い腰を上げて、鉄格子を見据える。
そして、前に一歩踏み込んで、両手で持ったハンマーを思い切り叩きつけた。
がしゃぁん、と音を立てて、鉄格子は折れながら吹き飛んだ。
……脆い。中が空洞になっていた。粘りのない、粗末な鉄で出来ていたようだ。
これなら素手でも壊せただろう。あまり手ごたえを感じることはなく、デデデの苛立ちは募っていくばかりだった。
そのときだ。隣から、かしゃ、と何かが鉄格子にあたる音がした。
この牢獄の住人が、先程の音に反応したのだろう。そう思ったデデデは、どんな奴か一応見てみようと覗いて、そして愕然とした。
「……どうして人間がいる?」
デデデの知る人間というものは、絵描きの少女アドレーヌのような少女と呼ばれる部類だけだ。その、鉄格子を握る人間も、その少女の部類に入る見た目をしていた。
ただ、今のデデデと同じく粗末な服を着た上で、その体にはイタチのような耳と尻尾を生やしていた。
それだけではない。その少女はあまりにも痩せ細っている。栄養が不足している証拠だ。しかも、体中が色んな傷や汚れでいっぱいだ。
おかしい。牢獄に入れている奴でも、ちゃんと食事は食べさせたり、体を洗うための大きな浴槽に毎日入れるように命令していたはずだ。そもそもポップスターに人間など、アドレーヌしか居ないはずなのだが。
もしや、と周りを見渡せば、その牢屋に投獄されていた者は全て、動物の特徴を持った人間で。
人ならざる者はそこには一人も居なかった。
「ワシの、城じゃ、ない……?」
人は居ても、人ではない者たちは見当たらない。なら、そう考えるのが妥当だ。
「…………だ、れ……?」
イタチの少女が、か細い声でたずねてきた。その瞳には生気はない。息も絶え絶えな様子で、このままだと長くは持たないだろう。
かといって、今ここで救出するのも難しい。ここがどこか分からない以上、複数人で行動するのは危ないし、何より最優先は脱出することだ。そのため、足手纏いにしかならない奴を連れて行く事は無理だ。悪いが、今は自分の命が最優先なのだから。
かといって、今にも消えそうな命を見捨てるというのは、嫌だった。
だから、マントの中に隠していた、とあるおやつが残っているかを確認する。
「……あった」
Mの文字が浮かんでいる、真っ赤なトマト。
デデデとあのピンク玉の好物であるマキシマムトマトだ。
これには体力を全回復してくれる効果がある。本来の食い意地が張っているデデデなら絶対にやる事は無いが、今回は命が掛かっている。
「ほら、食べろ」
「……とまと」
「そうだ。あと、これもだ。絶対に無くしちゃ駄目だし、誰にもあげちゃ駄目だからな」
「……うん」
ついでにカンストしてこれ以上持ちきれない1UP×99の中の一つを渡しておく。これなら万が一ミスしても、復活できるはずだ。
イタチの少女は素直にマキシマムトマトを受け取り、大切に両手で持ってちょびちょびと食べ始める。差し出した1UPを見ると、そっと手にとって、自分の後ろに隠すように置いた。
「ワシの出来る事はこれくらいだ。ごめんな」
「……だいじょうぶ。きっと、たてのゆうしゃさまが、たすけにきてくれるから。それに、わたしがねるまえに、らふたりあちゃんが、わたしたちのむらのはたをとりもどしてくれるっていってたから。それをみるまでは、しにたくない」
生気のなかった様子から一転。弱弱しくとも、確かに意思のこもった瞳を見せてくれた。
「もし一度命を落としたとしても、それがなくならない限りは、死ぬことはないからな」
「うん……おにいさんのなまえは?」
「ワシか? デデデだ」
「ででで……? かわったなまえ。でも、でででさん。わたしをたすけてくれて、ありがとうがんばって」
「……おう」
イタチの少女はそう言うと鉄格子の隙間から手を伸ばし、一方の通路を指差した。
「でぐちはあっちだよ。たぶん、みはりのひとがいるとおもうけど、でででさんのそのぶきなら、きっとどうにかできる」
「そうか。ありがとうな。そっちもがんばるんだぞ」
「うん。ばいばい」
最後に、軽くぽんぽんとイタチの少女の頭を叩いてあげてから、出口があるという方へと向かった。
☆大王さま移動中……★
イタチの少女の言うとおり、見張りの兵士らは、見た目の割にかなり貧弱だった。
兵士のほとんどが、アドレーヌの二倍近くの大きさで、垣間見えた肌からも目に見えて筋肉が隆起していた奴ばかりだったのに、見た目に反してあまりにも弱すぎる。これならアドレーヌのほうが強いと思うくらいだ。
……これはボスの実力も怪しい。だが、今突撃するのはやめておくべきか。まだ身の回りの安全も確保できていないのだから、まずは無事に逃げ出すことが先決だ。
デデデは走り続けて、そして牢獄から脱出した。どうやらあの牢獄は地下に造られていたようだった。
周囲を見回すと、大きな館がすぐ近くにそびえ立っていた。こっちからだと、L字型に建てられているように見える。きっとここに、デデデを牢へと閉じ込めた奴がいるのだろう。
まだあのような場所に閉じ込められた屈辱と怒りは収まっていない。収まるわけがない。今すぐに乗り込みたいが、今は我慢しなければ。
それに、イタチの少女が言っていた、盾の勇者とやらが助けに来てくれるというのがあるんだから、それまでは生き延びる必要がある。たとえ1UPがあっても、あそこから出られず、ご飯にもありつけなければその先に待っているのは餓死だけなのだから。
「……ん?」
そこでデデデはある違和感に気付く。
イタチの少女の事に今まで気を取られていたために、気づくのが遅れてしまった。
(牢獄に監禁されるのは、犯罪者だけだ。なのに、あんな純粋そうな女の子がどうして監禁されていたんだ?)
らふたりあ、という子についてもおかしい。その子が村の旗を取り戻すのを見届けるまでは死ねないと言っていた。つまりはあそこにいれば死ぬ可能性がある。イタチの少女には、あそこを自力で脱出するという意思がなかったようだし、助けがくるまであそこで待ち続けるつもりなのだろう。あの言い方からして、らふたりあは何とか脱出して、助けを呼んだと考えれる。
重要なのは、助けるという点だ。イタチの少女には汚れだけではなく、鞭打ちの痕やあざ、内出血まであった。
何かを犯して、黙秘していたから、拷問されたのか。だが、死なせない為の治療をしないということは、そのまま死なせるつもりだったのだろうか。苦しめながら執行するとは、趣味が悪いのか、それともあのような純粋そうな見た目の割に、それ程重い罪を犯したのか。
(いや違う、それならどうしてあんなにも警備はざるだった?)
警備は出口に近づくにつれて増えていた。逆に、出口から遠くなるほど数は少なくなっていった。
牢獄の警備の割には配置がおかしい。脱獄者が出たがための配置なのかもしれないが、重大な犯罪を犯したのだろう、イタチの少女の周りには、一人も警備は居なかった。
あの配置はまるで、警備をする意味がないようにしか思えなかった、
中まで警戒する必要がないのはどうしてか。それは逃げ出せるわけが無いという確信があるということに他ならない。つまりは。
「らふたりあは逃げ出せたわけではない」
イタチの少女の言い方だと、まだらふたりあは生きている。となると、どこかに流された……いや、違う。
流刑だったら、もう一度再会できるのは絶望的だ。助けに来てくれるという確信に近い希望を持てるわけが無い。ならば。
「……そいつだけ釈放されたからか」
推測だが、きっとそうに違いない。
今頃らふたりあは盾の勇者を探して、居場所もおそらく分からないだろうに、きっと色々聞き込みとかをしたりして、もしかしたらもう見つけたのかもしれない。そのうち助けに来るのだろう。
なら、もうデデデの知るところではない。いくら考えても、今のデデデにはどうにもできないし、何よりハッピーエンドが約束されてるなら、これ以上首を突っ込む必要はない。下手に突っ込んでその約束が反故になるのは避けたいところだし。
本来ならこれは、脱獄を企てているのに他ならないが、自分も今絶賛脱獄中だし、自分を知らぬ間に牢屋に入れた奴のために何かするつもりもない。だから、もう口出しもするつもりはない。
そう割り切ったデデデは、もう少し周りを注意深く見まわす。すると、門番が二人立っている、巨大な門を見つけた。
(そういえば、盾の勇者ってどんな奴なんだ?)
イタチの少女の言っていたそいつのことも気になるけど、都合よく会えるとは思えないし、考えるだけ無駄だと、デデデは出口らしき門に歩き始める。
結局、ここは自分の城ではなかった。知らない場所に追放されたのだろうか。
そういや、あの仮面騎士が刑務所のある星のことを話していた。もしかしたらそこに今自分は居るのかもしれない。
なら、一国の不幸な王として、本部に抗議に行こう。それから、この服もそのうちどうにかして、それからこの館の主を殴りに来るとしよう。
(待っていろ。いつか貴様のその顔をタコ殴りにしてやるからな)
グフフフフ……とほくそ笑みながら、門番二人をハンマーでぶっ飛ばすと、デデデは観音開きの門を蹴り開けた。
デデデは奴隷を知らなかった。