「影? なんで秘密部隊とやらがこんなところに?」
デデデが影と名乗った女にまず持った疑問。それは、秘密部隊というのがどうしてこんな所に一人でいたのかということだった。
槌の勇者であることも何故分かったのかというところも疑問だが、防具も武器も無さそうな女がどうしてこんな魔物がいるような草原へ? というところが気になった。
「秘密部隊ってことは、誰かに情報を伝える為にここに来たのか?」
「その為にメルロマルクへと向かっていたのですが……途中で馬車を魔物に壊され、残りの御者も他の影もやられ、私だけが生き残ってしまったので、徒歩で向かっていたのです」
「徒歩で、ねぇ……なんで武器無いんだ?」
「……隙を突かれ魔物に奪われてしまい」
「貴様よく生き残れたな」
「はい……魔法も私の適正は回復のみでして、攻撃方法が無いのです。なので魔物の目を掻い潜りここまで来たものの……まさか滅多に見ることの出来ないハーピーの群れがあんなにも居るとは思わなく」
「……ハーピー?」
一応倒した事はある。天使の輪と白髪紅眼の半人半鳥、しかし単眼というどことなく某酸素を思い出す容姿の奴だ。手には大きな弓やクロスボウ、たまに槍とかを持っている。
「ハーピーは知らない方も多数居るほどの魔物です。雌しか居なく、ほとんどが服を着ていないので男性冒険者陣には人気ですが……性格は凶暴で、常に空中に居る為近接はまず無理です。そして空中複数が一緒に居れば凄まじい連携でどんな手練れであろうとあっという間に負けてしまうほどの実力です」
「空中戦ねぇ……」
あの時は近接武器を持った奴だったから地上でも対応できたが、空中戦はちときびしいかもしれないな……そう考えていた時だった。
ドスン、と背後で重い何かが落ちた音がした。
「「ッ……!?」」
バッと後ろを振り向いたデデデと影は、愕然とした。
燃えるような赤羽のまん丸な鳥。その体には、沢山の矢が刺さっていた。
姿は全く見たことが無い。だが、その鳥が何かだなんて、デデデにはもう分かりきっている。
「フレイアッ!?」
デデデが絶叫し、とっさにフレイアに駆け寄る。
「フレイアッ、フレイア、しっかりしろぞい!」
「…………」
「勇者様、私が治療します! なので勇者様はハーピーを――」
目を閉じて、返事をしないフレイアに焦るデデデを押しのけ、影が回復魔法を使いながら、矢を引き抜く。
だが、今のデデデに、影の言葉は完全に届きはしない。
影の言葉が聞こえなくなるほど、デデデは怒っていた。
(あいつら……絶対に半殺しでは済ませんぞ)
ほんの少しの間だけだった。だが、デデデの言葉に元気に反応し、そして疲れたデデデの代わりに動いてくれた。元気で、いい子だった。
数の暴力でよってたかってフレイアを攻撃して殺そうとしたことが、デデデには許せなかった。
そして、最も許せないのは、フレイアが攻撃されていることに気づけなかった上、上空の敵に有効な攻撃手段が無い自分だった。
一方的なハーピー達の攻撃が、デデデ達に降り注ぐ。
デデデが出来るのは、せめて影とフレイアに攻撃が当たらないように立ち回ることだけだった。
ハーピーは防戦一方のデデデを嘲笑うように、攻撃を激しくしていく。
(くそ……くそくそくそ! なんでワシはこんな時に限って! こんなにも役立たずなんだ!)
悔しい。何も出来ない自分が。ハンマーを振るって無数の矢を弾き、矛先や切っ先を逸らすことしかできない自分が。
このままではジリ貧だ。だが、打開策などデデデには全く思い浮かばない。
もう、デデデにはどうしようもない。
ああ、もういっそこのハンマーを投げ捨てて蜂の巣になれば楽になれるんじゃないだろうか……?
(何を馬鹿なことを考えておるんだワシは!)
諦めるな。最後まで抗え。抗って抗って、そして活路を見出すんだ!
――大王。ならば俺が力を貸そう。
(お前は……っ)
そして突然頭に響いた奴の声と共に、デデデの意識は遠のいた。
「これは……っ!?」
影は回復魔法を赤い鳥に掛けながら、周りの変化に愕然としていた。
なぜなら、自らと赤い鳥を中心として、包み込むようにして黒い結界が一瞬で張られたのだから。
(無詠唱でこれだけの強い結界を……!? 儀式魔法『聖域』の魔力など比べ物にならないほど、濃密で上質な魔力を練られているこんなものすら、勇者様はたった一人で、しかも無詠唱で行使できるのか)
無詠唱で魔法を使うことは可能ではある。だが、詠唱するのと比べて威力や質は落ちてしまう。だというのに、魔法名すら言わずに唐突に展開した結界すら、こんなにも力がある。影はその事実に愕然とすると共に、七星勇者の凄さというものに感動していた。
だが、なぜ今までその結界を張らなかったのだろうと疑問を持ったが、それは結界の外に居る槌の勇者の武器が、赤黒く禍々しくなったことが答えだった。
(あれはまさか……カースシリーズ!? そうか、この鳥が死にかけたことがトリガーになって、解放されたのか。よく見れば、この結界もそこまで丁寧に織られたものではない。ということは、カースシリーズで格段に上がった力で、結界を生成したのか!)
勇者伝説、特に身近に居るからこそ興味があった七星勇者の事についての情報には聡い影。眷属器についてにもよく調べていたため、カースシリーズのことも知っていた。
七つの大罪である『傲慢』『憤怒』『嫉妬』『怠惰』『強欲』『暴食』『色欲』でカースシリーズは形成されている。影は、おそらく槌の勇者様は『憤怒』を目覚めさせたのだろう、と推測した。
「ハーピー達が距離を取っている……怯えているのか。あれ、なんで勇者様は羽もないのに浮いてる?」
嘲笑から一転、恐怖へと表情を豹変させたハーピー達は攻撃を止め、翼をはためかせ上空へと後退しているのを追うように、羽も何もない槌の勇者は上空へと飛んでいく。
(何が起こっている? まさかあれもカースシリーズの力か?)
「…………ク、エッ」
「っ! 起きましたか」
影は赤い鳥が目覚めても、残りの傷を治す為に治療する。その間も、槌の勇者の様子を見つめていた。
槌の勇者はハーピー達と同じ高度まで上がった。そして、後ろからな為分からないが、槌の勇者の腹の部分に魔力が集中しているのが気配で分かった。
異変に気づいたハーピー達が武器を構える。が、もう時既に遅し。
「あの大きさに魔力の質……まさかあれは、ダークマター族しか使えないという、ダークレーザー!?」
槌の勇者の腹から放たれた漆黒の稲妻。異質な線が亀裂のように空を走り、全てがハーピー達に直撃する。
武器もろとも瞬く間に炭と化したハーピーだったもの達は、黒ずんだ粉雪と成り果て、地へと落ちてくる。不吉さを感じる最期だった。
……五十年前。この世界にシルドフリーデンで発生した災厄の波と共に、宇宙という空よりも上にあるという世界に住む者達が現れた。
それこそが、暗黒物質――すなわち、ダークマター族の最初の到来だった。
ダークマター族は波が終わってもその世界に残り続け、世界中を混乱に陥れた。
彼ら自体が大暴れしただけではなく、凶悪犯罪者を投獄している牢屋が破壊され脱走し、戦う力の無い一般人すらも負の感情を強制的に引き上げられ暴走させられた。そしてそのようなことがどんどん他の国でも起こり、ついには世界中の治安が劇的に悪くなり、世界恐慌までもが発生してしまった。
ダークマター族は前触れもなく、いつの間にか姿を消していたのだが……もしも見かけたら即座に国に報告せよという憲法が世界中で既に定められている。国にいる勇者が即座に排除に動くからだ。
(私が生まれる前に起こったそうだが……彼らの使うのは全て闇魔法だったらしい。ダークレーザーはダークマター族のみ使える魔法の代表格。この世界に存在するあらゆるものを焼き尽くせるほどの電力といわれていた)
あんなものを、ダークマター族ではないはずの勇者様が、何故使える? 赤い鳥の治療を終えた影はおとがいに手をあて、考える。
そして導き出した答えは。
(勇者様のカースシリーズの力か! 見た目だって禍々しいから、きっとそれに違いない)
デデデよりおつむは空っぽではない影なら、もう一つの可能性にだって気づいていただろう。
それを取らずに、誰でも思い当たる可能性を信じたのは、ひとえにそうだと信じたくなかったからでもある。
何の前触れもなかったのだ、ダークマターに取り憑かれたという線はきっとないはず……
以前、デデデにダークマターが取り憑いて以降、未だにダークマターの欠片が付いているという事実を知っていれば、まだなにか変わったかもしれないが、知らないものは仕方がないだろう。
「槌の勇者様、ご無事ですか?」
「クエー!」
結界が消滅したのと同時に、地面へと戻った槌の勇者に真っ先に駆け寄ったのは、赤い鳥、もといフレイアだった。
「クエッ、クエエッ!」
「…………」
「勇者様、お怪我は」
「…………」
「勇者様?」
フレイアの羽毛に埋もれた槌の勇者は動かない。じーーーーーっとしていた。
……影はこれ以上言葉を掛けるのは野暮だと判断し、血と焼ける匂いを漂わせた槌の勇者の傷を治すことに専念した。
☆大王様治療中……★
暫くすると、やっと槌の勇者は動き始めた。
「勇者様、もう平気なのですね?」
「ああ……もう、大丈夫だ」
「そうですか……ああそうだ、勇者様はこれから何処に向かうつもりで?」
「何処に向かう、か……別に決めていないが」
「なら、厚かましいのですがお願いがあるのです」
影は、あることを考えていた。
(四聖勇者様の力があるとはいえ、槌の勇者様の力があれば間違いなく災厄の波の対処は可能だ。女王の帰還までは、出来ればメルロマルクに残ってもらいたい。勿論諸国周辺に気づかれないように)
召喚されるほとんどの四聖勇者は色々と面倒なところがあるという履歴がある。今回の四聖勇者も間違いなく何らかの面倒な所があるだろう。盾の勇者の強引過ぎる強姦未遂事件を難なく信じてしまったのだから。
最早老害となった王の計らいによって無意識な傀儡となり、それで波に影響があったら目も当てられない。女王陛下がご立腹では済まされないことになる。そうなると女王による王への警告の伝達役を担っている影自身もとばっちりを受けるかもしれない。
まあ、要するに保身の為にメルロマルクに来てもらおうと思った。
「メルロマルクに来てもらえないでしょうか」
「え、いいぞ」
「本当ですか!」
「別に行く当てないしな」
「なら、今すぐに行きましょう! 方角はあっちです」
槌の勇者の話し方に違和感を持ったが、そんなことよりも自国に来てもらえることになったのに影は喜んでいた。
「よし、フレイア。
「…………クエ」
何か嫌そうな顔をしている気がするフレイアだが、一応ちゃんと了承した。
槌の勇者と影はフレイアに飛び乗った。
「そういえば、勇者様。武器がまだ黒いまま……」
「気にするな。ほら、出発」
「クエ」
槌の勇者は足でフレイアを軽く叩いて、離陸を促した。
フレイアは、大きく羽をはばたかせ、人二人を乗せているにもかかわらず、軽やかに飛翔した。
フレイア、察するのが早い。
次はメルロマルクに着きます。この時点で波まであと五日ほど。