私に姉が舞い降りた   作:エフジェイ

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第2話 私にもお姉ちゃんがいたんだ

「えっ?」

『ん……?ひなたが…二人!?』

 

女の人を見てひなたは驚く。それもそのはず、この人は突如としてひなたの背後に現れたからだ。家の構造上、ひなたの背後には物置部屋しか無い。という事はこの人はどこから現れたのだろう。

ひなたが驚いて距離を取ると自分と同じ顔をしたそいつは女の人に強い語調で問いかけた。

 

『なあ!みゃー姉!この恐るべき妹達計画は一体なんだ!なんで私のクローンなんか作ったんだ!!私だけじゃ不満なのか!?ってかどうやったんだ?!そうか、松本か?松本と協力したのか!?みゃー姉!!』

『えっ?何言ってるかさっぱり分からないんだけど?!私たった今起きたばっかり…ってかこれまだ夢の中なんじゃない?』

 

みゃーねー。この女の人はみゃーねー?さんと言うらしい。どこかで聞いたような、そんな気がする不思議な名前だった。だがそんな事はどうでもいい。同じ顔のこいつは誰だ、この人は誰だ。一刻も早くこの意味不明な状況を説明してくれる人が欲しい。未知との遭遇の連続はひなたの体と頭の回転を鈍らせ、混乱させていた。

パニックになっていると誰かが階段を登ってくる音が聞こえる。母だ!母が助けに来てくれたのだ!ひなたは階段を駆け下りておもわず母にがぶり寄る。

 

「お母さん!なんかおかしいんだ!私と同じ顔した奴がいるし!なんか知らない人もいるし!どういう事なんだ!?教えてくれ!お母さん!」

『おっとっと危ない…いや私も知らないわよ でも落ち着いてひなた、今から何が起こってるのかはっきりさせてやるからね』

 

 

 

『みゃー姉!みゃー姉!』

「お母さん!お母さん!」

 

相変わらず訳も分からず二人のひなたを眺めていた花と乃愛だが、ここで乃愛が口を開く。

 

『なんかサ、アタシどっちがホンモノのヒナタちゃんか分かっちゃったんだけど』

『ひなたに本物と偽物がいるかは知らないけど、私達が知ってるひなたがどっちかっていうのは まあ見れば分かるよね』

 

 

 

 

 

『さて、落ち着いたみたいだね じゃあ何でこんな事になってるのか考えてみようかしらね』

 

一同は落ち着いた所でひとまず居間に集まっていた。

少し間を空けてソファに座る二人のひなたは髪のはね方、表情や身振りなどの仕草などに若干の違いが見られるもののそっくりだ。服まで同じものを着ている。知らない人が見たら双子の姉妹だと思うだろう。

もっとも片方はやっと警戒したのか少しむすっとした表情で隣に座るジャージ姿の女性にしがみつき、もう片方はそれを唖然とした顔で眺めているという大きな差はあったが。

 

唖然とした顔のひなたがここでふと我に帰る。そうだ、こんなおかしな状況とっとと何とかしなきゃならないんだ。そしてひなたには少し恥ずかしさもあった。前代未聞の状況とは言え、これまでの生涯でここまで慌てふためいて、あまつさえ母を強く頼った事なんて無かったからだ。早くこの状況を片付けて平静を取り戻したい。

なら聞く事はこれしかない、ひなたは息を吸い込んで発言する。

 

 

 

 

 

「誰なんだこの女の人?そして何でうちにいるんだ?」

 

 

 

自分が二人いる事を除いた、この場にいる誰もが考えるであろう当たり前の疑問をひなたはぶつけてみる。最もその当たり前というのはひなたの常識に則ったもので、現状がそれから逸脱しているというのにひなたは気づいていた。

 

この人は当たり前のように自宅にいて、当たり前のように自分の事を知っていて、当たり前のように異常事態を解決しようとする自分達の輪に加わっている。ひなたは不思議でならなかった。

そしてさらに不可解なのは、彼女が母だけでなく乃愛・花・自分と同じ顔をしたそいつのいずれとも面識がある、そういう喋り方をしていたからだ。

最初こそ、自分が忘れているだけで母か招いた自分をよく知るお客さん、親類だとかではないかとも思ったが、それでは部外者であろう乃愛と花に対する温和な態度に説明がつかない。というかそもそもなんで私にそっくりなやつになすがまま抱きつかれているのだろう。

一体どういう答えが返って来るか、この人は一体。ひなたは唾を飲んだ。

 

 

 

『えっ?』

『え?』

『えーと…ひ、ひなた?』

『…これは一体何から説明すれば良いんだろねえ』

 

解答が無い。

想定外だ。自分と同じ顔をしたそいつがだんまりな以外、女の人本人含む皆一様に答えなかった。…というよりも困惑して言葉が出ず答えられない感じだ、ひなたにはそう見えた。

となるとひなたにはもうお手上げだった。

 

 

 

「…いや、言えないんならいいんだ」

 

ひなたが質問を打ち切ると居間は静まり返った。

ひなたは感じた。ドッキリだとかで一芝居打たれているのでは無ければこの空間では明らかに自分が異物であると。もしかして本当に別世界に来てしまったのではないか。

であれば、自分はどんな『理想の別世界』に来てしまったのか探るしか無い。

 

 

 

しかしひなたはまだ気づいていない。自分がどんな世界に来てしまったかを。

なんとなく思い出した程度だと感じた「姉」に対する想いを、どんなに強く胸に抱えているのかを。

 

 

 

 

 

『じゃあねえ… そうだ、何か手がかりになるかもしれないし、とりあえず今日起きてから何をしたか言ってくれる?』

 

『えーとアタシはね 朝起きてヒナタちゃんの家に来て、それから皆とお料理の買い出しかなあ』

『私もそうですね 別に変わったことは無かったと思います 買い出しの件は本当は必要な材料は揃っていたので必要無かったんですけど、昨日お姉さんにいくつか具材を追加したらどうでしょうかと提案したら良いよと許可をもらったので皆で買いに行くことにしたんです』

『…私もそうだ 花がお菓子に入れる具材を買うのに着いていったんだ そして返ってきたらみゃー姉が私のクローンを…』

『私がクローンなんて作れる訳無いでしょ… あっ、私は今さっきまでぐっすり寝てました はい』

 

 

 

料理、お菓子。

母が再び場を作り直して聞いた二人の行動は、自分の知っているそれとは異なるものだった。勿論、ひなたは買い出しになど行っていない。料理を作る計画なんて以ての外だ。だって、朝から公園で他愛のない話をして変わったダンスを踊って盛り上がっていたのだから。しかしひなたは二人のやり取りが口裏を合わせて嘘を付いているようには思えなかった。

あと自分と同じ顔をしたやつが二人と行動を同じくしているという点はひなたにはとても薄気味悪かった。

 

ひなたが愕然としていると皆の目が自分を向く。

ああ、次は自分の番か。すでに二人と自分の行動が異なっていると知っていながらもひなたはおそるおそる喋りだした。

 

 

 

「…私は違う 朝から乃愛と花と一緒に公園でお喋りしてたんだ そして家に帰って来たらこんな事に…」

『えっ?公園?公園なんてアタシ達随分行ってないような気がするけど…』

『そう言われればそうね お姉さんもいるし、ひなたの家に集まってばっかかも 近くは通るけど確かに公園で遊んだのは随分前』

「えっ…そんな訳が……」

 

さらなる衝撃。違っているのは今日の行動だけに限らなかった。二人の言動はまたしてもひなたの想像を超える。三人はひなたの母千鶴が日中仕事で家を空けるのが多い事もあって、公園だとか乃愛や花の家に集まって遊ぶ事が多い。だがこの二人は最近は公園に行ってないというではないか。

 

また、花の言う『お姉さん』というのがひなたは気になった。花の素振りや話の脈絡から推測するに『お姉さん』というのはおそらくこの女の人だ。この人は花の喋り方だとうちに住んで(?)いて、お菓子を作ってくれる人だという事だろう。

 

 

 

疑念というよりは戸惑いを含んだ目が自分に向けられ、ひなたの頭は再び混乱する。

自分の記憶を間接的に否定する友人達。落ち着いて場をまとめている母ですら、自分が公園に行ったと話した時の反応は明らかにおかしかった。

 

ある日突然全く知らない人がよく知っている人と良好な関係を築いている日常。こんな事ががあれば誰しも混乱する。それを年不相応の気丈さを持つとは言え、十幾歳の女の子が経験しているのだからその動揺は計り知れない。

 

どういう事だ?この人、どんな立場の人だ?

自分の常識が通じない恐怖。ひなたの体は震えだしていた。

 

 

 

 

 

『大丈夫?ひなた?少し顔色が悪いよ』

 

そんなひなたに優しく声をかけたのは他ならないその女の人だった。

ひなたは女の人の顔を見る。その顔には本気で自分を心配し、大丈夫だろうかと不安がっている表情を浮かべていた。

ひなたは彼女の顔を見て不思議な事に少し安堵した。そしてふと、なぜこの人は自分の事をこんなに気遣ってくれるのだろうと考える。

その時、ひなたは心の奥底から不思議な感覚が湧き上がってくるのに気づいた。

 

(あれ、この表情どこかで…)

 

ひなたには何故かこの表情に既視感があった。

年上の女の人、いや女の子が自分を大丈夫かと心配そうに眺めるこの表情。

 

…そうだ、これは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(「…大丈夫?ひなた ケガは…なかった?」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如立ち上がったひなたはその勢いのまま、玄関で乱雑に靴を履き、バタンと勢いよくドアを空けて猛烈な速さで駆け出した。

 

『違和感』『甘い匂い』『既視感』そして『お姉さん』と呼ばれる謎の女性。それら全てに説明がつく『何か』にひなたは気づいてしまった。

まさか…まさか!こんな事がある訳がない。だが、そうでないと説明がつかない。

なら、「あれ」が全てを否定してくれる。逆に「あれ」が否定してくれなければその時は…。

ひなたは全速力で駆けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり無い…」

 

目的地についたひなたは少し肩で息をしながら立ち尽くしていた。

ひなたが走って走ってたどり着いたのは先程まで乃愛と花とお喋りしていた公園の脇の道路であった。ひなたの目の前をビュン、と車が通り抜けた。

 

『おーい!どうしたんだ、いきなり走り出して!』

 

そこへ自分と同じ顔をした女の子が走ってきてしばらくふうふうと息を整えてこちらの顔をうかがう。そんな女の子にひなたは問いかける。

 

「なあ」

『…なんだ?』

「ここにきてなんか違和感を感じないか?」

『違和感?何がだ?』

「何か足りないとか、何かおかしいとか…まあそういうのだ」

『いや…別に…』

「そうか…」

 

女の子は怪訝そうにひなたの顔を見る。それもそうだ、別にここは何の変哲もない普通の道路でおかしいものなど何も無いのだから。

 

そしてそんなやりとりをしている所へやっと乃愛と花がたどり着く。

同じく『なんでいきなり走って出てっちゃったの』と花が訪ねると、ひなたは二人に対し先程と同じ質問を繰り返し、そして『別に感じないけど…』『えっ、違和感ってなあに?』という解答を得てこう語るのだった。

 

 

 

「何が起こったのか多分分かった すまん、家に帰って説明する」

 

その後、ひなたはさらに自分を追ってきた母と女の人に同じ質問をするが、やはり満足な解答を得られなかった。

 

 

 

 

 

『全く、何が起こってるのかさっぱりなのにいきなり家を飛び出すものだからこの子は… それで気付いた事って何かしら?』

「すごい突拍子も無い事言うけど聞いてくれよ 私、別の世界から来た星野ひなたなのかもしれないんだ」

 

 

 

 

 

帰ってきて早々、とんでもない事を告げたひなたに一同は当然絶句するが、ひなたは続ける。

先程も言ったが自分は朝から公園に乃愛と花と遊びに来ていたこと、乃愛が話の種に『別世界に行くことができるダンス』というのを調べて来たこと、『別世界』というのは自分の理想とする世界であると説明されていたこと、花と乃愛が踊っても何も起こらなかったが自分が踊った後に気を失い目を覚ますと二人は居なくなっていたこと、そして自宅に帰ってきたら自分と同じ顔をした人間がいたこと、そして最後に自分の世界との明確な違いに気付いたことだ。

 

 

 

「色々おかしいとは思うけど、私が思い当たるの原因はそのダンスのせいだ」

 

依然として5人は信じられないといった顔をしていたが、そんな空気を和ませようと計らったのか乃愛がひなたに話しかける。

 

『……「理想の世界に行けるダンス」、かあ。それすごいオモシロそ…じゃなくて、もしかしてヒナタちゃんは元の世界に戻れないカンジ!?』

「いや別世界には5日しかいられないと書いてあったから、おそらく戻る事はできるんじゃないかな」

『良かった!でも何をきっかけにしてヒナタちゃんはこの世界にテンソーされちゃったの?自分の世界と違いがあるってことはもしかして…ミャーさん知らないのと関係ある?』

「いや、それはだな……」

 

『…私分かった ひなたの理想って「お姉さん」でしょ』

 

 

 

ひなたが言葉を濁していると花が少し暗いトーンで口を開いた。

ああやっぱりか、ひなたはここで自分がどんな世界にやってきたか完全に確信する。

 

「…そうだな 私の理想は多分「お姉さん」だ」

『やっぱりミャーさんかあ!ミャーさんが理想だなんて別世界の子でもヒナタちゃんはヒナタちゃんらしいね …えっ、でもヒナタちゃんミャーさん知らなかったよね…ならナンデ?』

「ああ、だってそりゃそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私のお姉ちゃんはもうこの世にいないんだからな」

 

 

 

 

 

花を除いた全員、居間の全てが凍りつく。

自分と同じ顔をしたそいつ、もとい『この世界のひなた』が涙目で『みゃ、みゃー姉が死ん…』と嗚咽を漏らしたのが聞こえた。

当たり前だ。誰しも家族や知人、それどころか自分が別世界ではすでに死んでいるなんて言われて衝撃を受けないはずがない。取りようによってはただの侮辱だ。

だが、「ひなた」の世界ではそうなのだから嘘を言っても仕方ない。

そんな4人を他所にひなたは独白する。

 

 

 

「私にもお姉ちゃんがいたんだ でも私が物心つくまえに事故で死んでしまって…今は一人っ子だ」

「私はお姉ちゃんをあまり覚えていないんだ だからその人の事も知らなかった その女の人は星野みやこ、死んだ私のお姉ちゃんが大きくなった姿なんだろう?」

「理想の世界に行くには強い想いが無いと行けないって書いてあったからこそ気付かなかったんだ …私はそんなにお姉ちゃんに会ってみたいと想っていたなんてな」

「この世界は言ってみればお姉ちゃんが無事だった世界なのか… 私が公園から常に感じていた違和感は別世界だったからなんだな」

 

 

 

ここでひなたは花の様子に気付く、深刻な顔をしているが自分に何か聞きたくて仕方ないといった感じだ。ひなたは一息置いてから花に話しかけた。

 

「…どうしたんだ、花」

『いや、ひなたがいきなり飛び出していって公園の所にいたのが気になって… あの、あそこってつまり…』

「そうだ、あそこが事故があった場所だ」

『……!』

「…これはお母さんに聞いた話なんだが、事故があった日私達は公園に遊びに来てたんだと 最初は3人で遊んでたんだがお母さんがご近所さんと会ってな、挨拶した時に少し目を離してしまったらしい 気付いた時には私もお姉ちゃんもいなくて探してる時に事故が起きた …誤って公園脇の道路に飛び出てしまった私をすんでのところで庇ったお姉ちゃんは代わりに車に轢かれてしまった」

『……』

「私の世界だとあそこには信号機があるんだ 元々そこそこ車が通る道だけど信号機が無くて危険だと言われていたらしい 事故をきっかけに信号機が置かれたんだが…」

『確かにあの道は危険かも 公園の横だし、事故が起こってもおかしくない…』

「私の世界では起きたんだ でも覚えてない程昔の事だから身内としてもすっかり他人事だったというか、むしろ私が近所の遊び場として使わない方がお母さんが気にすると思って私は「みんな」と公園でよく遊んでるんだ」

『なるほど、そういうこと…』

 

 

 

また訪れる沈黙。

娘が、友人が、妹が二人に増えたと思ったら片方は別世界からきたと言い出し、それも姉みやこを喪った世界から来たという二段階のとんでもない告白。

 

『ふう~…』というため息。沈黙を破ったのは母、千鶴だった。

 

 

 

『突拍子もないけど、何が起こったのかは大体分かったよ …で、この後どうするんだい?行く所の当てはあるの?』

「い、いやないな…」

『そりゃそうだ …もちろんウチで面倒見るから安心しな 別世界だろうとなんだろうとひなたは私の可愛い娘だからね 2人や3人になった所でそれは変わらないさ』

「い、いいのか…?」

 

『別世界に来てしまった』というのが本当ならひなたはこの世界で5日間過ごす事になる。しかし「ひなた」自身も衝撃の連続すぎてこの後はどうするか考えていなかった。でもそんな心配も気にする前から母によって無碍にされたのだった。

 

 

 

『えっ、それってヒナタちゃん泊まってく… いや、こっちの世界のヒナタちゃんの家にいるってこと?』

『なんかすごいややこしいことになってるけど、まあひなたの家はここだし…』

『あ、あのなもう1人の私』

「…ん?なんだ?」

『えーと…本当にそっちの世界はみゃー姉いないのか?』

「…ああもういないんだ あと私にはお姉ちゃんがいないのが当たり前だから、そこまで気を使ってもらう必要はないぞ」

『そ、そうか』

(…そう言えばみゃーねえって、みやこ姉?…やっぱりお姉ちゃんの事か)

『あっ、そういえば聞きたいんだけどそっちの世界のアタシも相変わらずカワイイカンジ?』

『そう言えばそっちの私も花とノアと友達なんだな』

『別世界にも私たちがいるって考えるとなんか不思議ね』

「あっ、いや、えーと…これって何から答えれば良いんだ」

 

 

 

 

 

ひなたを囲んで湧く面々。緊張と警戒・驚愕と沈黙を伴ったひなたの告白であったが、正体が判明してみればこの世界のひなたを含む子供たちは皆すでに彼女を受け入れていた。

 

そんな子供たちを眺めるみやこはまだ夢見心地といった感じで立ち尽くしていたが、千鶴にとんとんと肩を叩かれる。

 

『どうだ、眠気はとれたか?』

『えっ?あ、うん』

『私も最初は驚いたさ 今さっき帰ってきたばっかりの娘がまた帰ってくるんだから… この歳でボケでもしたかと真面目に考えちゃったわよ』

『まあ、それはびっくりすると思うけど…』

『…そしてみやこは覚えてないかも知れないけど、あの子が言ってるのは実際にあった事なんだよ』

『えっ…?』

『下の娘も大きくなってきて子育てに余裕ができたって勝手に油断して無意識に目を離したんだろうねえ …気付いたら2人ともいなくてね 幸いあの時はみやこがひなたを見つけて来てくれて大事にならなかったけど、我ながら母親失格だと反省したもんだよ』

『……』

『…「あの子」の場合はそうはならなかったんだ 私が想像してこれだけ胸が張り裂けそうなんだ あっちの「私」は生きている限りそれに永遠に悩まされるんだろうね …というわけで私は買い物行ってくるから留守番よろしくね』

『…えっ?』

 

自分が覚えていない妹とのエピソードから唐突な話の転換にみやこは驚く、しかし千鶴はこう続けた。

 

『そりゃ人の子1人増えるんだもん、必要なものもあるでしょうよ …それにあの子に『お姉ちゃん』ってどんなものなのか見せる絶好のチャンスじゃないか』

『ええ…だって…』

『『ええ…だって…』じゃないでしょ あんたにはあの子がひなた以外の何かに見えるっての?』

『見えないけど…』

『じゃあ決まり ちょうど花ちゃん乃愛ちゃん来てるんだしいつもみたいにしてればいいじゃない それじゃ行ってくるわね』

 

そう言うと千鶴は身支度もそこそこに家を出ていってしまった。

 

 

 

 

 

一方でひなたは皆から自分や自分の世界について次々に聞かれて若干困惑していた。

自分の身の回りの事を質問される…というのは別に大した事でも無かったのだが、聞いてくる相手がよりによって親しい間柄の乃愛と花と『自分』であり、それも質問の内容が「自分達の事」だったのが不自然すぎてとんでもないギャップが生じていたからだ。

 

困惑したひなたは思わず目線を逸らす…だが目線を逸した先には『姉』がいた。

騒動の最中ではしっかり捉える事のできなかった姉の姿形。ひなたは思わずじっと見つめてしまう。

艶がありながら柔らかそうな肌、血色の良い唇、高く整った鼻、細く美しい眉の下には少し潤んだ透き通った右眼と長くて少しカールしたまつ毛、そしてさらさらの髪。

 

こういう年齢の女の人と触れ合う機会が滅多に無いひなたですら綺麗な人であるというのは理解できた。そしてそれはアルバムの中でしか見た事がなかった亡き姉の成長した姿だ。こんな綺麗な人が私のお姉ちゃんなのかと思ったひなたは現実感の無さに若干のこそばゆさを感じるのだった。

惜しむべきなのは彼女がジャージ姿である事だったが。

 

 

 

『ん?』

「あっ!」

 

そんなみやこに見惚れていたひなたは視線に気付いたみやことばっちり目線が合ってしまう。思わず目線を逸らすひなただが、乃愛はそれを見逃していなかった。

 

『あっ、ヒナタちゃん今ミャーさんのこと見てたでしょ!やっぱり気になる?』

「いやその…すみません」

『…ひなたがお姉さんに敬語を使ってる』

『ふふふ、普段なら見られない珍しい絵だネ!…ところでミャーさんはもう一人のヒナタちゃんに見られても恥ずかしくないの?一応他人だけど』

『んーまあひなただし恥ずかしくはないような… って意識したらなんか少し恥ずかしくなって来たんですけど』

『やっぱりみゃー姉はみゃー姉だな!』

 

 

 

穏やかな会話、穏やかに過ぎる時間。

実質的に今初めて会った年長者と他愛なく喋るというのはこの年頃ならまだ難しいだろうが、ひなたはそつなくこなしてみせた。昔から色々な上級生や先生と交流をするから慣れていたというのもあるが、何よりも『お姉ちゃん』に興味があったというのは大きかった。

しかし年長者相手に敬語で接する癖はどうしても抜けなかった。それは姉には歯に衣着せないこの世界のひなたと対極であり、傍から見れば歪に見えた。

 

そしてそんなひなたはみやこの『あっ!』という何かを思い出したような声と共に、ついに姉の本質の片鱗に触れる事になる。

 

 

 

『そういえばお菓子作るんだったね すっかり忘れてた』

『お菓子!!』

『び、びっくりした… 相変わらずハナちゃんはお菓子に目がないね』

「お菓子?お姉ちゃんが作るんですか?」

『いや、私だけじゃなくて皆も一緒に作るんだ もうある程度の下準備はしてあるから作り始めちゃおっか』

『いえ~い!』

 

 

 

そう、本日はお菓子作りの日。そして…、写真撮影の日。

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