WinterGhost Frontline   作:琴町

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お久しぶりです。
ドルフロで聞いたことが無い固有名詞は、「ノア=クランプス」以外無視しても大丈夫です。


忘れてはならないもの①

「クソッ、いつになったらジャミング解けるのよ」

 

砂を巻き上げながら家路を急ぐ車内。

ハンドルを握る416が、何度目か分からない疎通確認に失敗し悪態を吐いた。

リベロールに応急処置を受け、今は眠っているAUG曰く。

今日の夕暮れ時、突然基地が強襲された。

ノアたちに通信を試みたが、遠方通信は全てジャミングされており叶わなかった。

敵戦力は正規軍の残党と思われる兵士と民間人に加え、他地区の戦術人形や鉄血人形。それら全てが一つの勢力として動いている。

連中の動きは理性を欠いていて、細かな戦術は見られない。しかしその規模は”猫の鼻”を遥かに凌いでおり、純粋な物量で戦線を押し上げてきた。

UMP45たちの指揮によりメンタルサーバなどの重要設備は守ったものの、東端から地図を塗り潰すように、都市部は占領された。

現在は一部区画と都市部の間で防衛線を築いているが、次に戦端が開かれると押し切られる可能性が高い。

 

「‥‥おかしい。

”猫の鼻”だけじゃない、誰にも通信が繋がらない。

アンジェリアも、ヘリアンさんも‥‥ペルシカさんも」

 

死んだか、という言葉を飲み込んで、端末をポケットに押し込む。

とにかく、今はアルグリスのことを考えている場合ではない。

懊悩は一つの脳に押し込めて、残りの脳を回転させる。

恐らく、謎の巨大混成部隊は件の百鬼夜行だ。個々が理性を欠いているという報告も、自分が集めた情報の通り。

つまり、今回の騒動の中心には”夜陰姫(ナハツェーラ)”がいる。アルグリス――トーチャラーとナハツェーラが共謀しているかは不明だが、どちらも敵であることには変わりない。

敵の首魁がナハツェーラであることと、現状判明しているスペックを車内の人形たちに共有する。

 

「”猫の鼻”に戻り次第、416以外は基地の防衛線に加わって。

僕と416は大将首を獲りに行く」

「本当にAUGの話を聞いてたの?

いくら指揮官と416でも、二人で突っ切れる物量じゃないよ」

「C-MSの言う通り。そもそも、トーチャラーもナハツェーラもどこにいるか分からないでしょ」

「いや、二人とも必ずアンバーズヒルにいる。

 潜伏に向いている機体じゃないし、近付けば僕には分かる」

 

C-MSとVectorの疑問に、珍しくノアは断言した。

 

「これまで、ナハツェーラと彼女の百鬼夜行に襲われた地域からは、ほぼ全く情報を集められていない。

それはひとえに『生き残りがいない』からだ。奴に遭遇した人たちは皆、殺されるか奴隷にされている。

そんな相手が、今回だけ様子見をして何かを待っている。

増援?――今の戦況から見ても、奴の性能から見ても無用の長物。

人形たちの消耗?――そんなの待たずに仕掛ければいい。これまでもそうしてきたはずだ。

奴は僕を待っている。”猫の鼻”はある意味人質だな」

 

ノアは、ナハツェーラの正体に見当がついていた。

手掛かりはトーチャラーと、M4A1の存在。そして、NYTOに代表される高い生物工学の技術。

そして襲った人間を己の(しもべ)とする異能には、十分すぎるくらい心当たりがある。なにしろ、ソレは本来――

 

「基地が見えたね。全員戦闘準備」

 

都市の外壁を覆う無機有機の人形たちが、死体に群がる虫のように犇めいている。

G11が、震える声で訊ねた。

 

「こ、殺しちゃうの‥‥?」

「‥‥そうだ」

 

得物を抱き締める腕が強張った。リベロールやC-MSも同様だ。当然だろう。人を「殺せる」ことと「殺したい」ことには、大きな隔たりがある。

しかし、ああなった人間を救う術はない。すでに死んでいるのだから。

人形はもしかすると救えるかもしれないが、それを意識して戦う余裕はないだろう。

だからアルグリスも――トーチャラーも殺すしかない。

自分に言い聞かせるような、ノアの呟きが零れる。

 

「元々、僕にはそれしかできないもんな」

 

***

 

ノアたちの帰還を受けて、”猫の鼻”の人形たちは十分な士気を取り戻した。

ノアと416が事態を収拾するまで、基地を守ればいいという目標ができたことも大きい。

結果として、1時間も経たないうちに基地周辺の戦線は安定した。

その一方で、彼が推測したナハツェーラの意図を聞いた人形は如何ともしがたい疑問を抱いた。

その一人であるUMP45が、執務室のモニターをねめつける。

 

「ナハツェーラって、詳細不明の鉄血ハイエンドよね?

情報だってほとんどないはずなのに、彼はどうして居場所を断言できるのかしら。

まぁ、今更あの人の千里眼には驚かないけど」

『おそらく指揮官は、私たちに告げていない情報を持っています』

 

45のプライベート回線の相手は、修復を終えたAUGだ。

前線に佇むAUGは前方で蠢く死体たちの頭を吹き飛ばしながら、何てことないように呟いた。

 

『沈黙の理由までは分かりませんが。

私たちを陥れる意思が無いことだけは知っています』

「そりゃあそうでしょうけど。

‥‥せめてトーチャラーだけでも、私たちで仕留めたかったな。

よりによってあの人に相手させるのは、酷ってものでしょ」

『大丈夫です。416がいますから』

「‥‥そうね。あの子なら、大丈夫ね」

 

その「大丈夫」が二人のどちらを指しているのか、AUGは問わなかった。

M950Aからの報せが、気まずい沈黙を破る。

『連中が動き出したよ!

――待って、ミョルニルがいるんだけど!』

「落ち着いて!AIはガラクタ同然になってるはずよ。

放電にだけ注意しつつ包囲して、速攻で片づけて」

 

チャンネルのスイッチと共に、45は思考を切り替えた。

こういう役回りは得意じゃないのにな、と思わず苦笑が漏れる。

しかし、あの二人が敵を討つならば、自分たちの仕事は決まっている。

 

「ごめんノア。全部は守れない。

でも、今生きてる子供たちと人形は、絶対に死なせないから」

 

***

 

血で作り出した無数の糸を、目に見えないほど細く引き絞る。

それを鞭のように撓らせて右手を振り抜けば、無人機も装甲兵も、大型のE.L.I.Dさえも乱雑な切片に帰した。

クレンザー戦の反省を受けて、ここまでの道中に開発した大技――”荒覇吐(アラハバキ)”。その乱れ撃ちでナハツェーラの眷属を薙ぎ払い、二人はアンバーズヒルの大通りを疾走していた。

隣を走るノアと同じペースで”絶火”を連発しながら、416は彼の動きを観察する。

体内から排出した血液を武器にしているようだが、用が済んだ血液をそのまま体内に戻すわけにはいかない。毎度血液の濾過や滅菌が必要になるわけだが、そんな作用を高速で繰り返しては疲労を避けられないはずだ。

案の定息遣いが荒くなってきたノアに、416が声を掛ける。

 

「その技、見るからに消耗が激しそうね。

ここまでに何度も使っているわ。そろそろ控えなさい」

 

私もいるでしょ、と愛銃を軽く掲げるが、ノアはかぶりを振った。

 

「駄目だ。キミの銃弾で敵を囲む技――アレはトーチャラー戦で必ず必要になる。

ナハツェーラ相手ならしょうがないけど、この人たち相手には弾薬を節約すべきだ。

僕が打ち漏らした人だけ撃って」

 

襲い掛かってきた戦術人形の一つ、FAMASを胴体から両断する。

腰から千切れたポーチを血の糸でキャッチして、隣に投げ渡した。「多すぎるくらいで丁度いい」

彼に露払いを任せることは不満だが、合理的ではある。416は仕方なくポーチから弾丸を抜き取った。

やがて、二人はアンバーズヒルの中心――時計塔を頂く広場に辿り着いた。

無限とも思えるような奴隷の波が嘘のように、静かな空間だった。

噴水の前に佇む黒い影が、退屈そうにゴシック趣味の傘を回している。

その影は二人の足音を聞きつけて――とっくに接近には気づいていただろうが――こちらを振り返った。

 

「ここは、美しい街だ。人間がいない間、その美しさは完成されている」

 

フリルとレースに満ちたドレス、地面に届いて余りある長髪。鬱陶しいくらいの漆黒が、無機質な白い肌を覆っていた。

見るからに鉄血人形と分かる外見だった。しかし、何かが致命的に違うことも見て取れる。

それだけの重圧が、目の前の相手にはあった。

トーチャラーと相対したときとは全く異なる性質の恐怖が、416の危機感知モジュールを最高レベルで刺激する。

ノアは一つ深呼吸をした。

 

「この街を作ったのも、人間だけど?」

「労働力のほとんどは人形だ。そして貴方は――エマ・ノクス」

「クソ。やっぱり同族か」

「その表現には誤りがある。私の体は、紛い物。ただ心臓に旧き夜の王族を頂くのみ」

 

416が寄越した懐疑の視線に、肩を竦める。「吸血鬼(ヴァンパイア)とほぼ一緒さ。細かい違いは無視していい」

 

「否。貴方は彼の種族の祖。この星を守護する無窮の刃。

貴方ならば、この星の病魔を――テシエ・ウィンターを殺すことが叶う」

「‥‥そういうのは、先生に言ってくれ。僕はそんな大それたものじゃない。

"銀の真祖(コーラルブラッド)"も襲名してないし」

 

事実、ノアは眼前の鉄血人形に勝てるビジョンを見出せずにいた。

エマ・ノクス――人類が吸血鬼と混同しているその種族には6つの血統があり、その一柱が「守護」の権能を持っている。「他者を隷属させる」という異能は、その権能に端を発するものだ。

そして有機物無機物を問わない百鬼夜行などという怪奇現象は、その異能でもなければ実現できない。

それを聞いた416が呟く。

 

「じゃあコイツの素材に使われているのは」

「そう。僕の同族の遺体さ。どうにも知らない奴みたいだけど、”黒の血脈(ノーブルブラッド)”なのは確かだね」

「貴方とはどう違うの」

「戦闘力特化で、誇りや責任を重視する。名実備えた貴族様って感じ」

「貴方より強いの?」

「数百倍」

「そう。今はそれだけ分かれば十分ね」

 

これまでノアがどんな相手にも優勢だったのは、種族由来の性能差によるところが大きい。

そして”黒の血脈”の個体は、基本的にノアよりも戦闘能力が高い。

自分のコンディションが万全だったとしても、おそらく勝ち目は無い。

416だけでも逃がしたいが、ナハツェーラよりも416がそれを許さないだろう。

最低でも相打ち。416だけでも生き残れば、トーチャラーを討ち取ってくれる。

 

「‥‥本当に久しぶりだな」

 

死を覚悟する戦いなんて、何百年ぶりだろう。

きっと、普段のノア=クランプスであれば嬉々として身を投じたはずだ。

誰かのために全力で戦って、その結果命を落とす。それは彼にとって最高の死に様なのだから。

しかも相手は”黒の血脈”の改造品。この時代で出会える中で唯一、自分を殺せるかもしれない存在。

 

――だというのに。

 

(こんなに、怖いのか)

 

416の隣に居られなくなることが、堪らなく恐ろしい。

416を喪うかもしれないことが、同じように恐ろしい。

そんな怯懦に任せてこの場から逃げ出してしまわないのは、隣でこちらを見ている彼女の、その静謐で力強い視線のお陰なのだろう。

今、彼女が何を求めているのか。何を()()()ほしいのか。

当然、彼は理解している。そして彼も、それを彼女に求めていた。

 

 

「コレはエマ・ノクス同士の戦いだ。本当なら、戦術人形なんて紙屑のように消し飛ぶ領域。

 でも、僕一人じゃアイツに勝てそうにないの。

 ‥‥()()()()()()()()()?」

「今更何を訊いてるの。

 あなたの選んだ道なら、散歩でも戦場でも、地獄だって付き合うわ。

 あなたと歩く道でないと、私は自分の価値を証明できないんだから」

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