「指揮官!一人でハンターを殺したって本当!?」
朝食を終えてすぐ、執務室へと急いだ。ノックしながら扉を開いて放った416の第一声がこれだった。
「誰から聞いたんだよ……別に緘口令なんて敷いてないからいいんだけどさ。ほんとだよ」
対するノアは、照れ臭さ一割面倒臭さ九割といった面持ちで天井を仰いだ。そうしながらも、手許では書類にサインをしている。書き損じないのだろうか。
鼻息荒く詰め寄って、猫のような瞳を覗き込む。
「人間なのに鉄血ボスを倒せるなんておかしいわ。
何か絡繰りがあるんでしょ!?」
「もちろんあるよ」そう言いながらノアは顔を逸らす。視線だけがこちらに戻ってきた。
「教えてあげよっか?」
「是非!」
「いいけど、後でね。今はこの仕事を終わらせないと」
ノアがぷらぷらと振る手に握られているのは、街の水道工事とそれに伴う交通整理の許可申請書だ。
416はそれを受け取り、工事の目的や必要性、期間や予算について読み流して返す。
「もう慣れてしまったけれど、こんな仕事もするのね。荒事ばかりだと思っていたわ」
先程MDRと9が語っていたように、“猫の鼻”のすぐ隣には“アンバーズヒル”という街がある。G&KはPMCであるからして、この時世における一般的なPMCと同様、街の治安維持も業務範囲に含まれている。しかしC■■地区は鉄血の侵攻が特に激しく、他のPMCが進出していないため、街の行政事務までもがその範疇となっていた。
「キミたちが来る前日には、農業プラントの品質管理監査に行ったよ。
もちろん、武力の必要な仕事が主だけど」
「暇だなんて嘘。他の基地と比べて四、五倍の負担はあるじゃない」
「そうかなぁ。
はい終わった、次ー」
少なくともノアの表情を見る限り、本当にこの忙しさが辛くないらしい。
416は呆れながら、レターケースから書類を抜き取った。
「ここ最近、都市部で何人かの住民が消えているって内容の通報よ。
……コレ、全員行商人じゃない。定期市のために出てるだけかもしれないわね」
ノアは書類を受け取り、文面を目で追っていく。淀みなくジグザクと紙面を駆け下りる眼球の動きは、正直に言って気持ち悪い。416は頬をひきつらせた。
「……うーん。いつもより急に移動してるのは気になるし、住民が必要なものを買えなくなったら困るけど……。
でもキミの言う通りかも。そもそもアンバーズヒルに定住してない人たちだから、失踪したとしても探せないや」
結局、A4五枚の文章を読み終えるのに十四.三秒しか掛かっていない。返電のためにキーボードを叩きながら、ノアがこちらを見る。
「それにしても416。行商人の営業許可リストとか周辺地区の定期市まで、よく知ってたね?」
感心したようなその言葉に、胸を張って答える。
「あの街に関することは全て勉強したわ。そうでもしないと貴方の役には立てないもの」
「ふふふ、有難う。お陰様で随分と楽になったよ。
一つ一つの確認作業は些細な手間だけど、それも積もれば大きなタイムロスになるからね。それが無くなるのは助かる」
ノアがいつにも増して優しい笑みを浮かべる。416は自分の中の天狗が――そんなものが格納されるスペースはどこにもないが――鼻を伸ばすのを感じた。
「これぐらいは当然よ。私は優秀だもの」
「流石は完璧な戦術人形だ。
それじゃあきりもいいし、訓練場に行こうか」
最後の一言で、綻びそうになっていた416の口元が引き締まる。
「何をするの?」
「まぁ、簡単な射撃訓練さ」