WinterGhost Frontline   作:琴町

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副官のお仕事/指揮官のお仕事⑦

「アイツが変なこと言うせいで、どんな顔して指揮官に会えばいいか分からないじゃない……」

 

 今日は朝から訓練があるG11を叩き起こした後、416は執務室へ続く廊下を歩いていた。その電脳の中では、昨夜の45の言葉がグルグルと回っている。

 もう少し気持ちが落ち着いて、適切なスタンスを見つけてから行くべきだろうか。いや、自分はノアの副官なのだし、完璧な戦術人形である自分が遅刻するなど、彼が許すとも自分は許せない。

 うーんうーんと頭を抱えている間に、ドアが目の前に来ていた。

 こうなっては腹を括るしかない。どうということはない、いつも通り仕事を熟して、自分の実力を見せつければいいだけの話だ。自分の有能さに刮目していれば、ノアの意識も自分に向くだろう。45の頼みも果たせるはずだ。

 念の為に一度深呼吸して、ノックする。

 

「指揮官。副官のHK416です」

 

 ……返事がない。作業に集中していて聞こえなかったのだろうか。

 

「……入りますね。

 おはよう、指揮官。今日は誰にも……あら?」

 

 そこにノアの姿は無かった。いつもなら既に業務を始めている時間だというのに。彼は人形たちに付き合う時間を午後と決めているから、誰かと遊んでいる線は薄いだろう。

 これもまた可能性は低いが、寝坊でもしたのだろうか?だとすれば、自分も少し遅れてきても良かったではないか。

 先程の懊悩が空回ったことに、少し腹が立った。

 こうなったら彼の私室まで確認に行って、小言でも言ってやろう。

 416は鼻息荒く執務室を後にした。

 

 

 ノアの私室は、人形用宿舎から少し離れた小型の建物にある。建物の名前こそ「人間職員用宿舎」だが、ノアの部屋以外は全て物置や人形たちの遊び場となって久しいとのこと。

 道中、Gr G3とすれ違った。

 

「おはようG3。ねぇ、指揮官を見てないかしら」

「おはようございます、416。見てないですよ。この時間ですし、もう執務室では?」

「さっき行ったんだけど、いないのよ」

「寝坊ですかね?珍しいこともあったものです。

 少なくとも彼が赴任してきて今まで、一度もなかったと記憶していますが。そもそもの始業時刻が遅めですし」

 

 マンションの下層を切り取ってきたような外観の宿舎に入り、彼の部屋の前に立つ。三階まである宿舎の一階で暮らしているのは、出入りが楽だからだろうか。そんなことを416はぼんやりと思った。

 

「指揮官、お休みですか?」三回ドアを叩いても、返事はない。しかし物音はしたので、中にいるのは確かだ。

 

 ノアの傍で過ごした約一週間の経験から、416の電脳が嫌な推測を導き出す。

 

「入ります」

 

 副官になったとき渡された合鍵で踏み込んだ。

 ここがノアの部屋――などと考える間もなく最初に聞こえたのは、

 

「おごっ、え゛あ゛ぁぁ……こほっ」

 

 腹の底から湧き出るようなえずき声。

 声を追ってノアの姿を求めると、彼は便器を覗き込むようにして蹲っていた。

 416の予想は的中していた。

 

「指揮官っ、大丈夫!?」

 

 焦りのあまり声がうわずるのを自覚しながら、416は背中を摩る。

 こんな状況だが、416はノアが見た目より筋肉質であることに驚いた。外見こそ少女じみているが、やはり一応は男性なのだ。

 もっともその筋肉は今、胃の内容物を吐き出すために蠕動しているのだが。

 そしてもう一つ。彼の体が異様に冷たい。どうなっている?一先ず病院へ救急搬送を――

 

「416……?もしかして僕、遅刻してる?拙いな……」

 

 胃液で少し焼けたのか、掠れた声がノアの口から零れた。元々不健康そうに白かった肌は最早青くなっている。

 今まではうっすらとしか見えていなかったが、目元には隈がはっきりと浮かんでいた。

 

「一体何があったのよ、こんなに冷たくなって!?」

「別に。寝起きはいつもこんな感じだし……あは」

 

 ノアが立ち上がり、殆ど胃液だけの吐瀉物を流す。口元を隠しながら作ったいつもの笑顔は精彩を欠いていた。

 一目で絶不調と分かる有様。416は焦りと苛立ちを吸い込んで叫んだ。

 

「そんなわけないでしょ!」

「いやホントだって。ご飯食べてシャワー浴びたら元に戻るから」

 

 ノアは壁に手をついて、ふらつきながら脱衣所に向かう。416はその腕を掴んで声を荒らげる。

 

「こんな状態で平気だなんて、そんな下手な嘘が通じると本気で思ってるの!?」

「だから嘘じゃないんだって、信じてよ。

 僕はシャワー浴びるから、416はあったかいココアでも作ってくれる?飲みたかったら自分のも淹れていいよ」

 

 腕を掴む416の手からするりと抜け出して、ノアはそのまま脱衣所へと消える。衣擦れの音が聞こえてきたので、仕方なく416はダイニングへ向かう。

 一見して、生活感の薄い部屋だと思う。調度は全てモノクロで、中でも灰色や黒が多く白が少ない。カーテンも閉め切ってあるせいで酷く暗い。視覚モジュールの明度補正機能が無ければ、本棚に足をぶつけていたかもしれないと思った。

 ひとまずカーテンを開けて、キッチンの明かりをつける。粉末ココアは見つけたので、牛乳を求めて冷蔵庫を開いて、

 

「……何よ、コレ」

 

 冷蔵庫にはゼリー飲料と思しき、小型のパウチがずらりと並んでいた。一見して断定できないのは、包装が業務用レトルト食品のような銀色のみだからだ。戦術人形が摂取するレーションでさえ、風味やカロリー、消費期限が記載されている。しかしこのゼリーには、それすらない。

 指揮官(人間)の冷蔵庫にしてはあまりにも無機質なその光景に、416は背筋が寒くなるのを感じた。

 ボトルポケットに収まっていた牛乳を取り出し、一先ず見なかったことにする。

 手近なマグカップ――黒い地に白い猫の柄だ、いい趣味をしている――に注いだ牛乳をレンジで温める傍ら、自分用のコーヒーを淹れる。その待ち時間で、G36とUMP45に業務開始が遅れる旨を連絡した。

 

「指揮官の仕事ぶりのお陰で、差し迫った仕事が無いのは有難いわね――いいえ、さっきの異常はその仕事ぶりが原因なのだから、やっぱり有難くないわ」ぶつぶつと独り言ちる。随分前にG11に指摘された、416の癖だった。

 

 温まった牛乳にココアを溶かし、ガラスのテーブルに置く。そこに敷かれたコースターだけが、何故かインディアン柄でやたら目立つ。

 サーバーに注がれる黒い液体を見つめていると、電脳は勝手に先程のノアについて思考を走らせる。

 自律人形は触覚だけで温度を正確に計ることができるが、416は自分の結論を信じることができなかった。先のノアの体温は、二十五.八度。しかし、深部の温度が三十度を切ると起こるはずの、不整脈や末梢循環不全といった症状は見られなかった。

 416は医学関連のデータベースをダウンロードしていないので、彼の症状がどのような意味を持つのか、判断する術も持たない。このことは考えるだけ無駄だろう。本人に訊くのが一番早そうだ。

 気付けばシャワーの音は止んでいて、代わりにドライヤーの音が聞こえる。

 そこで416は思い至った。思い至ってしまった。今のこの状況、いわゆる「部屋にお邪魔する」というヤツではないか。しかもノアは今シャワーを浴びて、風呂上がりの状態で出てくるのだ。

 気が付いてしまうと非常に気まずい。さらに昨夜の45の台詞が想起されて、今の内に部屋を出た方がいいのではと――

 

「おはよ!」

「キャッ!?ってあれ、服着てる……」

「ごめん、少し待っててね。そこら辺の本棚に気になるのがあったら好きに読んでいいから!」

 

 髪を下ろしたノアが寝巻を羽織り、とててと寝室へ駆けていった。下ろすとそんな感じなのか、と記憶する。

 五分ほど何やら物音をさせたと思えば、いつもの制服姿になったノアが髪を結びながら現れる。「下ろしていても可愛い」と伝えるか迷って、止める。自分はノアの彼氏か。

 その顔にはいつもの笑みが貼り付いていて、足取りもしっかりしている。

 隈が薄くなっている。いつもはメイクで隠していたのか。その強がりに気付くと、少し腹が立った。

 ノアは冷蔵庫へ向かい、ゼリーを一つ取ってくる。一口ちゅるりと吸って、口を開いた。

 

「いやぁ、ごめんよ416。今日はいつもより少し重くてさ。

 でもまさか遅刻するなんて、気が緩んでる証拠だなぁ」

「はぁ、何から訊けばいいのか分からないのだけど……」

 

 とりあえず、ノアの手を握る。ぞっとするほど冷たかった体温は、三十五.八度まで上がっている。シャワーを浴びただけで十度も上がるとか、冷血動物なのか。

 ノアが顔を赤くした。

 

「そういう唐突かつ過激なスキンシップは心臓に悪いから勘弁してくれないかな!?」

「このぐらいで何言ってるの。まぁ、体温は平熱に戻ったみたいね」

 

 実際は416も内心かなり混乱しているわけだが、ノアが自分以上に慌ててくれたお陰で落ち着いた。

 ノアはゼリーを飲み干して、ココアをちびちびと口に含んでいく。416もコーヒーを啜って、ノアの説明を待つ。

 

「……心配かけて悪いけど、毎朝こんな感じだから慣れてるんだってば。別に死にやしないから、気にしないで」

「何ソレ、変温動物じゃあるまいし。

 それと、冷蔵庫の中。そのゼリーばかりだったわ。偏食はよくないわよ」

 

 指摘すると、ノアは気まずそうにそっぽを向いた。

 

「コレは美味しいし、食べるのに時間もかからないから気に入ってるんだ。

 栄養バランスも考えられてるから、これだけ食べてても死なないよ。……多分」

 

 416は訝しさ全開の視線でノアをねめつける。いくら気に入っているからといって、食生活をそれ一色に染め上げることなどあり得るだろうか。

 ここまでの流れで、416はノアの生活習慣が果てしなく劣悪なものであると確信していた。

 溜息を吐く。「見てられないわ」

 

「これからは毎朝、私がご飯を作りに来るから」

「いや、そんなの悪「文句は聞かないから。あんな姿を見て放置できるわけないでしょ」

 

 こちらの意思が変わらないことを察して、ノアは肩を落とした。そんなに自分が部屋を訪ねるのが嫌なのかと、416はむっとする。

 

「まぁ、そこは隠し通せなかった僕の落ち度かぁ。

 ……分かった。よろしく頼むよ」

「えぇ。任せなさい」

 

 頭の中で、416は自分が今どんな約束をしたのか確認した。そして気が付く。

 もしかしなくとも、自分はとんでもないことを言ってしまったのではないだろうか。これではまるで、通い妻――

 

「どうしたの416、急に赤くなって」

「何でもないわ……」

 

 コーヒーカップを傾けて、顔を隠す。

 

「そうだ、もうバレちゃったから話すけど。僕がこんな体質ってことは、みんなには内緒ね」

「どうして?G36辺りは知ってるんじゃないの」

 

 そう訊ねると、ノアは「知らないはずだよ」と首を振った。

 

「みんなに心配をかけたくないし、遠慮もしてほしくないんだ。

 この調子で今まで問題なくやってこられたし、これからもやっていくつもりだから」

 

 何と筋金入りの秘密主義、自己犠牲の権化だろう!416は内心で叫んだ。彼がここに赴任してきてどれほど経つのか知らないが、今まで毎朝こんな調子で過ごしてきたのか。しかも一人で、自分を慕ってくれる人形がいるにも拘らず!

 416の中で苛立ちが肥大して、とある思いつきに変化(へんげ)した。言葉が口から滑り出る。

 

「じゃあ、こっちも一つ約束してほしいのだけど」

「何かな」

「もっと私を頼ること。私の知らないところで大量の仕事を熟すのは止めて。

 優しさのつもりか知らないけれど、私にとっては屈辱よ、ソレ」

 

 あえて怒った顔でそう告げる。

 ノアは少し俯いて、苦々しい表情を浮かべた。

 

「……うん、分かった。ごめん」

「分かればいいの」パッと笑ってみせる。

 

 シュンとしたノアの表情は存外に可愛らしかった。これは今朝の最も大きな収穫だと、416は思った。

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