猫の鼻①
「っぐぅ……ぁ」
体中から送られてくる痛覚信号が電脳を走り回り、熱く鋭く意識を苛んでいた。既に自力で動かせる部位はなく、立つことはおろか、藻掻くこともままならない。
このまま自分は死ぬのだろうか?
終わりを待つことしかできないという状況のせいで、いつもなら微塵も抱かないはずの
バックアップはともかく、ボディの方は予備が無い。I.O.P.の最高品質モデルとして生産されるも違法人形となった自分は、高すぎるコストとメンタルモデルの扱い辛さから生産が中止されている。きっとここで意識を失えば、HK416という戦術人形は世界から消え失せるのだろう。
悔しい。しかし、もうどうでもいいという気持ちもある。
何せ、手も足も出なかったのだ。自分は殻を破り、今までとは比べ物にならないくらい強くなったはずなのに。銃弾も榴弾も、掠りさえしなかった。相手は銃を撃つことも無く自分を戦闘不能に追い込んで、動けなくなった自分を蹴って裂いて踏んで嗤って蹴って殴って嗤って踏んで裂いて嗤っ――
「ア゛ッ……ゥ……」
喉で人工血液がごぼごぼと泡立つ。
痛覚だけを残して、ひたすらにいたぶられ続けた。相手は何と器用なのだろう。これだけの激痛と恐怖を与えておきながら、出血は最小限。そのせいで自分は今、体の末端から虚無に沈みながら最期の時を待っている。
足音が聞こえた気がした。と言っても自分の聴覚モジュールは半壊しているから、きっと幻聴か、そうでなければ奴が戻ってきたのだろう。
もう自分に傷つけられる場所は残っていない、と思う。止めを刺すつもりなのだろうか。
瞼が無いせいで遮ることのできない視界に、ワインレッドの裾と
――奴どころか、鉄血ですらない?
顎をそっと持ち上げられ、視線が重なった。
来客は少女だった。猫みたいに細い瞳孔、金色の双眸がこちらを見据えている。
「キミが、HK416で間違いないかな」
逆光でぼやけた顔の少女が問いかける。
首が落ちないだろうかと心配しながらほんのわずかに頷くと、少女は目を見開いて、泣きそうな顔をして、それから笑顔を浮かべた。
なんて痛ましい笑顔だろう。それでは笑う意味が無いではないか。
少女が、口を開く。どこまでも優しく、温かい毛布のようなその声音。
――今まで、クソみたいな人生だったけれど。こんなにも優しい声に見送られるなら、まぁ、自分の戦いにその程度の価値はあったのだろう。
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