416たちが調査している事件は、先日エメが訴えてきたその“吸血鬼”に関するものだ。エメの案内で見つけたその遺体は、いつか定期市へ出向していると結論付けた行商人のものだった。ほどなくして他の行商人も、変わり果てた姿で各廃棄場から見つかった。彼らの遺体からも血液が失われていたことから、ノアは一連の死者を連続殺人事件の被害者と断定。しかし子供たちが狙われている以上、子供たちの安全を確保する必要がある。ノアには前々から勧めていた孤児院の建設に傾注してもらい、事件の捜査は416を始めとする戦術人形が引き受けたのだ。
というわけで、捜査チームにはもう一体所属しているのだが‥‥。
「すみません、遅れました。部屋の時計が全部止まっていたんです」
416がもう一体の名前を思い出すと同時に、カルカノM91/38――愛称はシノ――が副官室の扉を開いた。
部屋の時計が全て止まるなんてことは滅多に無いし、よしんば止まったとしても戦術人形は自力で時間を管理できる。シノの大袈裟かつ下手な嘘にも慣れてきたが、いちいち彼女の発言の真偽を判断するのは面倒臭い。ノア曰く、
『シノに関してはね、言葉よりも行動を信じた方が早いよ』
とのことなので、今は彼女が遅刻したという事実だけ理解しておこう。
「真面目にやりなさいよ。のんびりしてていい任務じゃないのよ」
「わかってますよ」
「じゃあ、全員揃ったところで、まず今朝までの戦果を確認しよう」
Shortyはそう言って手帳を広げた。その帳面はカラフルに書き込まれており、証拠や証言、推測や気になったことが細かく分類されている。
「継続して闇市に潜って流通品を見てるけど、今までと比べて特に血液の品揃えは増減してないよ。
ヴィトンのコピー品がちょっと多かったかな」
「アングラにはアングラの流行があるから、おかしなことではないわね。
でも闇市に出ていないってことは、金儲けのためではないのかしら‥‥」
416が担当した調査もそれを裏付けている。副官としての事務作業があるので、デスクワークと並行して犯行に必要な物品の購入履歴などを当たってみたのだ。
「近隣一帯の器械店に、血液を保管できそうなタンクや輸血管、瓶針の購入履歴を問い合わせたわ。
犯行に使えそうなものを買った連中の口座を当たったけど、怪しい金が流れ込んでる奴はいなかった。
あぁそれと、タンクに関しては調べても意味が無いって指揮官に言われたわ」
「どういうこと?」
ノアから聞いた話と、貧民街で少女が語った内容を思い返す。
『容れ物が無かった、ってエメが言ってたでしょ。
廃品を集めて売る彼らのような人間にとって、プラスチック容器は最も手軽に集められる廃棄物の一つだ。
ソレが無いということは、何者かがあるだけ持って行ったんだろう。
廃品を売って生計を立てる者と業者以外はあんな場所に用なんて無いから、持って行ったのは犯人だ。
タンクの代わりにしたんだろうね』
それを伝えると、納得したようにシノは頷いて自分の手帳を開いた。何種類かの布地で可愛らしく表紙を彩るカバーは、姉であるカルカノM1891のお手製だろう。元々服を作るのが趣味らしく、最近はこういった小物も作っている。416自身、彼女の手によるブックカバーを愛用している。
「被害者さんたちの、事件当日の足取りを追いました。私一人だとあまりに簡単すぎるので、姉さんや他の方々にも手助けをお願いしました。
廃棄場付近へ足を運んだ方はいらっしゃらなかったようです。
遺体が遺棄されていた各廃棄場はそれぞれ距離があるので、犯人さんの狩猟圏は絞ることができませんね」
「そっかぁ。中々手掛かりが見つからないね‥‥。
そうだ!最後に発見された被害者の検死は終わったの?」
「えぇ、その報告もさっき貰ってきたわ」
検死報告を二人に渡す。
基本的には他の被害者たちと同じ。凶器は繊維の無い紐状のもので、
また、被害者の腕には太めの針による穴が開いており、死後にそこからほとんどの血が抜かれていた。
エメは“吸血鬼”と口にしたが、当然傷に唾液は付着していない。人を殺して血を奪う犯行の一般的な(そもそも犯行自体が一般的ではないが)動機を考慮した結果、416たちは犯人の目的を“闇市での売買”と見て捜査を始めた。
それから二週間弱が経つが、結果はこの通り芳しくない。
「‥‥悪いわね、片手間みたいになってしまって」
足を動かしているのはShortyやシノばかりで、416は基地の中からできることしかできていない。
捜査の過程で判明した事実として、ダヴィやサンダリオに加えて五名のホームレスが行方を眩ませていた。
子供の誘拐事件において、被害者の約四十五パーセントは事件発生後一時間以内に殺害されているらしい。だから現在消えている者たちは既に死んでいるとノアは判断していたが、これ以上の被害者を出さないためには早期の解決が必要だ。
これ以上街の人間が犠牲となるならば、事件を預かった自分の矜持のみならず、その判断を下したノアの心に瑕が入る。
416はコアが焦げ付くような錯覚を抱いた。
「しょうがないよ、416は副官だもん。外の人手はもう足りてるし。
それに、指揮官の負担を減らしてくれて感謝してるんだ」
「あの人なら、どれだけ仕事が多くても平気だと思いますが」
どうやらShortyもシノも、彼女たちなりにノアの過剰労働を憂えているらしい。
完全に納得したわけではないが、そんなことを言っている間にも時間は過ぎる。
416は拳をぐっと握った。
「‥‥有難う。
二人は今日も引き続きお願い。私は被害者の血液型や疾病から、違法売買以外の可能性を当たってみるわ」
こんこん。
丁度捜査会議が一段落したタイミングで、ドアがノックされた。
入室を促すと、先日出会ったストリートチルドレンの一人、デイシーが顔を覗かせた。その後ろでは、落ち着かない様子のハリデルが足踏みしている。
「あら」
「こ、こんにちは‥‥」
「こんにちはー。そういえばしばらく預かるって指揮官が言ってたね」
Shortyが口にしたとおりである。孤児院が完成するまでの間、子供たちを保護するためにノアは宿舎の数室を彼らにあてがい、何体かの人形を世話役に任じた。シノの姉であるカノもその一人で、他は95式やDSRなどがその任務を受けている。
そしてデイシーとハリデルの世話役は――
「M1895はどうしたの?」
「えっと、何かお手伝いできることはないかって訊いたら、『仕事が欲しいなら執務室か副官室に行くとよいぞ!』って‥‥」
「ナガンお婆ちゃんったら、サボりましたね」
シノが頬に手を当てて溜息を吐いた。ノアにチクってやろう、と思う。
「暇だー!ねーちゃんに会わせろ!」
「こら、無理言っちゃだめだよ!」
ちびっ子二人が騒ぐ声で目覚めたのか、G11が「うるさいぃぃ‥‥」と呻いた。あぁ寝言だ、コレ。
働かない方のちびっ子のせいで切れそうになる堪忍袋の緒を、何とか結び直す。
「気持ちは嬉しいけれど、これは手伝ってもらうようなことじゃないの。隣で私の仲間が暇してるから、遊んでもらうといいわ」
今、執務室にはUMP9とRFB、それからMDRがいる。高速で仕事を熟すノアの横で、雑談に興じているはずだ。時折話しかけては彼の集中力を削いで――あっ、駄目だキレそう。
「腹減った!」
ハリデルの無邪気な我儘のお陰で、完全に激昂することは免れた。落ち着くために溜息を吐く。
「はぁ、分かったわ。じゃあ食堂に行きましょう。
二人も一緒にどう?そろそろいい時間でしょ」
「まだまだお母さんには程遠いですね。私は結構です」
「Super-Shorty、行きまーす」
そう言って荷物をまとめるシノとShortyを尻目に、G11を叩き起こす。
「ほら、アンタも起きなさい!朝から何も食べてないでしょ!」
「んうぅぅぃ‥‥」
全員で部屋を出て、副官室に施錠する。そのまま食堂へ向か――
「シノ、アンタ結局ついてくるんじゃない!ホント面倒臭いわね!?」
「うふふ」