WinterGhost Frontline   作:琴町

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アンバーズヒルの吸血鬼・前篇④

 子供たちと昼食をとって英気を養った捜査組が、それぞれに事件の真相を追っている頃。

 アンバーズヒルは郊外、とある廃墟の屋上にノアが一人で佇んでいた。

 

「‥‥うん、動いている様子は無し。約束は守ってくれるみたいだね」

 

 視界の果てに映るのは、正規軍の無人兵器部隊。

 ベレゾヴィッチ・クルーガーが拘束されてしばらく経つ。G&Kと癒着していた正規軍の将軍が、時勢の混乱に乗じて政権を握ろうとしているらしい。謎のテロリスト集団が暗躍していることもあり、C■■地区の外は混沌の様相を呈している。

 正規軍と“猫の鼻”の不干渉条約を結んだときのことを思い返す。思わず、クスリと笑いが零れた。

 

「カーターくん、年食ってもまるで成長してないなぁ。あっは!」

 

 腰かけていたフェンスから飛び降りる。視界が変わると、思考の行く先も変わる。この場合はアンバーズヒルの連続殺人事件がそれだった。416を始めとする人形三人に捜査は任せたが、気になるのは仕方がない。

 別段驚くべきことでもないが、貧民街の住民が犠牲となる殺人事件は少なくない。都市部と比較しても頻度が高いのだ。そして統計上、その犯人は都市部の住民であることが多い。彼らの中には貧しい者たちを病原菌のように扱ったり、人間以下の存在と見做したりといった考え方を持つ者がいるからだ。

 だから事件が発覚したとき、ノアは自然と都市部の人間を疑った。先入観を与えないために、彼女たちには伝えていないが。

 そもそも“遺体から血を抜く”という署名的行動からして、浄化殺人の線は考えづらい。もし犯人の動機が街の浄化であるならば、炎などの過剰な殺害方法を選ぶはず。そして、目に付く場所へ遺体を放置し自らの戦果を見せびらかすだろう。

 

「‥‥本当に、成長しないなぁ」

 

 不意にポケットから着信音が響く。他の人形たちと異なる曲に設定してあるそれは、

 

「はーいノアです。どうしたの、416」

『お疲れ様、指揮官。シノから連絡があったの。

 その‥‥』

 

 416が通話の向こう側で口籠る。こちらを慮るような躊躇いに満ちた沈黙で、ノアは彼女の言わんとすることを察した。

 

「遺体が見つかった?」

『えぇ。行方不明だった全員分がね。身元は確認済み。

 ‥‥ごめんなさい、言わせてしまって』

「そんなこと気にしないで。

 検死するから、現場検証が済んだら遺体を持って帰るように伝えてくれる?」

『もう伝えてあるわ』

 

 「流石」と笑って通話を終えた。電話は声しか伝えないから、きっと誤魔化せただろう。

 ダヴィとサンダリオのことを思い浮かべる。

 ダヴィはハリデルに負けず劣らずやんちゃな子で、顔を合わせる度にノアの財布を掏らんと果敢に挑戦してきた。

 サンダリオは年長組であり、元の性格もあるのかとても思慮深かった。頭がよく回るので、ノアにとっては教え甲斐のある生徒でもあった。天邪鬼なダヴィもサンダリオのことは信頼していて、だから二人はいつも一緒に行動していたのだ。

 ――ぎりり、という音が頭蓋に響いた。口の中に血の味が広がる。

 歯茎を舌で触ってみると、裂けているのが分かった。無意識のうちに怒りを歯に押し付けていたらしい。

 自嘲の笑みが零れる。

 

「成長してないのは僕も同じか」

 

 再び携帯端末が震えた。先程とは異なる音色、416以外からの着信だった。

 血を飲み込んでから応答する。

 

「はい、ノアです」

『もしもししきかぁん、私だよ』愛くるしくも底冷えのする声、UMP45だ。『頼まれてたお買い物終わったよ。足も出なかったから安心してね』

「ほんと?ありがと、助かるよ!」

 

 分の悪い賭けに勝ったという報せ。思わず声音が一つ上がる。誕生日に大好きなキャラクターのぬいぐるみを買ってもらった少女のように、その場で小躍りしてしまう。

 

『でも意外だなぁ、こんなに世話を焼くなんて。

 指揮官は人間のこと、あんまり好きじゃないと思ってたのに』

 

 45の言葉に一瞬で肺が冷え込む。416と比べて話す機会は少ないのだが、一体どんな洞察力をしているのだこの人形は。初対面の時といい、随分と他の毛色の違う子だと感心する。

 一瞬黙ってしまった時点で、図星だと認めたようなものだろう。誤魔化すことは諦めた。

 

「あっは、ご明察。僕個人としてはあんまり好きじゃないかな。

 ‥‥でも、ちょっとした約束があるんだ」

『ふぅん、ソレって訊いてもいいヤツなの?』

「わざわざ話すほどのことじゃないよ。

 とにかく、お疲れ様。気が向いたらでいいから、設備撤去の段取りも付けといてもらえる?」

『えー、休ませてくれないの?

 でもまぁ、やっといてあげる。晩ご飯でも奢ってね?私たち四人に』

「はいはい」

 

 端末を仕舞う。

 代わりに、一枚の褪せた集合写真を取り出す。

 全員がカメラから微妙に視線を逸らしていて、人相を特定しづらい。それでもノアは、彼ら一人一人のことを鮮明に思い出すことができた。

 懐かしさと愛おしさで胸が締め付けられる。胸が痛むということは、彼らとの思い出はまだ大切なものであるということ。

 

「大丈夫。僕はまだ、アンタたちを裏切ってないよ」


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