WinterGhost Frontline   作:琴町

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アンバーズヒルの吸血鬼・前篇⑤

 ベッドの上で唸る。足をばたつかせて、自分が直面している謎の胡乱さを蹴り飛ばさんとするが、まぁ意味はない。

 404小隊の部屋。UMP45は自分用の携帯プロジェクタに接続して、ヘリアンから受け取った資料を眺めていた。先日ノアに頼まれてお遣いに出た際に基地外部のVPNを利用して接触したので、ノアに監視はされていないと思いたい。

 ARディスプレイをスクロールし、何度も文面を読み返す。

 

「なーんか嘘っぽいなぁ‥‥」

 

 ノア=クランプス。二十二歳、男性。ドイツ系移民の血を濃く継いでいる。

 幼い頃に両親を戦火で亡くし、ストリートチルドレンとして過ごす。飢餓と犯罪に塗れた生活の中で、人形に命を救われた経験からG&Kで働くことを志す。――矛盾点は見当たらないが、普通過ぎる。鉄血の工廠に単身潜入したり、ハンターを撃破したり、対鉄血から街の行政事務まで熟して見せたり‥‥この人生では、あんなステータス暴走人間は出来上がらないだろう。

 しかし、身元を意図的に偽装しているならG&Kに採用はされない。彼の面接を担当したのはヘリアンらしいので、不正や裏口といった線も考えにくい。彼女は融通が利か――生真面目なので、そこは信頼できよう。

 そして、この資料に漂う欺瞞の気配は45にとっても馴染み深い。404小隊を結成するにあたりダウンロードした、潜入捜査(Undercover)の手法に酷似しているのだ。

 

(指揮官がスパイ?どこの?

 南に正規軍が迫っているけど、攻め込んでくる様子がない。協力関係にあるから?)

 

 様々な方面に異常な実力を持つとはいえ、ノアはG&Kでは末端の人間だ。どうやら上からの異動命令を躱してこの基地に留まっている節まである。設備の整いようや人形への態度を見れば、彼が“猫の鼻”や人形にかなり執着していることは明白だ。

 仮に彼が正規軍のスパイだとしても、G&Kが受ける被害はさして大きくないだろう。

 しかしそう決めてかかる判断材料もない。G&Kにこれ以上の情報が無いなら、探すべきは正規軍か政府。自分一人の興味に対して危険すぎる橋だが、渡るべきだろうか。

 

「‥‥まぁ、時間はたっぷりあるし。いざとなったら指揮官に責任を押し付けたらいいよね」

 

 予想外の責任を追及され慌てるノアの顔を想像する。本当に拝めたなら、それはとても爽快なはずだ。

 まずは正規軍からだ。南方の無人兵器部隊をハブにして、軍のデータベースにお邪魔しよう。

 ふと、一度共闘したことのある人形のことを思い出した。正規軍のはぐれもの部隊“叛逆小隊”にあって、圧倒的な戦闘性能と電子戦機能を兼ね備えた最先端の軍用戦術人形。彼女に頼めばデータの一つや二つ寄越してくれないだろうか。

 

(‥‥なんて。私たちそんなに仲良くないし、第一どこにいるのかも分からないもんね)

 

 ドアと叩く音がした。どうぞと声を上げるより早く、416が部屋に入ってくる。

 45はそれとなくプロジェクタとの接続を切り、怠そうに荷物を下ろす仲間に手を振った。

 

「出撃お疲れ、416。どうだった?」

「ありがと。少し休んだら指揮官のところに戻るけれど。

 ガルムやらアルケミストの群れやら、ボスを殺し過ぎてそろそろ感覚が麻痺してきたわ。

 Ripperとアルケミストって、どっちが偉いんだったかしら?」

 

 C■■地区の戦況は最早異常と言っていい。二日に一度はハイエンドモデルと遭遇するし、酷いときは一度の出撃で複数回ボスとやり合う羽目になる。それでも滅多に負傷者が出ないのは、ノアがどうにかして集めてくる情報とそれに基づいた綿密かつ多彩な作戦、そして高いモチベーションと練度を併せ持つ人形たちの実力故だろう。45自身、Manticoreが(ひし)めく敵司令部から一切戦闘せずに情報を盗み出せたときは、流石に楽しすぎて口元が緩んだ。

 とにかく416は今、滅多に言わない冗談が口をついて出るほど疲れているようだ。それも当然、今の彼女は一襲の攻撃役にしてノアの副官。その上、殺人事件の捜査も担当しているのだから。

 

「事件の方はどう?」

「駄目ね。Shortyもカノも頑張ってくれているけど、手掛かりが全然無いの。

 犯行が止まったのが大きいわね。いいことなのだけど‥‥」

 

 45は目を見開いた。他人の働きを認めるような言葉が、彼女の口から聞かされるとは思っていなかった。彼女が違法人形となった経緯を鑑みると、同一個体か疑わしいレベル。

 どうやら予想外の変化をしつつある416は、ソファで寛ぐのかと思いきや何やら資料を読んでいる。ここで読むということはさして機密性の高いものではないのだろう。好奇心に従って416の肩に頭を乗せる。416は一度鬱陶しそうに身じろぎしたが、それだけ。

 

「何コレ‥‥薬の購入記録?」

「そう。血を集めているからには、出荷するにしろ使うにしろ、固まらないよう保存するはずでしょう?」

「このエチレンジアミン四酢酸(EDTA)っていうのは、そのための薬なのね」

「指揮官曰く、最近利用されていて医療関係者以外でも入手できるのはこれだけらしいわ。

 元は心臓病治療に用いるものなんですって。

 血液凝固に必要なカルシウムイオンにキレート?するとか、人体の中では使わないとか‥‥」

 

 色々説明してくれたけどよく分からなかったわ、と416は溜息を吐く。

 

(‥‥いや、詳しすぎない?軍人じゃなくて軍医だったとか?)

「で、買った奴を洗ったわけね」

「でも怪しい奴はいなかった。

 全員医療関係者で使用目的がはっきりしていたし、保管してあるEDTAが盗まれた形跡もなかった」

 

 話を繋げるならここだ。45は指を振った。

 

「なら、指揮官が間違っているか前提が間違っているかよね。

 案外、指揮官が犯人で、その場で血を全部飲んでたりして」

「は?」

 

 416が身を退きながら振り返った。

 45は立ち上がって、自分でも奇天烈極まると思う戯言を紡ぐ。別に説得力など必要ないのだし、気楽に行こう。

 

「だって考えてご覧なさいよ。指揮官って凄く吸血鬼っぽい見た目してない?肌は真っ白だし日光嫌いみたいだし、よく見ると歯も鋭いんだよね」

「そういう外見ってだけでしょ」416がジト目を向けてくる。もちろんそんなことは45も分かっている。

「それに何よりも、あの尋常じゃない有能さはいっそ人外って方が納得いくでしょ。

 貴女、最近毎朝あの人の部屋に行ってるでしょ。おかしいところとか見てない?」

 

 しかしここで、45の予想を裏切る事態が起こった。

 416の目が泳いだのだ。45の発言に対する当惑ではない。まるで心当たりでもあるかのような、「言われてみれば吸血鬼かもしれないわあの人」とでも言うような視線の逃げ方だ。

 

「45‥‥アンタ、それ本気で言ってるわけ?」

「――まさか。ほんの冗談よ。

 それはそれとして、指揮官の経歴をヘリアンさんから貰ったの。

 明らかな偽装の形跡があったわ」

 

 実際は至極巧妙で矛盾も無かったのだが、そこは少し話を誇張しておく。

 

「軍人やら戦争孤児やら、色んな経歴の奴がいるもの。経歴を少し誤魔化すくらい珍しくもないでしょ」

「そう思う?私はもう少し調べてみるつもりなんだけど」

 

 416が呆れたように嘆息する。そうやって腕を組むと胸が強調されて腹が立つのでやめてほしい。

 

「G&Kからの情報で満足しないなんて、どれだけあの人が気に食わないのよ。

 まぁ、勝手にすればいいんじゃない。

 私は報告に戻るから。今の話は黙っておいてあげる」

「うん、よろしくねー」

 

 ぱたんとドアが閉まる。

 

「思ったより怪しいなぁ‥‥」

 

 静まり返った部屋の中。UMP45の唇が緩やかな弧を描いた。

 

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