「――出撃に関する報告は以上よ。
事件については‥‥ほとんど進展がないわ」
そう言いながら、眉間に皺が寄るのを自覚した。ダヴィたち行方不明者の遺体が発見されてからも、犯人逮捕に繋がる手掛かりは手に入っていない。
貧民街には戸籍が無く、経済活動も記録に残らないものが少なくない。その中で身を隠している一個人を見つけ出すのは、藁山から針を探すような難問だった。
もちろんこれは言い訳に過ぎない。自分から名乗りを上げて任務を受けた以上、ノアが期待していた以上の戦果を挙げなければならない。にも拘らずこの様だ。恥ずかしさを通り越して、いっそ泣きたくなってきた。
しかしそんな416とは対照的に、ノアはいつもと同じように笑った。
「もどかしいけれど仕方ないよ。
犯行が止まっている、もしくは終わった以上、新しい手掛かりは期待できそうにないもの。
――けれどここにその例外があるよ。はい、元行方不明者たちの検死結果」
書類の束を受け取る。細かすぎる成分分析などは読み飛ばして、死因に目を向けた。
「行商人たちは不意を突かれてそのまま窒息死。爪の間が裂けてる‥‥抵抗したけど無駄だったのね」
「その通り。けど大切なのは次のページ」
「‥‥これは、子供たちの分ね」
ノアは頷いた。その顔から、笑みはまだ剥がれない。
「ダヴィとサンダリオはいつも一緒に行動していた。すばしっこい少年が二人だ、犯人も一気に制圧することはできなかったみたい。
だからだろうけど、全ての被害者の中でこの二人だけ、遺体からケタミンが検出された」
「麻酔薬?」
「そう。解離性だから大脳辺縁系の働きを抑えない――要するに呼吸を阻害しないから、世界中で使われてる。
この辺りでも幻覚剤として乱用されてるけど、今言ったように麻酔薬として優秀だから何の規制もかかってない。つまり――」
「入手は難しくないのね。この線から犯人に迫るのは無理かしら。
――いや、そうとも限らないかも。
自分で使うにしろ売るにしろ、血液を生理学的に保管しようと思ったら麻酔は邪魔よね?」
やはり45は間違っている。彼らの血を飲んでいる何者かなどいないし、犯人はノアではない。アイツの悪巫山戯にしては優しい方だが、一瞬でもヒヤリとさせられた自分が恥ずかしい。
「そうだね。この犯人は集めた血液を高速で消費しているか、血液に生理学的価値を見出していない」
「不謹慎かもしれないけど有難い情報だわ。
見ていて。この手掛かりで、必ず犯人を捕まえるから」
「うん。楽しみにしてるよ」
まだノアは、笑っている。
「エメたちには、教えたの?」
「遺体発見の連絡があった後すぐにね。エメとルーカスが泣いちゃってさぁ、大変だったよ」
おかしい。この話題を振っても、ノアは笑顔を崩さない。子供たちのためにあんな顔をしていた彼なら、また血でも吐きそうな顔をすると思ったのに。
またこの人は、無理をしているのか。
確かに最近の自分の仕事ぶりは頼りないかもしれないが、先日あれだけ言ったのに、未だに変な気を回していることが、無性に腹立たしい。
「ちょっと指揮官――」
「失礼します!」
ノックも省いて、慌てた様子の
「どうしたの、顔真っ青だよ。Shortyと一緒にパトロールしてたんじゃなかったの?」
冷や汗で頬に張りついた髪に構いもせず、ヴィーフリは叫ぶ。
「それが……あの子、いなくなっちゃったの!」