WinterGhost Frontline   作:琴町

23 / 102
アンバーズヒルの吸血鬼・前篇⑥

「――出撃に関する報告は以上よ。

 事件については‥‥ほとんど進展がないわ」

 

 そう言いながら、眉間に皺が寄るのを自覚した。ダヴィたち行方不明者の遺体が発見されてからも、犯人逮捕に繋がる手掛かりは手に入っていない。

 貧民街には戸籍が無く、経済活動も記録に残らないものが少なくない。その中で身を隠している一個人を見つけ出すのは、藁山から針を探すような難問だった。

 もちろんこれは言い訳に過ぎない。自分から名乗りを上げて任務を受けた以上、ノアが期待していた以上の戦果を挙げなければならない。にも拘らずこの様だ。恥ずかしさを通り越して、いっそ泣きたくなってきた。

 しかしそんな416とは対照的に、ノアはいつもと同じように笑った。

 

「もどかしいけれど仕方ないよ。

 犯行が止まっている、もしくは終わった以上、新しい手掛かりは期待できそうにないもの。

 ――けれどここにその例外があるよ。はい、元行方不明者たちの検死結果」

 

 書類の束を受け取る。細かすぎる成分分析などは読み飛ばして、死因に目を向けた。

 

「行商人たちは不意を突かれてそのまま窒息死。爪の間が裂けてる‥‥抵抗したけど無駄だったのね」

「その通り。けど大切なのは次のページ」

「‥‥これは、子供たちの分ね」

 

 ノアは頷いた。その顔から、笑みはまだ剥がれない。

 

「ダヴィとサンダリオはいつも一緒に行動していた。すばしっこい少年が二人だ、犯人も一気に制圧することはできなかったみたい。

 だからだろうけど、全ての被害者の中でこの二人だけ、遺体からケタミンが検出された」

「麻酔薬?」

「そう。解離性だから大脳辺縁系の働きを抑えない――要するに呼吸を阻害しないから、世界中で使われてる。

 この辺りでも幻覚剤として乱用されてるけど、今言ったように麻酔薬として優秀だから何の規制もかかってない。つまり――」

「入手は難しくないのね。この線から犯人に迫るのは無理かしら。

 ――いや、そうとも限らないかも。

 自分で使うにしろ売るにしろ、血液を生理学的に保管しようと思ったら麻酔は邪魔よね?」

 

 やはり45は間違っている。彼らの血を飲んでいる何者かなどいないし、犯人はノアではない。アイツの悪巫山戯にしては優しい方だが、一瞬でもヒヤリとさせられた自分が恥ずかしい。

 

「そうだね。この犯人は集めた血液を高速で消費しているか、血液に生理学的価値を見出していない」

「不謹慎かもしれないけど有難い情報だわ。

 見ていて。この手掛かりで、必ず犯人を捕まえるから」

「うん。楽しみにしてるよ」

 

 まだノアは、笑っている。

 

「エメたちには、教えたの?」

「遺体発見の連絡があった後すぐにね。エメとルーカスが泣いちゃってさぁ、大変だったよ」

 

 おかしい。この話題を振っても、ノアは笑顔を崩さない。子供たちのためにあんな顔をしていた彼なら、また血でも吐きそうな顔をすると思ったのに。

 またこの人は、無理をしているのか。

 確かに最近の自分の仕事ぶりは頼りないかもしれないが、先日あれだけ言ったのに、未だに変な気を回していることが、無性に腹立たしい。

 

「ちょっと指揮官――」

「失礼します!」

 

 ノックも省いて、慌てた様子のSR-3MP(ヴィーフリ)が飛び込んできた。唐突な登場に416の肩は跳ねたが、ノアは片眉を上げて首を傾げただけだった。

 

「どうしたの、顔真っ青だよ。Shortyと一緒にパトロールしてたんじゃなかったの?」

 

 冷や汗で頬に張りついた髪に構いもせず、ヴィーフリは叫ぶ。

 

「それが……あの子、いなくなっちゃったの!」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。