416がノアの精神状態を案じながらメモリを整理している頃。
当の本人は心配されているなど露知らず、自室で思考の海に沈んでいた。
執務室で作業していると、遮光カーテンを閉め切っていても隙間から光が漏れる。サービス残業がバレると416に怒られる(既に何度か経験済みだ)ので、ここは人形たちの宿舎から距離があるが、念のために灯りを落とした上で小さなランプに頼っていた。
416がまとめた報告書と、自分で行った検死の結果を眺める。
現場に撒かれていた血液は、少年二人を含むこれまでの被害者のものだった。固まらないようにEDTAや水分を足しまくっていたことと、ぐちゃぐちゃに混ざっていたせいで全員分のDNAを発見することは叶わなかった。しかし、その量を鑑みればここで全ての血を使い切ったと判断できる。犯人は連続殺人事件と同一であると見て間違いないだろう。複数犯の可能性は、凶器や殺害方法の一貫性から否定した。
戦術人形は民間人と似ても似つかない恰好をしているし、攫われたときのShortyは帯銃していたはず。一見して人形であると理解できる。確かな目的を持って、犯人は彼女を襲ったのだろう。これまでに奪った血は、今回の演出で使うために集めていたのだ。
Shortyの遺体には殴打の痕が多かった。特に拳によるものが左頬に集中しているので、犯人は右利き。首から下の損傷は少なく、目立つのは胸の銃創のみ。ほとんどの攻撃が顔に集中していることから、Shortyの頭程度の高さに犯人の腹があったはず。身長差ゆえに体は狙いづらかったのだろう。
首などを押さえつけた痕跡が無かったことから、騙し討ちとはいえ殴打のみで戦術人形を制圧したことになる。犯人はかなり力が強い。
全ての傷に躊躇いが見られず、確かな殺意による犯行であることは明白。また人工血液の損失量を根拠として、胸への射撃は機能停止後に行われたと考えられる。
目の奥が沸騰しそうになる。噛み締めた唇が少し裂けて、その痛みのお陰で嗚咽は上げずに済んだ。机の上に赤い雫が滴り、ランプの明かりを反射する。
ぽたり。
――自分が初めから捜査に取り組んでいれば、犠牲は減らせたのではないか?
ぽたり。
――416の厚意に甘えなければ、あの子がこんな目に遭うことは無かったのではないか?
ぽたり。
――そもそも、自分がもっと“猫の鼻”の捜査能力増強を推し進めていれば、こんな事件は早晩解決できたのではないか?
もちろん、Super-Shortyは六日前の状態で生き返る。しかしそれは、今日まで生きていた彼女ではない。
自分の怠慢が、彼女を殺したのだ。
罪悪感と後悔が頭の中を引っ掻き回す。散らかされた脳裏に浮かんだ光景は、鉄血の工廠で見つけた416の無残な姿。赤色の面積こそ随分違うが、人形一体に対する過剰な害意は似通っている。
(‥‥まさか)
これまでの被害者、その全ての外傷及び発見場所、死亡推定時刻を思い返す。
そしてノアの思考は、一つの決意に突き当たった。
「あっは。
僕、鉄血の子たちもそんなに嫌いじゃないけど‥‥
――キミだけは別だ、