WinterGhost Frontline   作:琴町

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アンバーズヒルの吸血鬼・前篇⑩

「ごめんなさい」

 

 ノアがカップを置いたタイミングで、416はその言葉を口にした。

 いつも通りに夜が明けて、いつもより少しぎこちない朝食の後の出来事だった。

 

「どうして謝るのさ」

「昨日のこと。いいえ、それだけじゃない。

 事件の解決が遅いせいで、基地の人形にまで被害が出たわ。

 昨日あれだけ啖呵を切っておいて、こんなことになってしまってごめんなさい」

 

 ノアの目を見ることすら恥ずかしく、416は俯いて唇を噛み締めた。

 失望されるだろうか。優しいノアのことだ、言葉にこそしないだろうが、きっと内心では戦術人形HK416の矮小なキャパシティに呆れ返っているはずだ。

 基地の様子や人形に対する彼の態度を見れば嫌というほど分かる。ノア=クランプスは愛情の深い男だ。それこそ、こんな時代にこんな職場で過ごしているのが不思議なほどに。

 昨夜の自然過ぎて不自然な作り笑いは、そこまでして自分を偽らねばならなかったことの裏返しなのだ。

 副官を解任されるだろうか。されるだろう。

 一襲からは外されるだろうか。外されるだろう。

 もう、頼ってもらえないだろうか。――当然だろう。

 当初のモチベーションだった“自分の優秀さの証明”は、正反対の結果によって萎み切ってしまった。

 

「‥‥あっは。僕のことなら大丈夫だよ。

 それに、今回のことはキミのせいじゃない」

 

 416の予想通りの言葉。そして予想通りだからこそ、416はその言葉を額面通りに信じることができない。

 ノアが慌てている、そんな気配が伝わってくる。

 

「これは本心だからね?あの子のことは不幸な事故だよ。

 殺人事件において、初めから犯人がサイコパスだと決めてかかるのは危険だから」

「でも――」「もっと何かできたはず、って思う?」

 

 416の反駁は静かに遮られた。

 

「無理だよ。得られた手掛かりは全て使い切ったじゃないか。

 それに、この街を隅々まで調べるには、基地の人形を総動員しても足りない」

 

 これは僕の責任だけどね、とノアは苦笑する。「ここまでは、初めから約束された展開だったのさ」

 先程とは全く異なる意味合いで、416は自分の聴覚を疑った。思わず語調が強くなる。

 

「何よそれ。全部無意味だったって言うの?」

「違うよ。ここまでは相手の準備が良かったってだけの話。

 でも、ここから僕らはようやく戦える。

 これもキミたちが――キミが諦めずに行方不明者の捜索を推し進めてくれたお陰だ。 

 キミがいなかったら、昨夜の時点で僕は完全に諦めていた。

 ありがとね」

「‥‥どうして、失敗したのに褒めるのよ‥‥」

「キミは自分に厳しいから。

 キミを叱るのがキミの仕事で、キミを甘やかすのが僕の仕事。

 どう?適材適所でしょ」

「何、それ‥‥」

 

 これでは、あまりにも惨めではないか。

 昔、超えたかったアイツには勝ち逃げされて。

 今、超えたいコイツには子供扱いされて。

 それでも、ノアが本気で自分のことを思い遣ってくれているのは分かる。

 そのことが少し嬉しくて、そう思ってしまうことがとても悔しかった。

 こんなとき、どんな顔をすればいいのだろう?

 

「元気出た?」

 

 すぐ眼前では、頬杖をついたノアが優しい笑顔をこちらに向けている。

 素直に笑ってしまうと、彼に負けてしまう気がして。

 416のメンタルモデルは、とびきりのふくれっ面を最適な表情として選択した。


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