「ごめんなさい」
ノアがカップを置いたタイミングで、416はその言葉を口にした。
いつも通りに夜が明けて、いつもより少しぎこちない朝食の後の出来事だった。
「どうして謝るのさ」
「昨日のこと。いいえ、それだけじゃない。
事件の解決が遅いせいで、基地の人形にまで被害が出たわ。
昨日あれだけ啖呵を切っておいて、こんなことになってしまってごめんなさい」
ノアの目を見ることすら恥ずかしく、416は俯いて唇を噛み締めた。
失望されるだろうか。優しいノアのことだ、言葉にこそしないだろうが、きっと内心では戦術人形HK416の矮小なキャパシティに呆れ返っているはずだ。
基地の様子や人形に対する彼の態度を見れば嫌というほど分かる。ノア=クランプスは愛情の深い男だ。それこそ、こんな時代にこんな職場で過ごしているのが不思議なほどに。
昨夜の自然過ぎて不自然な作り笑いは、そこまでして自分を偽らねばならなかったことの裏返しなのだ。
副官を解任されるだろうか。されるだろう。
一襲からは外されるだろうか。外されるだろう。
もう、頼ってもらえないだろうか。――当然だろう。
当初のモチベーションだった“自分の優秀さの証明”は、正反対の結果によって萎み切ってしまった。
「‥‥あっは。僕のことなら大丈夫だよ。
それに、今回のことはキミのせいじゃない」
416の予想通りの言葉。そして予想通りだからこそ、416はその言葉を額面通りに信じることができない。
ノアが慌てている、そんな気配が伝わってくる。
「これは本心だからね?あの子のことは不幸な事故だよ。
殺人事件において、初めから犯人がサイコパスだと決めてかかるのは危険だから」
「でも――」「もっと何かできたはず、って思う?」
416の反駁は静かに遮られた。
「無理だよ。得られた手掛かりは全て使い切ったじゃないか。
それに、この街を隅々まで調べるには、基地の人形を総動員しても足りない」
これは僕の責任だけどね、とノアは苦笑する。「ここまでは、初めから約束された展開だったのさ」
先程とは全く異なる意味合いで、416は自分の聴覚を疑った。思わず語調が強くなる。
「何よそれ。全部無意味だったって言うの?」
「違うよ。ここまでは相手の準備が良かったってだけの話。
でも、ここから僕らはようやく戦える。
これもキミたちが――キミが諦めずに行方不明者の捜索を推し進めてくれたお陰だ。
キミがいなかったら、昨夜の時点で僕は完全に諦めていた。
ありがとね」
「‥‥どうして、失敗したのに褒めるのよ‥‥」
「キミは自分に厳しいから。
キミを叱るのがキミの仕事で、キミを甘やかすのが僕の仕事。
どう?適材適所でしょ」
「何、それ‥‥」
これでは、あまりにも惨めではないか。
昔、超えたかったアイツには勝ち逃げされて。
今、超えたいコイツには子供扱いされて。
それでも、ノアが本気で自分のことを思い遣ってくれているのは分かる。
そのことが少し嬉しくて、そう思ってしまうことがとても悔しかった。
こんなとき、どんな顔をすればいいのだろう?
「元気出た?」
すぐ眼前では、頬杖をついたノアが優しい笑顔をこちらに向けている。
素直に笑ってしまうと、彼に負けてしまう気がして。
416のメンタルモデルは、とびきりのふくれっ面を最適な表情として選択した。