「頼んでた件はどうだった?」デスクに腰かけたノアが、シノに水を向ける。シノはタブレットの陰で欠伸をした。
「はい。昨晩指揮官に言われた通り、破壊現場を瞬きもせず望遠監視しました。
現場を訪れたのはこの三人です」
果たしてタブレットに映ったのは、いずれも解像度の低い、ギリギリ顔が判別できる程度の盗撮写真。どの男も、寝床を求めてそこを訪ねているように見える。
「そこまでは言ってないけどね。
ヴィーフリ、この中に声を掛けてきた奴はいる?」
「‥‥いないと思う。
フードを被っていたせいで顔は分からないけど、体はこの三人よりずっと大きかったわ」
目元こそ少し赤いが、ヴィーフリに憔悴している様子は無い。泣いても笑っても今日中にはまた友人と再会できるのだから、過剰に悲しむ必要もないと割り切ったようだ。捜査部隊から外れた彼女に代わって、犯人確保のために尽力する心積もりなのだろう。
「この辺りで人目を盗むなら深夜しかないわ。
自分の快楽のための現場作りではなかったってことかしら?」
「416の言う通りだろうね。これはこれで大きな収穫だ。
有難う、シノ、ヴィーフリ。戻って大丈夫だよ。
特にシノは夜通し悪かったね。今度何か奢らせて?」
シノは指先で唇を押さえて虚空を見つめる。
「そうですね‥‥一度デートしてくれたら許してあげます」
「っ!?」思わず鋭い呼気が漏れた。何を言い出すのだ、この女は‥‥!
さらに衝撃的なことに、ノアが何でもないことのように頷いたのだ。
「ん、お買い物?いいよ、靴でもバッグでも買ってあげる」
そして、ヴィーフリが全く驚いていなかったところを見ると、今のはさして珍しいやり取りでもないのだろう。
二人の背中を見送って、416はノアに冷めた目を向けた。
「あんな簡単に了承しちゃって。とんだ
その言葉に、どうやらノアは本気で驚いたらしい。「んえっ」と声を上げて、パタパタ手を振った。
「シノの言う『デート』はただのお買い物でしょ。
あの子の言い回しは独特だから勘違いしやすいけど‥‥」
「は?」
シノの目を見れば火を見るより明らかだと思うのだが。アレは恋する乙女の目。S09地区で見た、指揮官に対するM4のソレに近い気配を感じたのだから間違いない。
しかし、それを自分の口から告げるのも無粋だろう。
「‥‥はぁ。まぁいいわ。
精々貴方の言った通り、シノの行動を信じてみればいいんじゃない?
どうなっても知らないけれど」
「な、何だよ‥‥何があるってのさ‥‥」
「はい、この話は終わり。
そんなことより、今日はどうするの?
ごく自然に貴方も捜査に参加する流れになってるけど」
「うーん‥‥今日やらなきゃいけないことって少ないよね?」
416は指を折ってタスクを数える。
「ボディができ次第、Shortyのメンタルダウンロードと知識の補正。
街の反対側の警備についての定期連絡会。
それからヘリアンとの会議ね。全部午後よ」
「よし、それじゃあまずは訓練場に行こう。
今日の訓練は早めに済ませて、街に出るよ」
「分かったけど、何をするのよ」
ノアの口元が吊り上がって、鋭い犬歯がちらりと見えた。
「反撃を始めるのさ」