WinterGhost Frontline   作:琴町

28 / 102
アンバーズヒルの吸血鬼・前篇⑪

「頼んでた件はどうだった?」デスクに腰かけたノアが、シノに水を向ける。シノはタブレットの陰で欠伸をした。

「はい。昨晩指揮官に言われた通り、破壊現場を瞬きもせず望遠監視しました。

 現場を訪れたのはこの三人です」

 

 果たしてタブレットに映ったのは、いずれも解像度の低い、ギリギリ顔が判別できる程度の盗撮写真。どの男も、寝床を求めてそこを訪ねているように見える。

 

「そこまでは言ってないけどね。

 ヴィーフリ、この中に声を掛けてきた奴はいる?」

「‥‥いないと思う。

 フードを被っていたせいで顔は分からないけど、体はこの三人よりずっと大きかったわ」

 

 目元こそ少し赤いが、ヴィーフリに憔悴している様子は無い。泣いても笑っても今日中にはまた友人と再会できるのだから、過剰に悲しむ必要もないと割り切ったようだ。捜査部隊から外れた彼女に代わって、犯人確保のために尽力する心積もりなのだろう。

 

「この辺りで人目を盗むなら深夜しかないわ。

 自分の快楽のための現場作りではなかったってことかしら?」

「416の言う通りだろうね。これはこれで大きな収穫だ。

 有難う、シノ、ヴィーフリ。戻って大丈夫だよ。

 特にシノは夜通し悪かったね。今度何か奢らせて?」

 

 シノは指先で唇を押さえて虚空を見つめる。

 

「そうですね‥‥一度デートしてくれたら許してあげます」

「っ!?」思わず鋭い呼気が漏れた。何を言い出すのだ、この女は‥‥!

 

 さらに衝撃的なことに、ノアが何でもないことのように頷いたのだ。

 

「ん、お買い物?いいよ、靴でもバッグでも買ってあげる」

 

 そして、ヴィーフリが全く驚いていなかったところを見ると、今のはさして珍しいやり取りでもないのだろう。

 二人の背中を見送って、416はノアに冷めた目を向けた。

 

「あんな簡単に了承しちゃって。とんだ()()()ね」

 

 その言葉に、どうやらノアは本気で驚いたらしい。「んえっ」と声を上げて、パタパタ手を振った。

 

「シノの言う『デート』はただのお買い物でしょ。

 あの子の言い回しは独特だから勘違いしやすいけど‥‥」

「は?」

 

 シノの目を見れば火を見るより明らかだと思うのだが。アレは恋する乙女の目。S09地区で見た、指揮官に対するM4のソレに近い気配を感じたのだから間違いない。

 しかし、それを自分の口から告げるのも無粋だろう。

 

「‥‥はぁ。まぁいいわ。

 精々貴方の言った通り、シノの行動を信じてみればいいんじゃない?

 どうなっても知らないけれど」

「な、何だよ‥‥何があるってのさ‥‥」

「はい、この話は終わり。

 そんなことより、今日はどうするの?

 ごく自然に貴方も捜査に参加する流れになってるけど」

「うーん‥‥今日やらなきゃいけないことって少ないよね?」

 

 416は指を折ってタスクを数える。

 

「ボディができ次第、Shortyのメンタルダウンロードと知識の補正。

 街の反対側の警備についての定期連絡会。

 それからヘリアンとの会議ね。全部午後よ」

「よし、それじゃあまずは訓練場に行こう。

 今日の訓練は早めに済ませて、街に出るよ」

「分かったけど、何をするのよ」

 

 ノアの口元が吊り上がって、鋭い犬歯がちらりと見えた。

 

「反撃を始めるのさ」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。