WinterGhost Frontline   作:琴町

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アンバーズヒルの吸血鬼・前篇⑫

『416、キミには囮役と犯人逮捕の両方を願いしたい』

『具体的な作戦内容は?』

『まずは僕たち二人で普通にパトロールをする。

 昨日の現場周辺を重点的に回った後、二手に分かれて貧民街を一周するんだ』

『奇襲の可能性は?』

『明るいところだけを歩いていれば心配ないよ。

 それから。左手をポケットに入れてて左頬に痣のある、三十代前半の大男が話しかけてきたら迷わず捕まえて。

 油断はしちゃだめだよ、かなり怪力のはずだから』

 

 そんなやり取りをしてからおよそ二十分。416は一人、屋台で賑わう通りを歩いていた。

 道行く人々の中に指定された人相がないか探す傍ら、先のノアの様子を思い返す。

 

「あんな顔、初めて見たわ。

 ここに来てまだ長くないし、驚くようなことじゃないのかもしれないけれど‥‥」

 

 獰猛さと妖艶さの入り混じった、人間のパーツで表現されているのに人間らしくない表情。知っている人形で喩えるなら、戦闘時のUMP45やPPK辺りが似ているだろうか。

 あの目は、人形たちに向けるものとはかけ離れていた。

 

「そもそも、どうして詳細な犯人像が分かるのかしら」

 

 独り言ちながら通りを下っていく。

 “猫の鼻”が近くにある以上、戦術人形が歩いているのもさして珍しくはないのだろう。擦れ違う人々は一瞬416に目を留めるが、陰口や唾は飛んでこない。それどころか、人によっては「今日もお疲れ様」と声を掛けてくる始末だ。思わず「どうも」などと会釈してしまった。これが他の居住区なら、石や空き瓶を投げられているところだろうに。いいことなのだが、どうにも調子が狂う。

 

 ――項に、静電気のような違和感。

 

 振り返っても、特に怪しい人影はない。

 といっても、416は戦術人形だ。それも、敵の中枢に潜り込むような作戦を想定して作られた、生粋の戦闘用モデル。真面に関わったことのない民間人の挙動は馴染みのないものであり、つまり多少変な動きをしていても即断はできない。ほら、爪を噛みながら貧乏揺すりをしているあの浮浪者だって、ただ薬が切れているだけかもしれない。

 

(薬物の取り締まりは後回しね)

 

 ノア曰く、「自分でクスリと一緒に生きていくって決めたならしょうがないよ」とのこと。言い方こそ優しいが、要は見捨てているのだろう。子供には愛情を持って接するノアだが、大人にはその限りではないらしい。一瞬、異常性愛を疑う。

 

「流石にないわよね」

「おっ!嬢ちゃん、“猫の鼻”の人形さんかい?」

 

 横合いから大声が飛んできて、バッと振り向く。

 自分で自分の独り言に首を振るという挙動不審っぷりを目撃された羞恥が、416の目つきを鋭くした。

 しかし声の主である男は、そんなことは気にも留めず屋台越しにニコニコ笑っている。

 ここの住民にしては恰幅がいいが、痣も無いし左手も見えている。

 416は安全装置を外そうとしていた手を下ろした。

 

「そうよ」

「やっぱなぁ!どうだい、一つ食ってかないか?

 オムそばパンだよ!」

 

 見れば男の言う通り、屋台には鉄板がセットされ、その上で焼きそばとオムレツが油を弾いている。しかもその隣ではパンが焼かれていた。炭水化物、蛋白質、そして炭水化物。戦術人形に極端な体重の変動はあり得ないが、これは‥‥。

 

「巡回中なのだけれど」

「随分と真面目なんだな嬢ちゃんは!

 ここらでよく見かける子たちは通る度に何かしら食ってくぞ」

 

 脳内の巡回シフトをめくる。この辺りが恒常ルートで、任務中に買い食いをしそうな人形‥‥あぁ、97式かSPASだ。

 416は首を振った。

 

「気持ちは有難いけれど遠慮するわ。

 人形も色々なのよ」

「はっは、違いねぇ!指揮官の嬢ちゃんも(おんな)じこと言ってたぞ!」

 

 なるほど、ノアは大人にも性別を勘違いされているのか。外見を揶揄われる程度には親近感を抱かれている、ならいいのだが。

 ランチタイムが近付いてきたからか、人通りが多くなってきた。

 「指揮官はあぁ見えて男性よ」と念を押して、その場を後にする。

 育ち始めた人混みを抜ければ、再び灰色と砂色が目立つ街並みが広がった。

 魚を釣り上げるのに丁度いい場所を求めて、周囲を観察しながら足を進める。

 地面は石畳。既に何度か都市部へも赴いたが、あちらの路面はアスファルトで舗装されている。それに比べると若干転びやすそうだが、これはこれで趣がある。

 古びたものが孕む時間の空気、と比喩できるだろうか。416はそういった、時代から一歩遅れたものに触れると安らぎを感じる性格だった。製造時点で「実績があり評価の確立されたものを重視する」というパーソナリティが設定されていたはずなので、まぁそういうことなのだろう。随分と長い間顔を見ていない妹は、真逆の嗜好を持っていたと思う。

 そして、建物も同じく古い。古いが、ライフラインは通っているし、屋根もある。都市部の住居はRFIDを用いたセキュリティロックを標準装備しているが、この街では住民自身が防犯装置となっている。ノアから聞いた話だが、貧民街の住民たちは、古く人間のムラ社会から見られる相互監視の様相を呈している‥‥らしい。原始的だが、コミュニティを拡大する必要が無いのならこれで充分なのだろう。

 ショーウィンドウを一瞥する。そこには、先程から416をつけている男の影が映り込んで――

 

(――嘘!?)

 

 いなかった。

 罠とバレた?いいや、自分の動きは普通の巡回と変わらないはず。

 事実、つい先程までは自分の後を追っていたはずなのだ。屋台の前で話していたときもその姿を確認していたし、奴も間違いなくこのHK416を見ていた。

 来た道を戻る。屋台通りの群衆の中にも、目標の姿は見当たらない。奴の背丈は二メートル以上あった、人混みの中でも目立つはずなのに。

 

「あっ!」

 

 見つけた。人混みを越えて遠くに、歩み去る丸めた薄汚い背中がある。

 さらにその向こう、男が進む先に見えた緑色に、416は視覚モジュールのバグを疑った。

 

(G28!?)

 

 416の妹に当たる戦術人形が、屋台で買ったのだろう何かを頬張りながら歩いている。

 この午前中、基地の人形には外出禁止令が出ている。任務以外で――そう、昼食を買いに出歩いている人形などいないはずなのだ。

 しかし、現実に頭を抱えている暇はない。G28は狙撃銃の使い手であり、接近戦、しかも不意打ちとあっては対応できるはずがあるまい。これがシノならば、懐に忍ばせたナイフでザクリとやってしまうのだろうが‥‥。

 

「ごめんなさいっ、通して!“猫の鼻”よ!」

 

 そう叫びながら人混みに分け入った。何事かとどよめく民間人に謝罪しつつ、全力で押し通る。一度踏み込めば、男とG28の姿は遮られてしまう。見えない背中に追い縋らんとコアが熱を上げる。

 

(急げ、急げ、急げッ!)

 

 屋台通りを脱出すると同時、相棒(HK416)のセーフティを解除する。ブースター越しにホロサイトを覗き込んで、舌打ちした。視認した時点で既に遠かった背中は、最早相棒の有効射程圏外にあったからだ。

 狙撃は諦め、セーフティを外したまま駆け出す。本当ならノアから教わった()()を使いたいところだが、長距離を駆け抜けるには向かないらしいので今は普通に走るしかない。

 足元は砂と石であり、かつ416は急いでいる。その足音は男の耳にも容易に届き、振り返った男と416の視線が交錯する。左頬に、青い痣が見えた。

 男が駆け出した。進路上にあるゴミ箱やらベンチやらをひっくり返しながら、ドタドタと砂埃を上げて通りを行く。

 

「待て――!」

 

 416は散乱する生ゴミを跳び越えて、足を止めずに銃を構えた。ホロサイトを覗き込んで、再び舌打ちする。事態に気付いたG28まで走り出したのだ。

 

(どうして背を向けて逃げるのよ!)

 

 G28が横に避けたなら自分が男を撃ったし、彼女が銃を構えたなら自分が横に避けたのに。

 現在の立ち位置は前から、G28・クソ野郎・416となっていた。この位置取りのままでは、流れ弾によるG28の負傷が懸念される。

 さらに最悪なことに、周囲には民間人も一定数いる。この奇妙な追走劇を見て路地裏や建物に逃げてくれる者もいるが、ほとんどは驚きのあまりその場に立ち尽くしている。

 幸い、男に気付かれる前に大きく距離を詰められたので、彼我の間合いは二百メートルもない。

 民間人に被害は出せない。G28にも誤射できない。そして、男の命も奪ってはならない。

 放っていい弾丸は、一発だけだ。

 

(何の問題もないわ。――『私は完璧よ』)

 

 いつもの口上を、胸の中で唱える。少し前ならばもっと自信を持って口にできただろうが、今ではあやふやになってしまった自己暗示。

 大きく右前方に踏み込む。G28が射線から外れた。あとは、男の足を撃ち抜くだけ。

 唾を飲み込む。呼吸が上手く整わない。集中が乱れ、目の前が白く滲む。

 

 ふと、ノアの笑顔が脳裏をよぎった。

 いつも彼が浮かべている、可愛らしいが作り物めいた笑顔だ。彼が辛い時ほどその欺瞞は磨き上がり、416のコアをざわつかせる。

 ここで自分がしくじって、この男を取り逃がしたとする。コイツは街の影に消え、連続殺人の被害者たちやSuper-Shortyの無念は晴れず。

 そして、ノアの作り笑いはより一層美しくなるだろう。彼の心を、確実に削りながら。

 

(そんなの、許さない)

 

 すぅっと空気を吸い込んで、ホロサイトを覗き込む。足は止めない。止まらなくとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――ガァンッ!

 

 果たして416の放った一条の決意は、男が足を踏み出す、その一センチ先の地面を穿った。男はバランスを崩し、たたらを踏む。彼我の距離は、95メートル。

 狙い通りの展開に喜ぶのは後回しにして、蹴り足に籠める力の流れを変えた。

 

(“絶火(ゼッカ)”――!)

 

 “猫の鼻”にやってきてからずっとノアに師事し、ようやく()()にした疾走体技。404小隊の中でも最高の運動性能を誇る416の左足が、風船の割れるような音と共に砂煙を発火させながら体を前へ突き落とす。

 普段は相棒から放たれる5.56×45mm NATO弾だけが到達できる、超音速の世界。標的以外の景色が雑多な直線になって、後方へ吹き飛んでいく。舞い上がった砂粒が、頬に浅い傷をつけた。前のめりになった男の足を、駆け出した勢いそのまま蹴り飛ばす。

 体重差を戦術人形の膂力と“絶火”の速度で覆され、男の体が宙に舞う。416はその腕を掴み、未だ体の中に残る“絶火”の勢いに任せて地面へと叩きつけた。バキョッ、という幾重かの音が響き、肺から全ての空気を追い出された男は激しく喘鳴する。

 背中を膝で踏みつけて、腕を捩じり上げた。肋骨を何本か折ってしまったが、全身の血を抜いていないだけ感謝してほしい。

 額の汗を拭って、一応確認する。

 

「アンタが一連の事件の犯人ね。大人しくしなさい」

「な、何のことだよ」

 

 噎せながら(とぼ)ける男の表情は、416が想像していたよりもずっと臆病そうだった。てっきり、いかにも蛮族然とした奴だと思っていたのに。

 パーカーの左ポケットを探ると、太く撚った鋼線があった。

 インカムを押さえ、ノアへと繋ぐ。

 

「指揮官。犯人を取り押さえたわ。場所は私の現在地よ」

Sehr gut(よくやった)!5分で行くね』

「えっと~、416?私は帰っても大丈夫ですよね‥‥?」

 

 416が通信を終えるのを待って、恐る恐るといった様子のG28がこちらを窺ってくる。

 416は極低温の視線で、媚びるような面をねめつけた。

 

「そんなわけないでしょ。ここで指揮官の指示を待ちなさい、この莫迦!」

「うわぁん」

 

 コイツのせいで余計な全力疾走を強いられた。この後も事務作業があるのに‥‥これは一度、シャワーを浴びるべきだろう。

 しかし、彼女のお陰で少し自信を取り戻すきっかけができたのも事実だ。走りながら狙い通りの位置を撃つことができたし、ノアから教わった体術も習得したと実感できた。そのことだけは、この自分勝手な妹に感謝してもいいのかもしれない。絶対に言葉にはしないが。

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