WinterGhost Frontline   作:琴町

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猫の鼻②

 C■■地区、G&Kの戦術司令部。傍を流れる三つの小川を髭に見立て、近隣住民からは“猫の鼻”の通称で親しまれている。

 最近歩みを緩め始めた日が撫でるグラウンドで、IDWや59式、MP5といった小柄な人形たちが鬼ごっこに興じていた。現在の鬼はスコーピオン。どうやら体力の尽きかけている59式に狙いを定めたようで、靡く白衣目掛けて一直線に走っていく。

 あぁコレは捕まえようと白衣を掴んで二人とも派手にすっ転ぶ流れだな――とノア=クランプスが執務室から眺めていると、ずっしゃぁぁという派手な音と土煙が上がった。何やってるの掴まなくてもタッチすればいいんだよぅ、とMP5が駆け寄っていった。MP-446(ヴァイキング)が絆創膏を手に爆笑しながら続く。

 

「ちょっと指揮官、ちゃんとこっちに集中してよ」

 

 室内からの呼び声に振り返る。暇だからと遊びに来たK5が、デスクにタロットカードを広げてこちらをねめつけていた。

 

「と言ってもね。占うのはキミでしょ?僕は何に集中すればいいのさ」

「カードに。今日これから私に何が起こりますかー、って念じるの」

 

 それは一日の始めにやらないと意味が無いのでは、と心の中で首を傾げた。今は既に午後であり、残った時間が少ない分、今日という日にかける期待も少なくなる。

 まぁ、今やっておかなければならない仕事を一通り終え、暇なのは自分も同じだ。人形たちの趣味に付き合うのであれば、有意義な時間の使い方というものだろう。

 ノアは少し身を乗り出して、伏せられたカードを注視する。この先の十一時間で僕に何か変事は起こるでしょうか。

 同じようにK5も身を乗り出して目を伏せ、カードをかき混ぜる。沈黙が執務室を包み、59式たちの楽しげな悲鳴が際立って耳に届いた。転んだのに鬼ごっこ続行してるのか、アイツ。

 まだかな、とノアが欠伸を喉の奥で封殺したとき、K5がカードの海から三枚選んでめくった。一拍置いて、唇から呟きが零れる。

 

「……逃げていたものに追いつかれる」

「随分と印象的な託宣だね。タロットにそこまでのメッセージ性があるの?」

「肝心なのは解釈だから。私にかかればこんなものだよ」

 

 K5が胸を張る。バンドで締められた生体パーツが少し揺れた。

 視線をカードに逃がし、ノアは描かれた柄の意味を考える。

 彼女から見て正位置の“愚者”と“運命の輪”に、逆位置の“恋人”。

 ノアは占いに関する造詣が深くない。それぞれのカードの一般的な意味こそ知っているが、複数の意味を組み合わせて解釈することはできなかった。

 しかし、何故か三つの絵は自分の人生に親しいものに思えた。

 

「“恋人”が出たからって色恋沙汰とは限らないけど、指揮官のことだもの。

 告白してくれた女の子に返事をしないで、こっちに引っ越してきたとかじゃないの?」

「いやいや、僕を何だと思ってるのさ。

 ……『逃げていたもの』かぁ。心当たりが無いな」

 

 またまたー指揮官って顔はいいし気が利くからどこでもモテたでしょ、ワイルドさが足りないからそういうのが好みの人には受けないだろうけど。

 興が乗ってきてしまったのか、追及を止めないにやけ顔を手で追い払った。

 来週分の市街地警備の暫定シフトを確認しながら、K5の台詞を反芻する。

 

(逃げていたもの……いや、まさかね)

 

 心当たりは山ほどある。それら全てに追いつかれてしまったら、押し潰されて死んでしまいそうなほどに。

 だがそれらは全て過去にあり、死者であり、黴の生えた瓦礫の下に埋もれている。再び自分の眼前に現れることはない。

 深く息を吸って、目を外へ向けた。

 IDWが四つん這いで――彼女にとってはアレが本気の疾走態らしい――C-MSを追い駆け、周りの人形たちが二人の戦況を窺いながら距離を保っている。

 グラウンド端にある花壇の前で、先ほどは見なかったFMG-9が座り込み土を弄っている。その背後にはP7が忍び寄っていて、今にも飛び掛かりそうに両の手を開いていた。

 

(あの子はビックリ系に凄く弱いから、多分泣いちゃうぞ)

 

 彼女らの頭上、青い空に流れる雲は少なく、ただ穏やかな空気が――

 

 ピーッ。

 

 基地に敷いてある内線の着信音が響いた。スピーカボタンを押すと、凛とした声が聞こえる。G36だ。

 

『詳細不明の回線から通信です。ご確認下さいませ』

 

 転送を促す。ブツッ、とグループ通信になった音を聞いてから声を上げた。

 

「こちらC■■地区、グリフィン戦術司令部」

『こち………隊!鉄血………に潜……、……エン…………と……、四名全………不…!

 助けて……!』

 

 通信途絶。

 環境が悪すぎたのだろう、声はほとんど雑音に掻き消されていた。完全にジャミングされていないのは不審だが。

 G36が訊ねてくる。

 

『如何なさいますか、ご主人様』

 

 ノアはこめかみを小突いて、現在手の空いていそうな人形の名を思い浮かべた。小さい子にとっては遊びこそが仕事だから、外の子たちは除外する。

 

「PKPとMG5、M37(イサカ)AA-12(アイリ)、Spitfireをここに呼んで。昼戦B装備で。

 K5も装備取ってきて。手伝ってもらうよ」

『承知いたしました』

「それはいいけど、コレって罠じゃない?

 明らかに不自然なノイズでしょ、意図的に声を遮断してると思うよ」

 

 そう言い残したK5の背を見送って、ノアは傍のラックから自分の装備品を取り出した。艶のない黒のフィンガーレスグローブに、コンバットナイフ――というにはいやに大振りな刃物。

 銃は無い。ノアは銃火器の扱いに自信が無いし、そもそも銃を使うなら自分より適任が大勢いる。

 深い溜息が零れた。

 

「最後の一言だけちゃんと聞こえるようにするあたり、僕のことをよく分かってるよね」

 

 彼女の指摘は恐らく正しい。ここに着任してから一年と少し、鉄血とは数え切れないほど衝突してきた。そしてノアは既に少なくない回数、人形たちと共に戦場へ身を投じている。今日もやろうとしているように。

 こちらが彼女たちの情報を掴んでいるのと同じくらい、向こうもこちらの内情を知っているはずだ。

 すなわち、ノア=クランプスという男は、人形を過剰なほど大切にする異常者だ――であるからして、人形を人質に取れば“猫の鼻”は必ず奪還に動くだろう、と。

 まったくもって御明察!完全に鉄血側の思う壺だ。

 ただし、みすみす食われるために突撃するわけではない。本当に捕まっている人形がいる、とノアは確信していた。

 その根拠は、先日ヘリアントス上級代行官から聞いたある話。

 

『貴官の担当するC■■地区に、最新型の鉄血ハイエンドモデルが潜伏している可能性がある。

 その個体の存在や情報は現状、上位の機密だ。別の部隊が奴らの討伐作戦に当たるので、コイツらに関する任務が貴官に発令されることはない。

 しかし、通常の任務中に遭遇する可能性もある。警戒はしておけ』

 

 ノアはヘリアンから嫌われている自覚があった。仕事上のコミュニケーションは問題なく行えるが、彼女が自分を見る目にはいつも明らかな警戒の色が浮かんでいる。まぁ、信頼を得る努力を全くしていないのだから仕方ないが。

 そんな彼女が作戦内容に直接関与しない忠告を寄越すことはとても珍しい。

 だから気になって、G&K上層部の作戦予定をすっぱ抜いたのだ。優等生かつ不良指揮官であるノアにとってこの作業は少しだけ大変だったが、あくまでそれは少しだけ。隠蔽工作のためにG41との散歩時間を削ることになったので、拗ねた彼女を宥める方が大変だった。

 そうして引っ掻き傷と引き換えに入手した機密の中に、C■■地区の鉄血工廠を目標とした2日前付けの潜入作戦があった。

 暗殺の目標となっている鉄血ボスについては、どうやら上位個体――ドリーマーやエージェント――と連携をとっていないらしいことと、二人組であるという情報しか得られなかった。他に資料は見当たらなかったので、G&Kもそれ以上の情報を持っていないか、情報をまとめている最中なのだろう。日頃から噂に聞き耳を立てているノアにとっても、この話は耳に新しい。離れた区域で最近発生し、高速で移動している脅威だと推測できる。

 そして、その作戦は失敗したのだろう。先の通信が作戦に参加した人形本人からとは限らないが、ボイスのサンプルを採られた可能性は否定できない。急拵えの音声だから、粗を隠すために過剰なまでのノイズを混ぜたとも考えられる。

 よって生死こそ不明だが、餌になった人形は実在する。これは罠というよりむしろ招待状と考えた方が正確かもしれない。

 

「来たよ、指揮官。出撃?」

 

 口の端に何かが入っているような間の抜けた声がして、顔を上げる。

 装備の入ったバッグを床に置き、アイリがキャンディを口の中で転がしていた。

 見れば、先ほど招集をかけた他の人形たちも既に集まり、指示を待っている。

 

「みんな来てくれて有難う。

 突然のお仕事で悪いけど、これから鉄血領に踏み込んで人形四名を救出する。

 正体不明の回線からの通信で、ヘリアンさんへの上手い言い訳が思いつかないから大規模な捜索活動はできない。

 あくまで『そこら辺で交戦してたら偶然見つけたので保護しました』っていう(てい)で行くよ」

 

 壁に貼られた地図、鉄血領の奥部に位置する工廠にマグネットを置いた。

 周囲を迂回するような進入ルートをマーカーで赤く示し、これまでの情報収集で割り出した道中の警戒ポイントや想定される敵の布陣を説明する。

 目的地での陽動の流れや交戦規定を伝えることも忘れない。潜入は自分が担当するが、いざというときは自分のことを無視してもいい、と。

 焦りが無意識のうちに舌の回りを速くする。彼女たちならば問題なく聞き取ることができるだろうが、だからといって自分が冷静さを失ってもいいという話にはならない。

 落ち着くために一つ息を吐いた。

 

「先に言っておくけれど、これは十中八九罠。標的はもちろん僕ら“猫の鼻”。

 ただし要救助者がいるのは確信しているので、少しだけ付き合ってね」

「まぁ、要するに私たちはいつも通り鉄血のクズ共をボロボロにしてやればいいんだな」

「その通り。それじゃあ行くよ。質問は道中で聞く。

 ――怪我だけはしないようにね」

 

 そう言って部屋を出る背後、溜息交じりのイサカの呟きが聞こえた。

 

「一番危険なのは貴方ではなくて?」

 


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