WinterGhost Frontline   作:琴町

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アンバーズヒルの吸血鬼・前篇⑬

 命令に従わなかったことへの懲罰(おしおき)として、G28には犯人を刑務所まで連行するよう言い渡された。さらに5日間の外出禁止と、食堂での連日勤務が課される。

 まるで成績の悪い女子高生に対する仕打ちだが、それでもG28はこの世の終わりと言わんばかりの顔をしていたので、これらは彼女に良く刺さる罰なのだろう。

 416はノアの傍らについて、基地への帰路を歩いている。

 

「ねぇ指揮官。さっき、やけに具体的な犯人像を教えてくれたわよね。

 それに、まるで相手が襲ってくることを予想していたような作戦だったわ。

 どうやって辿り着いたの?」

 

 ノアがちょっと面倒そうな顔をした。

 その脇腹を軽く小突くと、「分かった分かった」と身を捩る。

 

「容姿についてはShortyの遺体から逆算しただけ。

 行動に関しては‥‥416、被害者の爪に何があったか憶えてる?」

「何があったって‥‥何も無かったでしょう。裂けてたけど」

「その通り。扼殺や絞殺の場合、被害者が息絶えるまでには時間がかかる。

 被害者は首に巻きつく凶器を剥がそうと必死に抵抗する。

 その爪には犯人の皮膚組織やロープの繊維が残るはずなんだ」

「アイツのポケットに鋼線があったわ。アレなら残る繊維もないわね」

「そうだね。そして、同じものを凶器に選び続けているということは――」

「それだけ鋼線が犯人にとって使いやすい?」

 

 ノアが頷く。

 

「付け加えると、人間ってのはあんまり自分に馴染みの無い道具を使おうとは思わない。

 鋼線で人を絞め殺すなら、厚い手袋をしないと自分が傷つく。

 だったらロープでいいじゃんって思うでしょ?」

 

 確かに。そして、広く販売されているロープの繊維が検出されたところで、致命的な手掛かりにはならない。ならば、鋼線より入手しやすい製品を使った方が賢い。

 

「まぁ、そうね」

「だからね、犯人は日頃から鋼線を触るか目にする機会が多いはずだ。

 鋼線を作ったり使ったりする職場で働いてたんだろう。整備士とか、工場勤めとかかな。

 加えて、犯人は渾身の殺害現場を作り上げておきながら、一度もその場を訪ねていない」

 

「夜中でしょう?寝てたんじゃないの」

 

 流石に安直すぎる発想かと思ったが、意外にもノアは首を横に振らなかった。

 

「まぁそうだろうね。これだけ手の込んだ連続殺人を成し遂げるには、準備や獲物の選定に時間をかける必要があるし、集中力もいる。

 今言ったような職種は拘束時間が長いから、犯人は仕事を休むか辞めるかして、その時間を準備に注ぎ込んだはず。クビになってたって可能性もある。

 今日も朝から現場や街の様子を見回って、僕らの反応を窺っていたはず」

「反応?」

「人形を破壊して、その現場を生々しく演出したのは僕へのメッセージさ。

 悲しいかな、僕の顔は街中に知られているから。

 それで、喧嘩を売ってきた奴が一番腹を立てる反応って何だと思う?」

 

 それは確かな自信を持って即答できる。

 

「無視ね」

 

 今までで一番はっきりと断言する416に、ノアは苦笑いを浮かべた。

 

「その通り。だから現場を綺麗にして、翌日の午前中から暢気に出歩いたのさ。

 僕本人に挑みかかる気概が無かった場合も考えて、キミにも巡回してもらった」

 

 今ノアが語った論拠は全て理解できたが、あくまでそれは後追いだ。変動する状況の中で、自力でその結論には辿り着けなかった。

 空を見上げて、深く嘆息する。

 

「結局貴方が解決したのは悔しいけれど、一件落着ね」

「犯人を取り押さえたのはキミでしょ、416。だからこれはキミの手柄だよ。

 キミは僕の体術を使えるから、安心して任せられたんだ」

 

 416の頬から垂れる小さな血の雫を、指ですっと拭われる。そのままペロリとやって、

 

「ん、美味し」

「ちょっ‥‥な、何して」

 

 人工血液を舐めたとか、その表情が吃驚するほど艶っぽいだとか、唐突過ぎる衝撃に416の電脳がフリーズする。

 その間にもノアは次の行動を決めていたようで、何やら古ぼけた看板を見つけると、416の手を取った。

 

「まだ時間はあるね。よし、そこのお店入ろ!祝勝会だ!」

「え、えっ‥‥!」

 

 手を引かれる。力はそこまで強くないが、こちらの体重を巧みに前方へ流される。西風のようなエスコートに導かれるまま、店の前のベンチにすとんと座らされた。隣にノアも腰掛ける。おばちゃーんカレー二つちょうだーい、あいよー少し待っておくれー。

 ノアがんっふふ、と笑う。いつもの晴朗な笑顔とは違う、悪戯好きの子供みたいな笑み。

 

「楽しみにしててね416。ここのカレー凄く美味しいんだから。

 ――あっ、416は辛いの大丈夫だよね?」

 

 ノアのせいでコアが何度も加熱されて、まだ午前だというのにどっと疲れてしまった。

 416は肩の力を抜いた。自然と頬も緩む。

 

「えぇ、好物よ‥‥貴方がそう言うなら期待しておくわ」

 

 背後からスパイスの香りを浴びながら、くだらない話に花を咲かせる。普段からG28は自分の我儘を通そうと色々計算していること、UMP9がRFBから教わったゲームにドハマりしていること、MDRがノアの盗撮写真を基地の人形に売っていること‥‥。

 “欠落組”討伐作戦に続き、自分の無力さを痛感させられる事件だったが、最終的には自分たちが勝利した。結末がこんな時間なら悪くないかもしれない――416はくすぐったがるノアの頬をつつきながら、そう感じていた。


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