WinterGhost Frontline   作:琴町

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アンバーズヒルの吸血鬼・前篇⑭

 薄暗い廊下に怒号と絶叫が響く。囚人たちが罵声やら懇願やらを投げかけてきても、ノアは一瞥もくれず看守の後をついていく。

 

「毎度すみませんね、騒がしいところで」

「仕方がないですよ。ここじゃ僕は人気者ですから」

「ははは‥‥」看守が引き攣った笑いを浮かべる。

 

 一つのドアの前で立ち止まった。“聴取室”と書かれたプレートが下がっている。

 看守はドアを開け、「終了時はブザーを押してください」と残して去った。

 ドアの開く音でこちらに振り返っていた男が、ノアの姿を認めて委縮する。

 先だって、416が逮捕した連続殺人犯だ。

 ノアは向かい合う席に腰かけて、にこやかに手を振った。「やあ」

 

「さて、キミが今回犯した罪についてだけど。何か弁明することはある?」

「しょ、証拠なんてないだろ。それなのにこんなところに放り込みやがって。

 これだからグリフィンは嫌いなんだ。横暴だ」

「証拠なら十分あるさ。遺体の索条痕とキミの持っていた鋼線が一致した。

 キミが襲った人形と一緒にいた子――ヴィーフリにキミの写真を見せて、キミが二人に声を掛けたことも確認してある。

 キミのお家を調べさせてもらったけど、改造済みのスタンガンがあった。

 廃棄場から回収された血塗れの注射器とプラスチック容器には、キミの指紋が付いている。

 ――これ以上必要?」

 

 黙ってノアの言葉を聞いていた男の方がぷるぷると震え出す。かと思えば目をカッと見開いて、殴りつけた机が軽く凹んだ。充血した目でノアを睨みつける。

 

「‥‥あぁそうだよ!何か文句があるか!?

 元はと言えばお前らが悪いんだ!人形なんてモノに入れ込むお前みたいな変態のせいで、俺たちはどんどん仕事を失う!俺がクビになったのも、自律人形が工場に配備されて、人間なんて必要なくなったからだ!

 俺たちは生きているのに!アイツらは、金と材料があればいくらでも作れる(やっす)い命なのに!

 お前らのせいだ!お前らのせいだ!」

 

 一通り言いたいことを言って、男はぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す。

 唾がかかることを嫌って椅子を後ろに引いていたノアは、大きく欠伸をした。

 

「別に、人間だって大して変わんないでしょ。

 若い個体を監禁して飼育して交配させる、金と資材があれば十分だ。

 育成に時間こそかかるけど、それだってこの時代ならある程度短縮可能だし。

 三次大戦中、実際にやってたとこもあったしね」

「は‥‥!?」

 

 ノアは指を振りながら続ける。

 

「そもそも、キミはコストばっかり見て肝心なことから目を逸らしてる。

 命の価値は材料や生産の手間じゃなくて、“何ができるか”とか“何をしたか”で決まるものだろ。

 ――まさか、『自分たちは生きてるだけで唯一無二の価値を持っているんだ』なんて思ってないよな?そんな理屈が通じるのは子供の内だけだぞ」

 

 思い出したように付け足す。

 

「勘違いしないでね。何も無条件に人間は無価値で人形は大事、って言ってるわけじゃあない。人間でも一生懸命に生きてる奴はいるし、人形でも周りを傷つけることしかできない子はいる」

 

 脳裏に浮かぶのは、貧民街の住民たち。そして、未だ顔を見たことも無い鉄血ハイエンド、トーチャラー。

 

「僕はただ、一生懸命に生きる者は報われなきゃならないって思うだけなのさ。

 ほら、自分たちの命を人形に守ってもらう前提の生活に疑問も抱かず、あまつさえ『彼女たちのせいで生活が苦しくなった』なんて愚痴る連中と比べれば、彼女たちの方が遥かに上等だろ?あっは!」

 

 絶句する男とは対照的に、ノアはあくまで笑っている。

 

「それで、キミに入れ知恵したのはどこの誰なのかな?」

「な、何を」

 

 素っ惚ける台詞は無視する。

 

「今のキミの態度を見れば一目瞭然。

 キミは怒りを溜め込んで、一度キレたら後先考えず暴れるタイプ。秩序型の犯人像からは程遠い。

 けれど今回の事件は、僕らの目を掻い潜るように細心の注意を払っていた。

 キミが実行犯であることに疑いはないけど、キミには親切な助言者がいたはずだよ」

「‥‥い、いないぞ、そんなの」

 

 声こそ震えているが、男の表情は毅然としている。ここに来て初めて見るその態度。何かの決意を感じさせる眼差しで、ノアは事情を察した。

 堪らず、笑いが込み上げてくる。

 

「あーっは!なるほど、黒幕は女の子か!

 ものの見事に手玉に取られてたわけだ、キミは!あっは!」

 

 駄目だ、笑いが止まらない。ノアは腹を抱えて身を捩る。目尻に涙さえ浮かんできた。「何の話だ!」と怒鳴る男の顔は赤く、つまりノアの推測は正しいのだろう。

 ひとしきり爆笑した後、なおも残るおかしさを噛み殺して手を振った。

 

「いやもう十分だよ、くふっ、どうせ今頃、その子は街の外に隠れているはずだ。

 探しても徒労に終わる」

 

 席を立った。擦れ違いざま、男の微笑が見える。

 

(可哀想に。随分と惚れ込んだもんだ)

 

 ドア横のブザーを押して、看守の到着を待つ。

 たった数分だが、何とも暇な時間だ。

 ふと、ちょっとした悪戯を思いついた。

 こちらに背中を向けている男に、「そういえば」と声を掛ける。

 

「いいことを教えてあげる」

「‥‥何だよ」

「キミが庇っている愛しの姫君のことだよ。

 その子、実はね――」

 

 ノアが口にしたその一言を聞いて、果たして男はどんな表情を浮かべたのか。

 ノアと面会した翌日、男は変わり果てた姿で相部屋の囚人によって発見された。

 死因は窒息。噛み千切った舌を喉に詰まらせていたのだという。




今回の事件は、僕の大好きな海外ドラマのある話を下地にしています。
分かった人は僕と趣味が似てるね。
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