WinterGhost Frontline   作:琴町

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リベロールとG11が仲良くしてたらてぇてぇと思う


傍にいる理由・前篇①

 押し殺した吐息が、棚の影から聞こえる。

 抑えられた足音が、蹲った少年の背に迫った。

 コンクリート製の伽藍に、悲鳴と怒号が木霊する。

 

「ルーカス、見つけたわよ!」

「――走れ――!」

 

 Super-Shortyの腕を掻い潜って、少年が駆け出した。既に捕まった少年少女が、白線で囲まれた陣地から声援を送る。その手前では、ルーカスが彼らを脱獄させないよう、Shortyと同じ警察組であるエメが腕を広げて待ち構えている。

 大昔に子供たちがやっていたらしい、ケイドロという形式の追いかけっこ。ノアが子供たちに教えてあげた遊びの一つだった。

 Shortyは出力を調整しているから、彼女とルーカスの戦いは白熱したものとなっている。ルーカスも伊達に貧民街で生き残っていたわけではないのだろう。

 先日の事件で一度破壊されたShortyは、無事に復元された。自分が壊れている間に事件が解決したと知ったときは悔しそうだったが、それをバネにして任務に励んでいるようだ。昨日もしっかり潜入任務を熟し、鉄血布陣の急所を探り当てて見せた。

 むしろ、罪悪感に駆られて色々と世話を焼いているヴィーフリの方が重症かもしれない。ほら、今だって走り回るShortyのことを真っ青な表情で見守っている。

 彼女たちの様子を窓越しに眺めながらそんなことを考えていると、隣に座っているIWS 2000が、柔和な笑顔で話しかけてきた。

 

「良かったですね、無事に孤児院が完成して」

「えぇ。この間の事件を受けて、孤児の保護は無視できない課題だ、って上に認めさせたらしいわよ。

 ヘリアン辺りが胃に穴を開けてそうだけど」

「ふふふ。とても嬉しそうですね」

 

 思わずIWSの顔を振り返ってしまう。

 意地の悪い奴と共に過ごしてきたせいで、こういう類の台詞が全て揶揄いを含んでいるように思ってしまうが、クスクスと笑う彼女からは一切の邪気が感じられない。

 

「そういうアンタこそ、随分楽しそうじゃない」

「もちろんです。あの人の望みが叶うことは、私の望みでもありますから」IWSは幸せそうな笑みを浮かべて、胸に手を置く。

「でも、少しだけ不満かも。

 指揮官ったら、私たちのことは全然頼ってくれなかったのに、貴女や45さんのことは頼りにされているみたいだから」

 

 彼女の動作は全てあまりにも嫋やかで、それは絶対的な余裕に起因するのだろうと思われた。

 わざとらしく拗ねたようなその表情も、高貴な令嬢が垣間見せる茶目っ気のようなもので、悔しいことに可愛らしいのだ。

 

「アンタは戦力面でこれ以上ないくらい高く評価されてるでしょうが。

 それに、私やあっちで子供たちと遊んでるUMP姉妹、それと今頃基地で昼寝してるG11は期限付きでここにいる。

 だから彼にとっても使いやすいんじゃないの?」

 

 本当にそう思っているのかと訊かれると、あまり自信がない。「自分の優秀さを証明したい」という願いを、初めから見透かされているような気もしているから。

 IWSが、優しい目でこちらを見ている。ここの子供たちを眺めているときとさして変わらない表情だ。納得いかない。

 

「ふふ、有難うございます。

 でも大丈夫ですよ。確かにあの人は途方もなく優しいですが、貴方の能力を評価しているのは事実でしょう。

 でないと、今頃貴女を上手く言いくるめて副官から外しているはずですから」

 

 カッと頬が熱くなる。

 ライフルを得物とする戦術人形は皆、高性能な視覚モジュールを搭載している。特に彼女は超長距離狙撃も難なく熟すらしいから、ほんの少しの接触でも相手の心情をよく見抜いてしまうのだろう。まったく忌々しい。

 

「‥‥煩いわね」

 

 何とか憎まれ口を叩いて見せたが、IWSは「ふふふ」と微笑むばかり。

 

「それと、一昨日指揮官とお散歩に行った時のお話なのですが」

 

 ノアがその日にIWSと出かけたことは知っているが、そのことを喜々として語られると妙に腹が立つ。

 416は眉を顰めた。「何、惚気なら聞かないわよ」

 

「確かに惚気ですが、私のではありませんよ」随分不可思議な前置きをするものだ。

「ご存知の通り、指揮官はお忙しい方でしょう?お散歩の最中にも、電話がかかってくることは多いんです。

 でも、一昨日はいつもと違う着信音だったんですよ」

「着信音くらい、気分で変えるでしょ」

 

 IWSは否定した。彼女曰く、ノアは着信音をデフォルトのものから一年近く変えていないらしい。

 

「だから、『音、変えたんですね』ってお聞きしたら、指揮官のお顔が真っ赤になったんですよ!ふふっ」

 

 それは信じがたい話だ。416にとって、ノアは自分を赤面させることこそ多いが、彼自身が赤面するところなどほとんど見たことが無い。

 しかしやはり惚気ではないかと、416の視線が冷える。

 IWSは慌てたように手をパタパタと振って続けた。

 

「早とちりしないで下さい。

 問題は、その着信が誰からだったかですよ」

 

 その言葉で気が付いた。

 416は、自分がいつどのような用件でどこからノアへ連絡したかを憶えている。

 顔が熱くなるのを自覚した。

 

「そうっ、あのときの指揮官もそんな感じでしたよ。

 分かっていただけましたか?」

「‥‥べ、別に他意なんてないでしょ。副官からの連絡は重要だから、応答前から分かった方がいいってだけで」

「うふふ。416、とても早口になってますよ。

 なるほど、確かに可愛らしい赤面癖ですね。()()()()()()()()

 

 最後の一言が、完全に416のコアを沸騰させた。

 両手で顔を覆って、吐息と共に呟く。

 

「私、アンタのこと嫌いだわ。シュタイアー」

「ふふふ」

「すみません、お待たせしました」

 

 一抱えのファイルやら何やらと共に、撚れたスーツ姿の男性が近付いてきた。

 この孤児院を設立するにあたって、ノアが手配していた経営者だ。

 彼が直接選んだ人物ならば、人柄も実力も信用できるだろう。

 416は頭を切り替えて立ち上がり、手を差し出した。

 

「ノア=クランプスの代理、副官のHK416です。

 今回は有難うございます。うちの指揮官の我儘に付き合ってくれて」

 

 416はぶっきらぼうな口調かつ手袋を着けたままだったが、男性は気にした様子もなくその手を握った。

 小じわの目立つ目尻が、人懐っこく下がる。

 

「お礼を申し上げるべきはこちらの方です。

 自動化の煽りで首を切られたところに、クランプス指揮官が仕事を下さったのですから。

 彼がいなければ、私は今頃路頭に迷っていたでしょうね。

 さて」

 

 普段は食卓であろう、長いテーブルに向かい合って座る。

 孤児院が本格的に回り始めてから初の話し合い。今回の主な議題は人員不足だ。

 この孤児院の財源はG&Kだが、その額は最低限。余計な人員を雇い過ぎると人件費が嵩むので、ここの調整は疎かにできない。

 先方が提示する業務の一覧を見て、その仕事量や必要な休憩時間を算出し、最低限必要な大人の数を決めた。

 また、子供たちだけでなく従業員も賄えるだけの自給自足体制を整えるために、周囲の開墾に必要な工数や期間の目途も付けておく。

 会議を終える頃には、日はすっかり傾いていた。


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