WinterGhost Frontline   作:琴町

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傍にいる理由・前篇②

「だからね、416は最高の枕なんだよ」

 

 416がIWSに茹でられている頃、基地内のカフェスペースにて。メイド姿のNTW-20がトレイを片手に傍を過ぎて行った。今日も給仕に精が出ているようだ。

 G11が昼食のタコスを齧って、小さな拳を握る。

 向かい合って座るリベロールは、ちびりちびりとストロベリーシェイクを啜りながら、こくりこくりと頷くしかない。

 

「うん‥‥」

「それがここに来てからさぁ、416はずーっと指揮官にべったり。

 これじゃあ私の睡眠の質が下がっちゃうよぅ」

「‥‥でも、ここのベッドは、ふかふかで気持ちいいよ‥‥?」

「それは認めるしかない。けど、やっぱり416が一番なの」

 

 他の誰よりも安眠を愛する彼女がそう言うならば、そうなのだろう。何より、彼女の睡眠の感覚は彼女にしか分からない。

 リベロールはシェイクを嚥下してから、小さなタブレットを口に放り込んだ。

 これは、「甘いものを食べてみたい」という自分の呟きを聞きとめたノアが、リベロールの貧弱な消化モジュールでも糖分を分解できるように作ってくれた薬剤だ。インスリンの分泌を促すのではなく、食品を直接分解してモジュールの負担を減らす仕組みらしい。

 自分のような出来損ないの戦術人形にも手を尽くしてくれる、ノアには感謝しかない。

 ふらりと脇道に逸れた思考の舵をとり直して、一緒に出撃した時のことを思い返す。戦場での416は、いつもG11をひっぱたいたり引きずり回したり、必要最低限しか働こうとしない彼女を何とか動かすために四苦八苦している。もっとも、本当に足手まといに思っているなら置いていくはずなので、416なりにG11のことを大切に思っているのは間違いないはずだ。二人とUMP姉妹は“猫の鼻”に来る前から行動を共にしていたとのことだから、きっとその頃からその関係は変わらないのだろう。

 一方で、基地に居る間の416はずっとノアの傍にいる。416が副官に立候補した時ノアは嫌がったという話だから、416の方に余程高いモチベーションがあると思われる。リベロール自身、その気持ちは分からなくもない。

 その上彼による格闘や立ち回りの訓練も受けているから、ノアが他の人形の用事に付き合っているとき以外、G11が416と接する時間は無いはずだ。

 

「寂しい、の?」

「寂しいとはちょっと違う気がする。ただ、寝てても何かしっくりこないんだよね」

 

 ぼーっとした表情で首を傾げているが、ことG11にとってはそれを寂しいと言うのではなかろうか。

 実を言えば、この愚痴を聞くのも五回目を数えている。同じ第一強襲部隊に配属されてから話すようになった自分たちだが、お互いに刺激不足な生活をしているせいで、同じ話題をスルメのように何度も噛んで味わっていた。

 

「いつも、思ってたんだけど‥‥。どうして、私に言うの‥‥?

 416本人に言った方が、早いと、思うけど‥‥」

「もちろん言ったよ。『偶には416で寝させてよ』って」

 

 G11が肩を落とす。

 

「そしたらヒドいんだよ。『アンタの相手をしてる時間なんてないわよ!』って怒るんだから」

 

 それはそうだろう、と思う。G11にとって、自身の睡眠は何よりも優先すべきものだ。しかしもちろん、他の人形にとってはそうではない。

 ほとんどの人形にとって、睡眠はメモリの整理や充電程度の意味しか持たない。一部の戦闘狂――Mk48やPKP、カルカノM91/38など――に至っては、充電の時間を削減するため、ノアに内蔵バッテリーを改修してもらったらしい。「ホントは嫌だったんだけどね」とはノア本人の談。

 ――G11の悩みを解決する方法は、とうにリベロールの電脳に存在している。この方法なら、目の前でコーヒーを飲んでいる彼女に、再び最高の睡眠がやって来ると断言できる。

 しかし、この問題が解決してしまうと、

 

(また‥‥一人ぼっちになる、かも)

 

 リベロールには友達が少ない。G11たちが基地にくる以前は、話し相手などいなかった。同じ部隊にいたAUGは色々な意味で近寄りがたかったし、G36は目つきが鋭くて怖かった(本当は優しい人たちだと、今は分かっているけれど)。

 頼ることのできる相手はノアだけで、執務室のソファと医務室のベッドだけが自分の居場所だった。執務室は、他の人形がいると気まずい。ノアだって、自分だけのものではない。「戦いの合間に彼との時間を過ごしたい」という他の優秀な人形たちを差し置いて、自分如きが話し相手や添い寝を頼むことなどできるはずもなかった。

 今こうしてG11が自分とつるんでくれているのは、あくまでその時間と話題があるからだ。至福の睡眠を取り戻した彼女は、もう自分と話すことなどなくなってしまうだろう。

 思わず、不安が呟きになって零れ落ちた。

 

「ねぇ、G11」

「んー」

「私たちって‥‥友達。でいいん‥‥だよ、ね?」

 

 こちらを見るG11の、いつも眠たげな目が、珍しくぱちくりと大きく瞬きした。

 

「いきなりどうしたのさ。私はそうだと思ってるけど‥‥」

 

 何を当たり前のことを、とでも言うように首を傾げるG11。

 何でもないよ、と誤魔化してシェイクを口に含む。甘い。とても甘くて、美味しい。

 

「あぁーもう、どうしたら指揮官から416を取り返せるんだろう」

 

 それではまるで、ノアが能動的に416を徴用し独占しているかのようだ。

 苦笑してしまう。

 自分にとってはあまり深刻に思えない、ただの我儘と断じてもいいような内容だが。

 初めてできた友人の悩みだ。解決のためにできることがあるなら、自分の我儘のために躊躇うべきじゃない。

 リベロールは軽く咳き込んで――やっぱりもう一度咳き込んで、自分の考えを口にした。


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