WinterGhost Frontline   作:琴町

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傍にいる理由・前篇③

 ノアと416、G36だけの執務室。差し込む西日を嫌って閉めたカーテンからは、差し込む橙色は既に無い。

 旅行代理店の安全保障計画書に目を通しながら、ノアは訊ねた。

 

「そういえば、昨日。初めての孤児院訪問はどうだった?」

「まぁ、有意義だったわ」

 

 街の警備のシフトを組む416は、どこかおかしそうに目を細める。何か面白いことでもあったのだろうか。

 疑問を口にすると、416はいよいよ笑顔で肯定した。

 

「そうなのよ。45のヤツ、昨日はなんだか機嫌が悪かったんだけど。

 子供たちと顔を合わせた途端、男の子たちに跳び付かれてね」

「あぁ、想像できるよ。

 ルーカスあたりが『何その腕カッケー!』とか言ってたでしょ?」

 

 ノアが少年の物真似をしてみせると、416がやや食い気味に手を叩く。

 

「そうなの!

 アイツったら、目を丸くしてされるがままだったんだから!」

 

 416は笑いを堪えられない様子で、口元を隠してくつくつと笑った。彼女がここまで破顔することは珍しい‥‥というか、声を上げて笑う彼女など初めて見た気がする。そのときの45は余程意外な姿を晒したのだろう。少し見てみたかった。

 後ろに控えていたG36が、腕時計を一瞥してから口を開く。

 

「416、そろそろ時間ですよ」

「あら、本当。

 でも、行く前にこれだけ終わらせるわ」

 

 そういえば今朝、416が何人かの人形から誘いを受けているのを見た。

 相手は確か‥‥

 

OTs-14(グローザ)とコンテンダーだっけ?」

 

 あの二人は、“猫の鼻”における宝塚系イケメン――こう表現して伝わる相手は、もうほとんどいないけれど――の筆頭だ。ノアから見てもカッコいいのだから、もうどうしようもない。実際、ここの人形の中には本気で彼女たちに惚れている子もいるはずだ。

 彼女たちと416が揃ってグラスを傾ける図は、さぞかし絵になることだろう。

 

「えぇ。飲みに誘われたわ。Springfieldのバーでね。

 指揮官もどう?」

 

 ノアは一瞬頷きかけたが、大切な用事を思い出して首を振った。

 

「ごめん、今日は先約があってさ。

 また機会があれば誘って」

「あら。残念だけど、そうするわ」

 

 トントン、と書類の角を揃える。クリップで留めたその束を手渡して、416は部屋を辞した。

 安全保障計画書の不備があった箇所に蛍光ペンで線を引いて、ペラリとその紙を脇へ置けば、残る業務は一つだけ。

 

「さーて、こっちもさっさと終わらせないと」

「お手伝いいたしましょうか?」

 

 G36の申し出は遠慮した。

 リベロールとG11から頼み込まれて、明日からG11にも日々の業務を少し任せることになった。そのために、まずは彼女に頼める仕事のリストアップから始めたのだ。

 G36はあまり彼女と接したことが無いはずだから、任せるわけにもいかないだろう。

 そう伝えると、彼女は目を伏せた。

 

「かしこまりました。申し訳ありません、差し出がましいことを」

「いやいや、申し出自体は有難かったから。また今度、何かお願いするね。

 けど今日のところは他にすることも無いし、休んで大丈夫だよ」

 

 その言葉を受けて、G36も執務室のドアへ向かう。が、そこで足が止まる。

 

「‥‥ご主人様」

 

 言おうか言うまいか、躊躇うような呼吸が入る。

 やがてこちらを振り返った凛とした顔立ちには、何かを慮る影が差していた。

 

「どうしたの?」

「‥‥僭越ながら申し上げます。

 ご無理をなさってはいませんか?」

 

 思ってもみない質問だった。

 しかしG36の視線には、確信めいたものがある。

 ノアは目を瞬かせて首を傾げた。

 

「無理なんてしてないよ。

 それはキミが一番よく知ってるんじゃない?僕の着任以来、ずっと近くで見てくれてるんだからさ。

 でも、心配してくれてありがとね」

「‥‥感謝など、私にはもったいないお言葉です。

 それでは、失礼いたします。ご主人様も、あまり遅くならない内にお休みください」

 

 メイド服の背中が、惜しむような速度でドアの向こうに消えた。

 ノアは深い溜息を吐いて、デスクの引き出しから手鏡を取り出した。目の下の隈がきちんと隠れているか確かめる。

 ‥‥問題なし。やはり、Five-sevenお勧めのリップチークとAA-12御用達のコンシーラーは信頼できる。

 

「目がいいのは416だけじゃないか‥‥振る舞いの方にも気を付けないと。

 声のトーンが落ちてたか?調整しなきゃ‥‥」

 

 反省終了。彼女が来る前に、G11の仕事一覧を作っておかなければ。

 ノアは明後日以降に取り掛かるつもりだった業務を思い出して、急がないものから順に書き留め始めた。


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