「ねぇ指揮官、ここってどうすればいいの?」「ん、見せてご覧」
「ねぇ指揮官、コレ凄くめんどくさいよ」「そっか、じゃあ僕がやっとくよ」
「ねぇ指揮官、コレどういう意味?」「えっとね、これは‥‥」
G11の甘えるような声が、執務室に絶えず響く。
G11の就労体験、一日目である。
一応、期限が遠い仕事の中から簡単なものをピックアップしたつもりだった。しかし、簡単だろうと複雑だろうと役所仕事であることには変わりない。出撃と違って何の刺激もない業務は、この上なく退屈だろう。G11は始めこそワクワクしているような様子を見せていたが、五分後にはこの有様だった。
「ねぇ指揮官、この‥‥これって何したらいいの?」
「表が二つあるでしょ?それを見比べて、収支が合ってるか、矛盾が無いか、改竄が無いか確認するの」
「えぇ‥‥めんどくさいよ‥‥」
「あっは。気持ちは分かるけど、もう少し頑張ればお昼ご飯だよ」
嘘だ。実際はまだ業務開始から三十分も経っていないから、昼食はまだまだ先の話。
断っておくと、ここまではノアの想定内なのだ。毎度G11の相手をしながらでも、ノアの作業効率はさして落ちない。同時に二つ以上のことを考えるという得意技は、こういった状況で非常に役立つ。
しかし問題は、ノアと同じくらいの速度で書類を捌いている副官様である。G11が弱音を口にするたびに、連山の眉は険しい渓谷を生み出し、こめかみは青筋を描き出す。これでは、彼女の怒りが榴弾の如く炸裂する未来も遠くない。
そして、そんなノアの予想通り。都合二十六回目の「ねぇ指揮官」が、416のトリガーを引いた。
「――いい加減にしなさいッ!」
416の怒声が窓ガラスを叩く。G11はもちろん、ノアもビクリと身を正した。この空間内で唯一涼しげな佇まいを崩さないのは、我関せずという顔で後ろに控えるG36だけだ。
「G11!さっきから指揮官に頼ってばかりじゃない!少しは自分で考えなさいよ!」
「だ、だって‥‥」
「お黙り!」
あまりの気迫に、言葉を失う。怒った416はこんなに怖いのか、と冷や汗が噴き出た。
先程までよりむしろこの空気の方が仕事にならない。ノアは手を止めて、どうやって416を宥めようかと思考を走らせる。
しかし、その間にも416の雷は轟き続ける。
「アンタね、どれだけ指揮官に迷惑をかけたら気が済むわけ!?
自分から頼んでおいて何なのよその体たらくは!
やる気が無いなら出て行きなさい!」
「‥‥ごめんなさい‥‥」
俯いたG11の目には涙が浮かんでいる。今にもぼろぼろと泣き出してしまいそうだが、必死に堪えているようだ。鼻をぐじぐじ言わせて、小さな手をぎゅっと握り締める。
その表情を見た416は一瞬息を呑んだが、「ふんっ」と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
G11がとぼとぼとドアへ向かう。ノアがその背を追って立ち上がると、今度はこちらにペリドットの眼光が突き刺さった。痛い。
「貴方も悪いのよ、指揮官。
貴方がアイツを際限なく甘やかすから、アイツもつけあがって甘えるの!」
「あっはいスミマセン‥‥」
五秒にも満たない離別を経て、情けなく椅子と再会する。
しかしどうしても、G11が消えたドアの向こうが気になってしまう。
「ねぇ416、何もあそこまで厳しく――」
「口より手を動かしなさい。
午後にも予定があるんでしょ?さっさとしないと仕事終わらないわよ」
ぴしゃりと遮られてしまった。
確かに彼女の言う通り、この後は何人かの人形と予定がある。G41との散歩や、UMP9・MDR・RFBとゲームをする約束。その前にはシノやFALの買い物に付き合う。
まずは今日の予定を全て終わらせよう。それから都合が合えば、G11と少し話をしておくべきだ。
そもそも、G11がこんな行動に出た理由は既に察しがついている。このままでは彼女の目的は果たされないはずなので、何とか解決しなければならない。
ノアはそんなことを考えながら、対鉄血防衛線維持プランを更新した。