何とか、泣かずに済んだ。
G11は鼻をすんすん鳴らしながらも、第一医務室まで辿り着いた。
執務室から最寄りの昼寝スポットであり、昼寝友達のリベロールが一日のほとんどを過ごす場所。
416よりも少し低い体温を拠り所にして一眠りすれば、とりあえずこの気分はリセットできるだろうという算段だった。道中、何人かの人形とすれ違って、その度に心配の声を掛けられた。「何でもない」とか「大丈夫」と答えたが、きっと説得力は無かっただろう。
「G11、どうしたの‥‥?」
目論見は、上手くいかなかった。そもそも上手く眠れなかったし、眠れずに身じろぎする自分を放っておいてくれるほど、この友人は薄情ではない。
このままうじうじしていても、リベロールの静養を邪魔するだけだ。G11は恥を忍んで、先程の出来事を語った。
「私、何もできなかった。指揮官は一度も私を叱らなかったけど、416の言う通り。迷惑かけるばっかで、416を怒らせちゃった」
リベロールは「そっか」と呟いた。枯れ枝のような腕を重たそうに持ち上げる。
何をするつもりだろうと疑問を抱く程度には長く、それを口にする間が無い程度には短い時間をかけて、G11の頭に小さな掌が乗った。
「リベ‥‥?」
「大丈夫。私に比べたら、大した迷惑じゃ、ないと、思うよ」
ぎこちないが、どこまでも繊細な手つきで撫でられる。そのリズムは人間の心拍とおおよそ等しい。
G11は知る由もないが、これはリベロール自身が何度もしてもらった撫で方。
その効果は抜群で、意識が弾みをつけて沈んでいくような感覚を、G11は覚えた。
「416も、指揮官も。謝ればきっと、許してくれる。
だから、今は‥‥私で、我慢、してね」
全身を包み込むような睡魔が、愛しき眠りへと誘う。このまま目を閉じていれば、二秒以内にシステムはスリープモードへ移行するだろう。いつものように惰眠を貪ることができる。
しかしG11は、温もりに抗ってリベロールの手を取った。
サイダーのような瞳が、驚きに見開かれる。
G11は、自分が怠惰であると自覚している。毎日毎日416に叱られることも致し方ない、そう思っている。嫌だけど。
だが、こんな自分にここまで優しくしてくれる友達に、感謝の言葉も言えないのは流石に度が過ぎると思うのだ。
しかし眠いものは眠い。浮遊する意識と上手く回らない呂律で、何とかその言葉を形にする。
「ありがとう、リベ。
今度、一緒に枕買いに、行こ。しんどかったら‥‥私が買ってきて‥‥あげる」
よく頑張った、自分。
言いたいことは言ったので、友人がくれたこの微睡みに身を任せる。
G11が完全にスリープモードへ移行する直前、聴覚センサが拾った小さな声は、予想通りの内容だった。
「‥‥感謝すべき、なのは。私の方、だよ」