WinterGhost Frontline   作:琴町

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猫の鼻③

 限界まで音量を絞ったインカムから、気前のいい斉射音が流れてくる。

 ノアは工廠内のダクトを這い回っていた。

 I.O.P.製・鉄血製を問わず、戦術人形には電力と熱源(カロリー)が必要だ。

 つまり酸素は必要ないわけだが、無酸素空間を作るにはコストがかかる。

 鉄血側も工廠を無酸素状態にするメリットを見出さなかったようで、この工廠に張り巡らされたダクトは工廠内ほぼ全ての空間に繋がっていた。

 一つ一つの部屋を視覚と聴覚で精査し、戦闘不能の戦術人形か――その死体が無いかを確かめる。それと同時に、頭の中に工廠内の地図を作っていった。

 

(通信によると対象は四名。このダクトは狭くて対象を搬送するには向かない。帰りは工廠の中を歩くしかないか。ところどころで戦闘しながらになるなあ。

 ――うん、僕一人じゃ難しいよね)

 

 ダクト越しに真下の部屋の音を聞いていると、インカムから声が割り込んできた。

 

『こちらSpitfireです。予定の交戦時間を120秒ほど超過しましたが、現在は制圧した廃ビルで休息中です。PKPさんとイサカが外の様子を警戒しています』

 

 流石は優秀な戦術人形たちだ、無事に陽動をし果せてくれた。

 喋ると擦過音や破裂音が響くので、フッフッと息で信号を返す。

 

「(お疲れ様。要救護者を見つけたら連絡するから、そのときは来てね)」

『了解です。それまで問題が無ければここで待機します』

「(おっけ)」

 

 適当に見繕った空室に降り立って、廊下の様子を窺う。

 見回りのものと思われる足音は少なく、何かを捜索している殺気だった空気もない。

 

(やっぱり罠ですよねー!あっはー!)

 

 ノアは泣きたくなった。自分の面倒な性分が災いしなければ、今頃WA2000の焼いたクッキーで糖分補給をしていたはずなのに。――あぁいや、あの子の作る菓子類は美味しいが甘さ控えめだから、そういう面では最適とは言えない。

 潜入前にアイリから分けてもらった棒付きキャンディを口に放り込み、脳内の地図を確認する。敷地と外観から分かる建物全体の広さと、これまで通ってきた部屋を照合すると、調べていない空間はあと1割程度。この調子でいけば、街の洋菓子店が閉まるまでに帰ることができる。エクレアでも買おう。

 丁度部屋の前を一人分の足音が横切っていく。重さと歩調から、自動警戒状態のRipperだと分かった。

 息を潜めて、足音が通り過ぎるのを待つ。

 Spitfireたちに押し付ける負担は、少しでも減らしておいた方がいいだろう。

 一旦強く拳を握って、力を抜く。静かに、そして素早くドアを開け放つ――


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