WinterGhost Frontline   作:琴町

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傍にいる理由・後篇⑤

 G11の小さな足音が、聞こえなくなるのを待つ。できれば彼女を驚かせたいから、月を見上げて呆けている演技をしておく。

 残るのは木々の囁きばかり。念のため、さらに三十秒待機。

 そろそろいいだろう。

 ノアは後ろの物陰に声を掛けた。

 

「――ということだって、416。

 今日のことは、もう怒らないで上げてね」

「‥‥分かってるわよ。

 私も、キツく言い過ぎたかもしれないとは思ってるもの」

 

 夜の闇よりも一つ濃い射干玉の陰から、見慣れた銀髪と赤い涙が姿を見せる。

 月光が416の周りを流れ落ちていくので、まるで水の壁を潜り抜けてきたかのようだった。

 隣に腰を下ろす彼女の横顔に、驚いた様子はない。どうやら演技は見抜かれてしまっていたらしい。

 芥子粒ほどの悔しさを飲み込んで、訊ねる。

 

「それにしても、今朝はどうしたの?

 普段は戦闘中でもあそこまで怒らないでしょ」

 

 416は当たり前のことを今更言わせるな、という表情で肩を竦めた。

 

「大声で怒鳴ったら敵に位置がバレるじゃない」

 

 なるほどそれは道理である。流石は完全無欠の戦術人形。

 しかし彼女の言葉の裏を返せば、いつもあのぐらい怒りたいということか。ノアは冷や汗を引き攣った笑いで誤魔化した。

 416の視線が脇に泳いで、「あと‥‥」という呟きの後に何やら口籠る。

 言いたいことがあるなら言えばいい、と視線で訴える。それでも416は少し躊躇って、

 

「‥‥私が副官になるってときは散々渋ったくせに、アイツの頼みはすんなり聞くのね」

 

 不機嫌そうな声で、そんなことを言ったのだ。

 夜陰に煌めくペリドットを細め、唇を尖らせているその表情は、なんて――

 

「可愛らしい理由だなぁ」

「もうっ!そうやって褒めそやして誤魔化そうったって、引っ掛からないわよ!」

 

 危ない。

 今の一瞬、ただ彼女の可憐さに突き動かされて、真顔でとんでもないことを口走ろうとしていなかったか。

 ノアは内心で自らを叱責して、いちごオレを口に含んだ。

 人差し指を立てる。

 

「それについてはちゃんと理由があるよ。

 G11が『執務室でできるような仕事をくれ』って言って来た時点で、彼女の目的が分かってたからさ。

 ま、さっきの話を聞いてた誰かさんなら分かってると思うけど」

 

 416がうぐ、と息を詰まらせた。冗談だよ、と笑って見せると少しむくれる。年頃の少女らしい仕草が、ノアの意識をぐらりと揺らす。

 少し深く息を吸うと、微風に乗って鼻腔を擽る香りが、いつもと違うように思われた。

 スンスンと鼻を鳴らすと、416の華奢な肩がピクリと跳ねる。その態度で確信した。

 

「シャンプー変えたんだ。チューベローズかな、コレ」

「よ、よく分かったわね」

「そりゃ当然。全然違うもん」

 

 ノアが胸を張ってみせると、416は不安そうにこちらの顔を覗き込んでくる。「もしかして、前の方が好みだったかしら」

 その上目遣いにたじろいだことを隠したくて、両手を振る。

 

「いや、そういう意味じゃなくて。

 前はなんかこう‥‥ほんのり石鹸の香りがするだけだったじゃん。

 それが今はすごく甘くて美味しそうな匂いがするっていうか‥‥。

 あぁもちろん前のもいい匂いだったけどね!」

 

 焦りに駆られて早口でまくし立てる。

 こちらの顔を覗き込んでいた416は、目を見開いたまま呆けている。

 かと思えば、桃色の唇が意地悪そうに弧を描いた。

 

「そんなに私の髪の匂いを気にしてたの?

 とんだ変態ね。ふふ」

「んえっ」

 

 軽く鼻を摘ままれた。

 頬に熱を感じながら、ノアは抗議の視線を送った。それでも416はどこ吹く風で、楽しそうに笑っている。

 時は既に深夜。

 他愛のないことで笑い合う二人の囁きは、木々のざわめきに包まれて、月明りの中に溶けていく。

 

 

※その後のおまけ

 

【挿絵表示】

 

 

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