WinterGhost Frontline   作:琴町

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傍にいる理由・後篇⑦

「次の課題は、“絶火(ゼッカ)”を使い熟すことだね。

 具体的には、射撃姿勢を解除せずに“絶火”で走り回って、敵の攻撃を避けながら反撃の隙を窺うこと。

 それと、毎回同じ距離を落ちていたら敵に間合いを学習されて偏差射撃の餌食になる。

 色んなタイミングでブレーキを掛けて、毎回違う距離を走るようにした方がいい」

 

 昼食前にお腹を空かせようとやって来た第二訓練場。

 悔しそうにこちらを睨む416に、ノアはスポーツドリンクを差し出した。

 

「今日も、一発も当てられなかった‥‥」

「でも結構惜しかったよ。七四発目なんて本当にギリギリだった。

 あの精度で二十発も撃てば、僕くらいには当たると思うよ」

 

 視線が険しくなった。褒めたのに。

 416は姿勢を正して、頬に張りついた髪を払った。一見気障ったらしい仕草でも、彼女がやると堂に入って見える。ぴっちりと全身を包むトレーニングウェアのせいで、やたらとボディラインが強調されている。‥‥銃弾と銃口、416の視線以外に一瞬でも意識が向かっていたならば、あの弾丸は眉間に刺さっていたかもしれない。

 そんなノアの心境なぞ知らず、416が時計を見上げた。

 

「“絶火”を使った回避ね‥‥分かったわ。

 まだ時間もあるし、今日は近接攻撃から逃げるのを想定してやってみたいのだけど」

「そうだね。撃ち合いでの運用は他の子と模擬戦でもした方がいい。

 ナイフでいい?」

 

 ノアの予想に反し、416はかぶりを振った。「徒手でお願い」

 つまり、彼女が想定しているのは対トーチャラー戦なのだろう。銃火器を携えていて当然の鉄血人形でありながら、一切の武器を用いることなく416を完膚なきまでに叩きのめしたハイエンドモデル。

 いつか再び()の人形に挑む以上、格闘特化戦術への対策も必須というわけだ。

 ノアはその申し出を了承して、靴紐を確認した。

 およそ二百メートル、距離をとる。ノアが一瞬で潰せる間合いでもあり、416の銃撃が十分当たりうる間合いでもある。

 

「それじゃあ、今からキミを襲う。

 僕が使っていいのは“絶火”と“秘刃(ヒバ)”だけ」

「“秘刃”‥‥指で銃弾を弾く技よね?」

 

 本来はより苛烈で残虐な攻撃技なのだが‥‥彼女の言う通り、ノアは専ら身を守るために使う。

 詳しい術理は説明していないから、そう理解したのだろう。

 ノアは頷いて、右足を引いた。

 

「僕が使う攻撃は蹴りだけ。慣れてきたら他の技も解禁する。まぁ、焦らずやっていこう」

「よろしく頼むわ」

 

 416は毅然とした表情で腰を落とした。セーフティを弾いて外す。

 ノアはニコリと微笑んで、地を蹴った。小さな衝撃波が、足元の像を陽炎のように歪ませた。

 

「――ッ!」

 

 416が咄嗟に“絶火”で後ろへ落ちる。彼女の首があったところを、ブーツの残像が駆けた。

 ただの回し蹴りだが、鉄血の雑兵ならば今ので確実に仕留められる、そんな一撃だ。

 足が上がって無防備なところに、NATO弾の群れが殺到する。

 蹴りに使った回転の勢いで身を翻す。自分に当たりそうなものだけ選んで、親指・人差し指・小指の“秘刃”で弾く。中指と薬指で挟んだ弾は、投げ返して飛来する弾にぶつけて叩き落した。

 416を一瞥する。今の一瞬でどっと汗を掻いたようで、その面持ちは険しい。

 超音速の世界に対する恐怖が滲んだ表情を見るだけでも胸が痛むが、心を鬼にして追撃する。

 “絶火”を連ねて駆けた。右に大きく、左に小さく、再び右へ。背後を掠める弾丸は無視。偏差射撃への対策として、上下の動きも織り交ぜていく。

 スタン宙捻りで逆さまになった光景、ノアは感嘆に片眉を上げた。

 416の視線が、少し遅れてはいるが自分の後を追えている。“絶火”を使えるようになったことで、動体視力も追いついてきたらしい。

 いっそのこともっと速い技を見せたら、単純な“絶火”程度の速度にはすぐ慣れるだろうか。

 

(“烈火”を試してみるか)

 

 着地後間髪入れず、三回分の“絶火”の勢いを乗せて飛び蹴りを放った。直線的な蹴りではなく、蛇のようにうねる一撃。416から見て左から這い上がるように、ブーツの底がグリップを握る手に迫る。

 

 そこで、異変に気が付いた。

 

 416の目が焦点を結んでいない。蹴りの起こりは視認できていたはずなのに、視線がノアから外れている。顔は色を失い、体は強張ってしまっている。

 このままでは愛銃ごと416の右手を吹き飛ばしてしまう。慌てて腹筋に力を籠めた。体の中で流れていた勢いを無理矢理真上へ曲げて、ぐるんとエセ側宙を切る。

 ガン――ッ!!

 ブーツの底がコンクリート製の床に刺さる。無茶な軌道変更が祟って、脚に反動が返ってきた。

 膝がもげそうな激痛を噛み殺して、416の肩に手を添え座らせる。

 震えている。奥歯が噛み合わなくなり、ガチガチという音が口の奥から漏れ聞こえた。

 初めて会った日に見た症状。ノアはあの時のことを思い出して、咄嗟に華奢な体を抱き締めた。自分の鼓動を聞かせながら背を撫でる。体中から噴き出していた汗はぞっとするほど冷たく、あの傷の深さを訴えていた。

 

「大丈夫、落ち着いて、416‥‥!」

「っ、あ‥‥」

 

 しばらく呆然と荒い息を繰り返した後、震えはゆっくりと収まった。

 ノアの胸を弱弱しく押し返しながら、小さな声を発した。「平気‥‥だから‥‥」

 今の様子を受けて、どうしてその言葉を信じられると思ったのか。

 目を合わせて、「嘘を吐くな」と言外に訴える。

 

「トラウマ、まだ残ってたんだ。考えてみれば当然だけど‥‥最後の蹴りでフラッシュバックしたの?」

「‥‥その、角度とか速度が、あまりにもアイツのと似ていたから」

 

 ――え?

 “烈火”は、“絶火”の勢いを乗せた上でインパクトの瞬間にもう一度“絶火”を放つ蹴打である。様々な角度から放つことができるが、最終的には靴の底が対象にぴったりと触れるように調整する。要するに「亜光速で飛んで行って横向きに踏んづける」技だ。力を伝えやすくするために途中で膝を曲げるという術理の影響で、途中でぐっと曲がる軌道を描く。ノアの師が編み出した変態じみた蹴りであり、如何なる流派にも類似した技は無いはずだ。しかし、416が見間違えたという線も考えられない。

 と、いうことは。

 ノアは、愕然と目を見開いて独り言ちた。

 

「トーチャラーは、“烈火”を使ったのか……?」

 

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