WinterGhost Frontline   作:琴町

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幕間に投げられた思い出話・その一 ③

 UMP45は、ノア=クランプスを信用していない。

 絶体絶命の危機から自分たちを救ってくれたことには感謝しているが、それとこれとは話が別だ。普段の振る舞いの胡散臭さもさることながら、彼のスペックに対する違和感がどうしても拭えない。背後からの銃撃を徒手で逸らしたあの技術や、Super-Shorty捜索の折に見せた莫迦げた疾走。あれは、ただの軍人くずれが何の肉体改造もなしにできる所業ではないだろう。しかも人形たちの話を聞く限り、彼は単独で鉄血ハイエンドを殺すことも珍しくないらしい。何ソレ。

 というわけでここ数日、尾行や盗撮といった手段でノアを監視しているが、彼の素性に関する情報はまるで手に入らない。

 何とか努力の甲斐あって、基地の出撃記録やノアの戦闘履歴を発見したのが三日前。ヘリアンに確認した情報と比べて五倍以上の交戦報告や、当然のように記された「週間撃破数:ゲーガー・二、アルケミスト・七、ハンター・十八、デストロイヤー・七。交戦者:ノア=クランプス、IWS 2000」の文字列には仰天したが、それ以上に恐ろしかったのは――

 

(何よ、この作戦プラン。印刷すれば事典にでもなるんじゃないの)

 

 タブレットに表示される文字の濁流に、45は眉間を揉んだ。

 ノアのプライベートPCに保存されていた、戦術シミュレーションとそれに応じた交戦規定及び作戦計画。一日の出撃につき五百に上る数の策が編まれており、それが毎日毎週欠かさず続いている。敵部隊の位置予測も完璧で、この作戦集を人形たちにダウンロードさせておくだけでも完全勝利は容易かろうというものだ。

 しかし、そういった作戦全ての末尾には、「あまり当てにしないように。予想は所詮予想でしかないからね」という句が添えられていた。これだけ緻密で欠缺の無い作戦を立てておきながら、何故最後に放り投げてしまうのか。

 戦術予想専用のスーパーコンピュータでも隠し持っているのかと疑って基地中を探し回ったが、どこにもそんなものは無かった。そして先日45自身が出撃する際に、四十八の交戦規定と戦闘プランをその場で編み上げるノアを見てから、少なくとも戦術指揮における彼の実力は疑いようがなくなった。

 タブレットから目を離して、ソファに体を沈める。

 丁度そのタイミングで、玄関のドアが開く音がした。45以外の小隊メンバーが帰って来たのだ。何やら買い物だと416は言っていたが、わざわざ三人で行くほどのものがあるだろうか。

 バタバタという足音と、416の怒声が聞こえる。ちょっと9運ぶの手伝いなさいよあとちょっとじゃないの。

 

「ただいまー!45姉、ただいまー!」

「はいはい。お帰り、9」

 

 今ではすっかり45にとっての妹となったUMP9が、勢いよくこちらに飛び込んでくる。迎えて頭を撫でると、嬉しそうに目を細めて頬をこちらの胸に擦りつけてくる。もし彼女にイヌ科動物の尻尾があれば、きっとブンブンと勢いよく振り回されているだろう。

 荷物を放り出してリビングへ戻ってきた9に一足遅れて、腕一杯の紙袋を抱えたHK416とG11が姿を見せた。

 

「ふげ‥‥重いよぅ‥‥」

「ほとんど私が持ってるでしょうが」

 

 食卓に紙袋を置いて、G11もソファに身を投げてきた。端に寄ってスペースを作りながら顔を上げる。片付けの手伝いは期待していないのだろう、416がてきぱきと戦果を冷蔵庫へ仕舞っていく。

 

「今回は随分たくさん買ったね~。安売りでもしてたの?」

「それは‥‥」416が目を逸らす。

「そう!416ったら何回訊いても全然理由を教えてくれないんだもん、いい加減教えてよ!」

 

 胸の中から拳を振り上げる9の訴えもあってか、416は諦めたように溜息を吐いた。「‥‥そうね。どの道アンタたちの許可もいるものね」

 404小隊全員の合意を求める案件とは、一体何事だろうか。首を傾げても、思い当たる節は無い。

 

「‥‥次の日曜、指揮官は久し振りの休みなのよ」

「へぇ、そうなんだ。珍しいね」そう相槌を打ったものの、45もそのことは知っていた。尾行の戦果だ。

「最近は中々余裕があるから。

 それで、その‥‥」

 

 頬を赤くしてあらぬ方向をあっちこっち見回す416の姿に、45は彼女の意図を充分理解した。

 9が目をキラキラさせて叫ぶ。

 

「もしかして、指揮官を呼んでみんなでご飯食べるの!?いいね!

 ねぇ、45姉もそう思うでしょ?」

「そうね」

 

 416やG11と違って、9は別段ノアに懐いているわけではない。しかし、機会さえあればみんなと仲良くなろうという姿勢が彼女のスタンダードであり、ノアに対してもその基本法則は揺るがないのだろう。45がノアのことを警戒していることを察して、積極的に接触しようとしないだけで。

 45にしても、ノアのことを警戒こそすれ、嫌悪や憎悪を感じているわけではない。寧ろ、同じ食卓につけば彼に関する情報を集めるきっかけになるかも――

 

「私は別に構わないよ~」

「やったぁ!G11は?どうかな、指揮官とのご飯!」

「うゅ‥‥さんせー‥‥」

 

 そのやりとりを見て、416が胸を撫で下ろす。元々反対するとすれば45だけとは思っていただろうが、404の全員が了承しなければ彼女は今回の件を断念していただろう。そう予想できる程度には、45は416の律義さを信頼している。

 

「それで、何を買ったの?」

「えっとねー、お肉とか、香辛料をたくさん!それとバゲットもいっぱい!

 他にも色々買ったよ!」

「‥‥‥‥」

「それはっ、こっちから呼んでおいて大してもてなせなかったら、指揮官が肩透かしを食っちゃうじゃない」

 

 ニヤつく顔を隠さず416を見れば、彼女は早口で訴えてきた。

 

「別に何も言ってないよ~?」

「顔がうるさいのよ!」

「ひど~い」

 

 猫撫で声の抗議を無視して、416は食材を片付ける。その横顔に期待が滲んでいるのを見て、45は内心で嘆息した。

 416は美人である。というか、戦術人形は皆可憐で美しい。45にもその自覚はあるし、この顔を武器にして他の指揮官に媚を売ったこともある。

 その一方で、自分たち404小隊は人間を信用していない。どんなに心を許した振りをしていても、この体に触れることは許さない。それは自分だけじゃない。9もG11も、416だってそうなのだ。

 今まで何人の指揮官が、もっともらしい理由を付けて自分たちに愛を囁いた?

 まったくもって莫迦らしい。外見で一体何が分かる?過去を黙して心を閉ざす自分たちの、何を以て「好きだ」などとほざけるものか。

 もう一度、416を見る。ARディスプレイに表示されるレシピを確認しながら、てきぱきと夕食の用意をしている。きっと、今日は本番に向けての習作がテーブルに並ぶことだろう。

 いくら優秀とはいえ、たかが一人の男のために努力するその姿に、45は確かな苛立ちを抱いた。

 

「45姉?どうしたの?」胸の中の9が、45を見上げて眉尻を下げている。

「何でもないわ、9」ひょっとすると滲み出ていたかもしれないその感情を、一瞬で笑顔の裏に封じ込めた。怒りとは、表に出しては何の意味のない感情だと理解している。己の内で燃焼させてこそ、この体を突き動かすことができるのだ。

 曲がりなりにも404小隊は皆家族であり、この世界で唯一と言える自分の居場所。どこの馬の骨とも分からないポッと出の指揮官に、壊されてたまるものか。

 必ず、その化けの皮を暴いてみせる。

 UMP45は、ノア=クランプスを信用していない。


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