WinterGhost Frontline   作:琴町

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幕間に投げられた思い出話・その一 ④

『本当に良かったの?指揮官置いて来ちゃってさ』

「いいのよ。あの人だって忙しいはずだし、偵察は私たちの仕事でしょ?

 そろそろ敵陣に入るわ。また後でね、MDR」

『ほいほ~い』

 

 日の光はまだ稜線の向こうに揺蕩っている。

 いつでも発砲できるよう、銃口をほんの少しだけ下げて目的地までの経路を確認する。正規軍駐屯跡地はこのすぐ先だ。

 “猫の鼻”南方に駐屯していた正規軍の無人兵器部隊が、一晩の内に壊滅した。

 夜中の散歩に出ていたグローザが、爆発音を聞きつけてその現場に行き着いたらしい。そして報せを受け取ったノアが急遽“二偵”を呼び出したのが、約三十分前のこと。

 

『あれだけの戦力が一夜で殲滅されるのは異常だ。“欠落組”の仕業である可能性が高い。

 となると鉄血側も情報を集めに来るだろうから、早い内に手掛かりを集めよう。痕跡を破壊できるとなお良しだ』

 

 とはノアの弁。

 そして現在、砂とアスファルトの混じった地面を、UMP45たちは音を殺して進んでいた。

 

『その先、敵の反応二つあり。建物の陰で狙撃は不可能です、気を付けて』

「了解」

 

 T-5000からの通信を受けて、曲がり角の向こう側を警戒する。後ろについてきている9に、ハンドサインで「この先交戦。消音装備確認」と促した。

 妹の準備が整うのを待って、再び足を進める。敵は自分たちに気付いていない。このままいけば、先制攻撃ができるはず。

 しかしその予想を裏切って、先に曲がり角の向こうから二体のBruteが飛び出してきた。全身から迸る蒼いスパークは、最速調整(ソニックモデル)の証。思わず舌打つ。

 向かって左の敵を9が狙うのは分かっているから、45は右のBruteの脳天を撃ち抜いた。

 一拍遅れて、背後で窓が割れた。

 慣性で飛んでくる死体を避ける、その隙をついた強襲。T-5000とK5は遠方から狙撃支援と観測役、MDRはもう少し後ろで退路を確保している。自分たちの反応は間に合わず、どちらかは不意打ちの餌食となることがこの瞬間確定し――

 びしゃり、という音が聴覚を刺激した。

 振り返って照準を向けると、自分たちの背後を取っていたゲーガーは腰の辺りで真っ二つに断裂し、人工体液とスパークを振り撒きながら道の脇に転がっていた。

 

「うーん。やっぱり、向こうの方が気付くのは早かったね。既に部隊を展開されてる。

 といっても先遣隊か。無人機を回収するための本隊が来る前に帰らないと」

 

 Bruteがいたはずのところに佇んで、ノアが手についた返り血を舐めている。残心の姿勢から、回し蹴りを放ったのだということは分かった。

 真顔で「鉄血製の人工血液って薄いよね。いかにも濃そうな名前してるのに」などと呟くので、45は頬が引き攣るのを抑えながら、笑顔を作って訊ねた。

 

「どうして貴方が来てるの?指揮官」

「一緒に行くって言ったのに置いていくから、走って追いかけてきたんだよ」

「‥‥はぁ」

 

 だからそもそもお前が来ること自体がおかしいんだよ、とは言っても伝わらないのだろう。

 追いつかれてしまった以上仕方がない。45は諦念を口から吐き出して、ノアに背を向けた。

 

「まぁいいわ、後で416に叱られても知らないから。

 行きましょ。9、準備はいい?」

「うん!指揮官も一緒に頑張ろうね!」

「お~」

 

 その後の道のりは何とも楽だった。何せ、一度も発砲せずに済んだのだから。敵の気配を感じて銃口を向ければ、Vespidの胸からノアの手が生えていたり、Aegisの頭部をノアのブーツが吹き飛ばしていたり。

 返り血を袖で拭う彼の表情を窺うと、どこかいつもより活き活きとしている。

 考えてみると、最近のノアはあまり前線に出ていない。いや、それが指揮官の本来あるべき姿なのだが、彼にとっては久し振りに暴れられるのが楽しくて堪らないのかもしれなかった。

 それからおよそ十分の後、三人は鉄血陣の最奥と思しき大型テントに踏み込んだ。昨夜の事件現場をある程度保存しているのだろう、焼け焦げ抉れた地面はそのままに、無人機の残骸だけ集めてある。

 ノアが足を止め、派手に咳き込む。

 

「ごほっ、ごほっ!」

「指揮官、大丈夫?」

「平気平気。ちょっと埃っぽくて噎せただけ」

「鉄血の連中に衛生なんて観念は無いからね‥‥。外で待つ?」

「いや、僕もここに用があるから」

 

 45は二人の遣り取りを聞き流しつつ、無人機の残骸からメモリを取り出した。ユニバーサルポートにコードを繋ぎ、データのサルベージに取り掛かる。

 

「こちらUMP45。サルベージを始めるよ」

『こちらK5。潜入限界予想時刻まであと三二〇秒。急いでね』

「了解」

 

 一方でノアは、無人機の残骸よりも周辺の弾痕や焼け焦げた地面に興味があるらしかった。辺りをぐるぐる歩き回りながら、つぶさに戦いの痕跡を観察している。時折、先程の様に口を押さえて咳き込むので、

 

「ねぇ指揮官、煩いんだけど。作業の邪魔はしないで」

「あっは、ごめんごめ――ごほっ!いやホントにごめんね?」

「はぁ‥‥」

 

 要所要所に持参の爆弾を設置していた9が、眉尻を下げた。

 

「指揮官、本当に大丈夫?近頃もまだ夜は冷えるから、風邪とか引いたんじゃ‥‥」

「あー‥‥多分それだけは無いよ。心配してくれて有難う、9」

 

 ――?

 一瞬、ノアの動きが不自然だった気がした。9の視線から左手を隠すような‥‥

 しかしその違和感に結論を出すより早く、45の内部聴覚に電子音が響いた。メモリ内を走らせていた検索プログラムが、事件当時の映像記録と戦闘ログを見つけたのだ。

 三倍速で再生する。その内容、火の海に佇む異形に、45は絶句した。

 

(何よ、これ‥‥。これが“鏖殺者(クレンザー)”!?)

 

 無機質なフェイスマスクに守られて素顔が見えないだけでなく、全身を包む夥しい数の武装とコンテナによって、敵の素肌は余すところなく覆われている。上部中央に女性と思しき頭部が見えていなければ、鉄血の戦術人形と言われても疑わしい。これでは最早小さな機動要塞だ。AR小隊がなす術もなく壊滅したのも頷ける。

 コイツには戦術人形程度では勝てない。ログによるとここに配備されていた大型無人機は八十三機。その全てが、コイツ一人に殲滅されたことになるのだから。

 45は絶望的な情報を一旦意識の外に置き、深呼吸した。自分にはもう一つ、ここでやらなければならないことがある。

 

『残り一八〇秒。大丈夫?45』

「うん、問題ないよ。大丈夫」

 

 無人機をハブにして、正規軍のデータベースにアクセスする。通信帯域が狭いので、隠し持っていたポケットブースターを起動した。

 

「指揮官、今度映画見に行こうよ!トンプソンが面白いの教えてくれたんだ!」

「いいよ。それにしてもトンプソンから?いつの間に仲良くなったのさ」

「“猫の鼻”の子たちはみんな優しいから。指揮官に似たのかな?」

「僕は別に優しくないと思うけど」

「えぇ‥‥?」

 

 9とノアの雑談を聞き流す。9には今やろうとしていることを一切伝えていないが、図らずもよくノアの気を引いてくれている。

 ノアの観察力は怪物じみているから、違和感を抱かれる前に目当ての情報を見つける必要がある。45は逸る心が体に表れぬよう懸命に抑えながら、データの奔流を掻き分けていく。

 

『あと九十秒!』

「45姉‥‥?」

「大丈夫だから、もう少し待って!」

 

 見つけた。

 思わず声を上げそうになるが、ノアの目があることを思い出して我慢する。

 データを確認すると、プログラムは十五年以上も前――2047年までアーカイブを遡っていた。道理で時間がかかるはずだ。

 ファイル名は『オペレーション・サンタクロース』。様式からして、封印されていたが時効で解除されたもののようだ。

 

(でも、どうしてそんなに昔のファイルが引っ掛かるの?検索キーワードは指揮官のフルネームなのに‥‥)

『45!あと三十秒だよ!』

「‥‥了解。行くよ、9!指揮官!」

 

 詳しい内容を確認するのは後だ。ダウンロードが終わった瞬間にコードを引き抜いて、身を翻す。

 鉄血の陣から全速力で駆け出しながら、45は自分が望んだ成果の異質さに、薄ら寒いものを感じていた。

 


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