WinterGhost Frontline   作:琴町

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猫の鼻④

「なあAA-12。今回の作戦は上手く行くと思うか?」

 

 マガジンパックの残弾確認を終えて、不意にMG5が訊ねてきた。

 自分が話しかけられると思っていなかったせいで、アイリはキャンディを取り落した。

 視線を上げると、MG5の隣ではSpitfireがヘッドホン――今月のボーナスで買ったらしい――を押さえて何やらリズムに乗っている。

 

「あ、えっと。うん、指揮官はコソコソするの得意だし問題ないでしょ。

 難しいのは救出の部分だけじゃない?」

 

 良かった、埃はついていない。包み紙を剥がし損ねていたのが功を奏した。

 MG5は難しい顔をして、膝に頬杖をついて唸った。洗練された獣のような顔立ちの彼女には、その仕草がやたら似合っている。指揮官より男前なんじゃなかろうか。

 

「指揮官が潜入を得手としているのは同意だが。

 それにしても単身でというのはいくら何でも無茶じゃないか?

 いつもならHGかARを一人は連れて行くだろう。ウェルロッドとかな」

 

 包み紙を剥がし、汚れていないか一応再確認して、口に放り込む。

 

「……ほうから(そうかな)、たまたま適役の子が忙しかったんじゃない?

 でもまぁ。そもそも指揮官が前線に出ること自体おかしいわけだけど、あの人めっちゃ出るよね。月に二回くらい?

 もう慣れちゃったけどさ」

「『カラプペ』のアンケートでも、指揮官が前線に同行するのは珍しいから、そういう時はみんな緊張するってさ。

 N04地区の基地ではこないだ、指揮官を誰が護衛するかで喧嘩になったんだって。

 ウチだったら、PKP辺りが『誰か護衛につけろ』って咬みつくくらいだよねー」

 

 K5が読んでいた雑誌を見せながら、会話に交ざってきた。

 『カラプペ』とは、G&Kの広報部から独立した出版社が刊行している、戦術人形向けの月刊雑誌だ。銃のカスタムやアクセサリ、鉄血との激戦の模様、活躍した部隊へのインタビューといった情報から、人と人形の恋愛や人形同士の恋愛を描いた連載小説といった娯楽まで幅広いジャンルを扱っている。

 読み終わったなら貸してくださいな、というイサカの手に雑誌が移り、K5が紙面を覗き込むようにして後ろに座る。さてあの主人公は今回で告白に踏み切るのかしらあぁでももう少しあのもどかしい距離感を愛でたいものですけど。

 同じ部隊に配属されて気付いたことだが、Spitfireが相手をしていないと、イサカは独り言で煩くなる。

 しかし邪魔なほどではないので、そのままMG5との会話を続ける。

 

「やっぱり“猫の鼻(ウチ)”っておかしいのかな?」

「だろうな。そもそもG&Kが戦術人形を採用しているのは、人間が戦闘で死ぬのを避けるためだ。指揮官のやり方はその前提に反している。

 ……でも、彼が来る前のここよりは遥かに良い」

「……確かに」

 

 空気が重くなった。

 端的に言えば、“猫の鼻”の前任者がとんでもない悪人(自分たちにとっての話だが)だったのだ。前任者が死んでノアがやって来るまで、基地の環境や自分たちの待遇は酷いものだった。

 

(嫌なこと思い出しちゃったなあ)

 

 ストレスには対処療法が必要だ。先のキャンディが融けきらぬうちに新しいのを追加する。味を確認しなかったせいで、口の中におかしな味が錬成されてしまった。気分が悪い。

 組み合わせを間違えたキャンディを吐き出そうかと悩んでいると、Spitfireが姿勢を正した。横についているマイクをチャキッと下ろす。カッコいいなあ、自分もあんなヘッドセットでラジオを聞いてみたいものだ。

 

「こちらSpitfire。首尾はどうですか?指揮官さん」

 

 指揮官からの連絡。ということは、状況に進展があったのだろう。

 全員の意識が切り替わり、視線が彼女に集まった。

 

「……了解です、指揮官さんもお気を付けて」

 

 ヘッドホンを仕舞い、インカムを着けながらSpitfireが告げた。

 

「指揮官さんが作戦目標を発見しました。

 みなさん、移動の準備をお願いします」


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