WinterGhost Frontline   作:琴町

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幕間に投げられた思い出話・その一 ⑥

 地元企業の定期予算申請書類をめくって内容を流し読みながら、耳はインカムから流れる戦闘音に集中する。

 前線の部隊に同行している妖精が送ってくる映像を一瞥して、ノアは通話ボタンを押した。

 

「PPKとキャリコは一旦下がった方がいい。それ以上離れると99ちゃんの負担が大きくなる」

『はぁい』『分かった』

「JS9はそこで持ちこたえられる?」

『はい』

「よし。じゃあそこであと五十秒くらい時間を稼いで。その後はキャリコたちと合流して」

『了解』

 

 ボタンから手を放し、今度はソファに腰かけて作業を進める416に声を掛ける。

 

「この企業、去年は四百万申請してたんだよ。どうして今年は五十万少ないんだろ」

「経費削減に成功したんじゃないの?企業努力の賜物じゃない」

「うーん‥‥怪しいなぁ。416、どうやって削減したのか問い詰めてきてくれる?

 惚けられないように、去年の申請書類と決算書の写しも持って行ってね」

 

 肩を竦めて頷いた416は、膝の上で眠っていたG11の頬を軽く叩いた。その上、呻き声を上げる寝坊助の頭を軽く揺する。

 

「ほら、退きなさいG11。私は少し出るから。

 ごめんなさい、G36。コイツにブランケットかけといてくれる?」

「えぇ、構いませんよ」

「ステン、被弾の音がしたよ。大丈夫?」

 

 二人の遣り取りを聞き流しつつ、再びボタンを押す。

 映像を確認すると、ステンは左腕を庇いながら瓦礫の陰に身を潜めているところだった。

 

『左肩に一発貰っちゃいました。でも、これくらいならまだ大丈夫です』

「良かった。でも、前進していいのはそこから四十メートルまで。それより先に出ると、キミの“絶火”じゃ追撃をもらう」

『うぅ‥‥了解です』

 

 指示を出しながらも、事務仕事の手は止めない。新興の製薬企業から来た業務提携案に拒否の返電をしたためつつ、妖精の聴覚を使って敵側の指揮個体を探す。

 G36がココアを用意してくれたので、礼を言ってから一息ついた。

 

「ねーねーしきかーん!お願いがあるんだけど!!」

「指揮官、失礼します‥‥」

 

 しかし、ほっと肩の力を抜けたのは一瞬のこと。ノックもせずに扉を突き飛ばし、スコーピオンが執務室に飛び込んできた。念のために開いた扉を弱々しく叩いて、リベロールがそれに続く。

 ノアは指揮個体のいそうな箇所を絞り込みながら、笑顔で二人の闖入者に応じた。

 

「はぁい、お二人さん。リベはG11とお昼寝かな。

 スコーピオンはバスケのお誘い?」

 

 リベロールはコクコク頷きソファで一人眠るG11の許へ向かったが、スコーピオンは首を振った。長いツインテールが、その動きに遅れてひゅんひゅんと靡く。

 曰く、とあるゲームのキャラクターが二丁拳銃で放つ、「ちょーカッコいい」空中技を真似してみたいらしい。

 目を輝かせたスコーピオンが突き出した端末の画面、赤いコートに銀髪の男がハイテンションな叫び声を上げながらスタイリッシュに暴れ回っている。

 

「“レインストーム”って言うんだよ!」

「‥‥これ、二丁拳銃でできる連射じゃなくない?装弾数もおかしいし‥‥

 あぁいや、問題はそこじゃないな。これが出来たらどうなるの?」

「――楽しい!」

 

 そう宣う満面の笑顔に、ノアは苦笑し頷いた。

 

「まぁ、いいよ。動きの方は一緒に練習しようか」

「ホント!?やったー、指揮官大好き!!」

 

 わざわざデスクを迂回して脇腹に抱き着いてくる。しかし次の瞬間には、G36に引き剥がされて鳴き声を上げた。

 うつらうつらと揺れるG11の手を引いて、リベロールがぺこりと頭を下げてきた。ノアは手を振って、口ではスコーピオンに対応する。

 

「うんうん、僕も大好きだよ~。

 だけどね、これをそのまま再現したら弾の無駄が多すぎる。

 三日くれる?専用のプログラムを作ってみるから」

「ひょ~!やったやったー!!」

 

 怖いメイドの腕をすり抜け(ノアが教えた体術の応用だ)、小躍りするスコーピオン。ノアはタスクが増えたことに一瞬げんなりしかけたが、彼女の笑顔を見て思い直す。

 丁度そのタイミングで、妖精の聴覚を通じて探し物の気配を感じた。

 

「99ちゃん、北西を見て。ジュピター二基の隙間‥‥多分向こうの指揮個体がいる。型はアーキテクトだね」

『わわっ、いました!撃ちますか?』

「うん、やっちまいな。けどその角度じゃ指揮モジュールを抜けない。

 一射目で目標の傍にあるコンテナを撃って、キミを見るために振り向いたところをヘッドショットで詰みだ。PPKとキャリコは二射目の照準補正をよろしくね。

 大丈夫だよ、99ちゃん。落ち着いてやればしくじる道理はないから」

『はい!』『了解したわ』『任せて』

 

 これで、ひとまずこの戦線は片付いた。明日には再構築されているだろうが、それはあくまで明日の話だ。

 しれっとソファに陣取ってゲームを始めたスコーピオンを一瞥してから、G36が声を掛けてくる。

 

「ご主人様、南方の防衛線は如何なさいますか」

 

 先日壊滅した、正規軍の無人兵器部隊の話である。45たちのお陰で、下手人は“欠落組”のクレンザーであることが確定した。トーチャラーも行動を共にしていたはずと考えたので同行したが、彼女のものと思しき痕跡は一切無かった。とするとクレンザーの方は陽動である可能性が出てくるわけだが、いくら確認しても“猫の鼻”およびアンバーズヒルの施設に潜入や破壊工作の痕跡は無い。

 そんなわけで“欠落組”の動向は不安だが、それよりも重要なのはあの駐屯地が破壊された事実である。三方を山脈や川といった自然の壁に囲まれるC■■地区にとって、南方は唯一の平易な出入り口。あそこを通せんぼするものがなければ、E.L.I.Dの侵入を許すこととなる。

 

「大丈夫。シュタイアーとステアーたちがいるから」

 

 もっとも、当然対策はしてある。当基地最強の防衛部隊二つが、交代で南方を守ってくれている。

 今度うんとボーナス出してあげないとなぁ‥‥、と独り言ちて、天井を眺める。そして、緩やかに回転し続けるシーリングファン、その奥に向かって笑顔で手を振った。

 

「‥‥♪」

「何をされてるんですか、ご主人様?」

「何でもなーい。さて、仕事も一段落ついたしお昼にしようか。G36も休んで」

「かしこまりました。一三〇〇(ヒトサンマルマル)には戻ります」

 

――――――

 

「‥‥どうしてバレてるの‥‥」

 

 基地内の監視映像を一括で管理するモニタールーム。埃っぽく暗い部屋の中でモニターの、明かりを浴びていたUMP45は愕然と目を見開いて呟いた。

 この部屋は基本的に立ち入り禁止だ。有事の際の証拠を集めるための設備だが、人形たちのプライバシーを守るためといって封鎖されている。だからこの瞬間、自分がノアのことを監視していることなど、普通は察しようがないはずなのに。

 

「まぁ、指揮官にとってここに人形がいるのはあり得ない事態じゃないからね~」

「‥‥何で貴女もここにいるのかしら、MDR」

 

 視線を向けず同僚に訊ねると、MDRはピースサインを作ってケタケタと笑った。

 

「もし416やG36にナニかしてくれればいいネタになるじゃん」

「趣味悪‥‥」

「ここにいる時点で同じ穴の狢じゃない?45も」

 

 一瞬考えて、思わず小さく笑ってしまった。「確かに」

 そういえば、ノアはここに人形がいても驚かないとMDRは言った。どういうことかと訊ねると、彼女はあっけらかんと答える。

 

「指揮官の写真はね、高く売れるんだ~。

 抱き枕とかに印刷してる子もいるみたい」

「趣味悪‥‥指揮官は許可してるの?」

「初めの内は怒られてたけど、今はもう諦めてるっぽい」

 

 このとき45は初めて、ノアに対して憐憫の情を抱いた。彼が基地の人形たちに慕われているのは承知していたが、プライベートを消費されるのは流石に居心地が悪かろう。

 

「んで、45はなんでこんなところにいたの?あっ、45も指揮官狙ってるとか」

「いやそれは‥‥まぁ、そんなところ」

 

 もっとも、狙っているのは素性と(場合によっては)命だが。

 そんなこちらの内心など知る由もなく、MDRは腕を組んでうんうんと頷いた。

 

「分かるよ~、指揮官イケメンだもんね。

 今の様子を見てれば分かることだけど、仕事もできるし」

「アレは『仕事ができる』程度で済ませていい話なの?

 貴女たちは全然気にしていないようだけれど、あんなの普通の人間にできることじゃないと思うよ」

 

 そう言うと、何でもないような顔で「そりゃあそうでしょ」と返してきた。

 その答えにどうにも違和感があったので詳しく訊ねると、MDRは天井を見ながら人差し指で自分の顎をつつく。

 

「えっとねー、指揮官がここに来たばかりの頃だったかな。指揮官が大怪我したんだ」

「原因は?」

「人形を庇って、Jaegerの狙撃を手で受け止めたの。普段なら指で弾くんだけど、そのときは技が間に合わなかったみたい。

 手がグシャグシャになっててさ。庇われたPPKも、流石に慌ててたよ」

 

 そこまで聞いて、45は違和感に気が付いた。

 

「にしては、指揮官の手は綺麗よね。高い義手でも使ってるの?」

 

 MDRが首を振る。

 

「違うと思う。そんなの買ってなかったし。

 でもね、その次の日には何事も無かったかのように元通りだったよ。

 どうなってるのか訊いても全然教えてくれないし、あのときは流石に怖かったな~」

 

 それは笑顔で語っていい内容なのだろうか。義手でないとすると治癒だが、この時代に人体をそこまで急速かつ完璧に修復する技術はない。だから自分たち戦術人形が戦っているのだ。

 45が真剣な顔で「それは確かなのよね?」と確認すると、MDRは至って普通に「うん。裏が取りたいならPPKに訊けばいいよ」と肯定した。

 人形二人の証言があれば十分だ。

 

「あれ、もう行くの?指揮官に関する情報が欲しいなら、私室でのプライベート映像も売ってあげるよ?」

「いや、いいわ。欲しいものは手に入ったから」

「ふぅん?そっか、じゃあまたね」

 

 空恐ろしい商売をさらっと口にしたMDRに手を振って、45はモニタールームを後にした。

 

「‥‥さて、邪魔の入らないタイミングを探さないと」

 

 UMP45の電脳は、ノア=クランプスを逃がさないためのシチュエーションを構築し始める。

 最長でも三日以内、最短で今夜。あのよく回る口から、真実を聞き出すのだ。


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