WinterGhost Frontline   作:琴町

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幕間に投げられた思い出話・その一 ⑦

 昼食をとって、食休みに軽く書類仕事を捌いて。時計を見ると、次の予定まではまだ一時間半ほどの余裕がある。

 今日はこんなに暇だったのかと驚きながら、暇潰しに適当な小説を探していると、携帯端末が着信を報せてきた。

 

「はぁい。ノアだよ」

『もしもし指揮官、416よ。今暇よね?』

「何で知ってるの」

『私は完璧な副官よ?貴方のスケジュールくらい把握してないと話にならないでしょ。

 とにかく、ちょっと来てくれると嬉しいのだけど。場所は――』

 

 十分足らずで、416に指定された場所に到着した。アンバーズヒルの内側、都市部と呼ばれる発展済みの地域である。先程416に頼んだ査問の対象である企業も、当然ここに社屋を構えている。

 この後に控えているのはFive-sevenとのコスメ店巡り、それからUMP9との映画鑑賞なので、今のノアはG&Kの改造制服ではなく私服姿だ。

 そして、視界の奥からノアを認めたらしい、小走りでこちらへやって来る少女は、いかにも戦術人形然とした外見で良く目立つ。実際、道行く人々は必ず彼女を一瞥している。

 

(別嬪さんだもんねー)

「お待たせ、指揮官‥‥って、何その恰好。もうすっかりオフなのね」

「お疲れ様、416。おかしい?もうちょっと薄着で良かったかな」

 

 腕を広げて自分の胸元を見下ろす。うすい灰色のオーバーシャツにベージュのガウチョ。正直あまり時間をかけずに選んだコーディネートだったから、もしかするとどこかちぐはぐかもしれない。

 416は肩を竦めて首を振った。

 

「いいえ。アイテムが全部レディースであることに目を瞑れば、何の問題も無く似合ってるわ。

 でも、貴方がそんなお洒落してくるなら、私も一旦着替えてくればよかったかしら‥‥」

 

 416が胸元を押さえて首を傾げる。確かに、特殊作戦コマンドのロゴが入った装いは少々物騒だが、それ以上に――

 

「その恰好でいいんじゃないかな、可愛いよ?」

「う」

 

 ノアがこう応じることは分かっていたのだろう、今までほど劇的な赤面は拝めなかった。いまいち締まらない顔で睨んでくる。

 その反応もまた可愛いので揶揄いたくなるが、まず訊かねばならないことがある。ノアは己の嗜虐心を理性で抑えつけた。

 

「それで、この辺りに用事があるの?」

「えぇ、こないだシノから聞いたのよ。この近くに美味しいレストランができたって。

 私は昼食もまだだから普通にランチを頼むけど、貴方はデザートでもいかが?」

「いいね!案内してよ」

 

 ちなみに、アンバーズヒルの都市部においてもノアの顔と名はそれなりに知れ渡っている。この地区を守るG&Kの指揮官としてはもちろんのこと、人形性愛者の同性愛者という誤解付きで、である。

 この日416と二人きりで楽しげに街を歩くノアが目撃されて以降、この誤解はますます広がることとなる。

 

「先にデザート頼めばいいのに」

「いいの。キミと同じタイミングで食べるから」

 

 そうしてやって来たレストランにて。気軽に訪れることができるフレンチをモットーにしているのか、壁一面に開いた窓から小綺麗な店内に陽光が降り注いでいる。

 日替わりランチが416の小さな口に取り込まれていく様を、ノアは目を細めた笑顔で眺めていた。

 ナイフでクロックムッシュを一口大に切り分けながら、416の眉尻が憂いに下がる。

 

「でも、やっぱり私だけ食べてるのは‥‥」

「じゃあそれ一口ちょうだい」

「え」

 

 416の手が止まった。フォークに刺さった料理とノアの顔を交互に見詰めて、頬が段々赤くなる。

 自分の中で悪戯心がむくむくと背を伸ばすのを、ノアは自覚した。

 

「で、でもそれは」

「え~、ダメなの?キミが食べてるの見てたら、何だかお腹空いてきちゃったんだけど」

「自分で頼めばいいじゃない!」

「そんなに食べられるほどは空いてないんだよね~」

「知らないわよ!」

 

 次第に声が大きくなってきた416の叫びで、店内の人々がこちらを振り返る。

 はっとして口を押さえた416に、ノアは人差し指で「しーっ」とウィンクして見せた。

 

「誰のせいだと思ってるの」

「そんなに狼狽えることじゃないでしょ?

 でもまぁ‥‥そんなに嫌なら無理強いはしないよ。ごめんね」

 

 わざと落ち込んだ顔をしてみせる。途端に416は慌てて、フォークを差し出してきた。

 

「わ、分かったわよ。そんなに食べたいなら一口あげるわ。‥‥一口だけよ」

「わーい、ありがと」

 

 あー、と口を開けて待機する。しかし、目を閉じて待てどもクロックムッシュは舌に届かない。

 目を開くと、こちらにフォークを差し出す姿勢で、416は固まっていた。ノアの口をじっと見つめて、ごくりと唾を飲み込んだ。

 

「‥‥何してるの?」

「い、いえ、その‥‥何でもないわ。ほら、あーん」

「ん、あーん」

 

 パクリと一口で迎え撃つ。416の「あっ」という声が聞こえたが無視しておこう。

 ハムの塩味とホワイトソースの甘味を感じながら、もきゅもきゅと咀嚼して一言、

 

「冷めちゃってるね」

「もっと他に言うことないわけ?」

「もちろん美味しいよ。ありがとね」

「別に私が作ったわけじゃないけど」

「じゃあ今度作ってくれる?416が作ったクロックムッシュ、食べてみたいかも」

 

 ノアのふとした思い付きに対して、416は「考えておくわ」とぶっきらぼうに答えた。

 そうして食事に戻った彼女の頬が緩んでいることに、ノアは当然気が付いている。

 

(‥‥やっぱり、女の子は美味しいものを食べて笑顔でいるのが一番だよ)

 

 416はナイフとフォークを動かしながら、時折チラチラとノアの様子を窺う。その度に視線が合うが、慌てて逃げる。

 そんな副官を眺めていると、溢れそうになる言葉があった。それをオレンジジュースで嚥下して、ノアは温い陽光に包まれたテーブルに肘をついた。


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