WinterGhost Frontline   作:琴町

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雪の木曜 ④

 ステアーAUGが、対峙する相手に関心を持つことは珍しい。

 自分に対し敵意を持って襲い掛かる者には「葬送すべき(かた)」というタグのみを付し、それは鉄血ハイエンドやE.L.I.Dが相手でも変わらない。自分が放つ銃弾は、須らく死出の旅への切符であるべきだ。

 しかし今、AUGは対戦中の人形に少なからず興味を抱いていた。他の人形ならば見失う速度で疾走するAUGに、食らいつかんと駆ける銀髪の少女。

 およそ二月ほど前にやって来て、我らが指揮官の副官となったその人形――HK416が、先程からずっと自分の後ろについている。彼我の距離は五メートル強であり、互いの得物からしてみれば充分に当たる間合いだ。

 

「くそっ、速いわね‥‥!」

「ご安心を。貴女も充分速いですよ」

「何よその余裕っ、腹立つわね!」

 

 416がトリガーを引いた。バースト射撃で放たれた銃弾は、AUGの進まんとしていた先に飛来する。互いに音速を超える世界に踏み入っているにもかかわらず、大した偏差射撃だ。AUGは拍手をしようとして、自分の両手が塞がっていることに気が付いた。そうだ、今自分は銃を持っているんだった。

 二回続けて放つ“絶火(ゼッカ)”の間隙に、くるりと身を翻す。その合間に愛銃のトリガーを引くと、小口径の高速弾がフルオートで宙に飛び出した。

 極めて自然に、流れるようにばら撒かれる致死の壁。416は進路を変えて横に落ちる。

 

「互いに銃を持つのなら、逃げる方が当然有利です。

 覚えておきましょう」

「この‥‥ッ!」

 

 416による自分への追走劇は、これで終了。今度はこちらから攻める番だ。

 パッ、パパッ、パパパッ。

 前後左右に落ちながら、六つの射線で416を射竦める。後ろに落ちるか跳躍して回避するか、416が一瞬迷う様子を見せた。AUGはその隙を見逃さず、

 

「これでおしまいですね」

 

 AUGが416の背に銃口を押し付けると同時、ふわりと浮き上がった金髪の隙間を、先程放った弾丸が通り過ぎて行った。

 

「いい試合でしたわ。ここで私とこれほどの立ち合いができるのは、指揮官とシュタイアーを除けば貴女くらいです」

 

 AUGは現在、ノアの指示で南方の対E.L.I.D防衛線についている。今日は仕事合間の気晴らしに、一旦“猫の鼻”へ戻って来ていた。向こうの敵は堅牢かつ強靭、近付かれたら詰むといっても過言ではない相手だが、どうにも動きに芸が無い。そんなものは無い方が都合がいいのだが、たまにはこうして技と技を競わなければ、体に憶えさせた武芸も鈍ってしまうというものだ。

 ということでAUGは本心から称賛したのだが、416は悔しさを隠そうともせず、こちらを見ることもなく肩を震わせていた。

 

「クソっ、何が足りないの。これじゃああの人に頼ってもらうなんて‥‥」

「貴女は、指揮官のお役に立ちたいのですか?シュタイアーと同じですね」

「は?」

 

 そこで初めて416がこちらを振り返り、眉根を寄せて睨み付けてきた。自分はそんなにおかしなことを言っただろうか。

 

「IWSみたいって‥‥アイツのはほとんど心酔の域でしょ。

 私はそんなんじゃないわよ。ただの向上心」

「そうなのですか?難しいですね。

 ‥‥そうだ。今なら丁度、指揮官が他の方に稽古をつけていらっしゃるはずです」

「それは、見に行こうってことでいいの?」

「そうです。お誘いです」

「シノも酷いけど、アンタも大概話の意図が掴み辛いわね‥‥」

 

 心外である。

 シャワールームへの進路から少しずれて、隣の訓練場にお邪魔した。防弾ガラス越しのベンチに座って、弾ける火花の源に目を向ける。姿をきちんと確認できるのは暗い茶髪の戦術人形だけであり、彼女に打ち込んでいるはずのノアの姿は、距離を置いて見ても時々霞のように消える。きっと、45の目にはもっと不可思議な光景が見えているだろう。

 隣でスポーツドリンクを飲み込んだ416が、目を見開いた。

 

「今日の相手って45だったの?今まで指揮官の訓練は受けてなかったのに、どういう心境の変化よ」

「さぁ、分かりません。でも、ここの人形――特に前衛を任される方々は、全員“絶火”を使うことができます。45さんも、周りに追いつく必要性を感じたのでは?」

 

 416は「そう、かもね‥‥」と顎に手を当てた。その視線は、どこか気まずそうに二人の影を追っている。

 AUGも視線を戻した。ノアと対峙する45は、初めてにしてはかなり動けている。

 ノアが多用する“絶火”は超音速の疾走体技、“暮葉烏(クレハガラス)”は残像を置く技術。どちらも初見では一切の対応を許さない技であり、AUGも初めて手合わせした際には大いに戸惑った。

 しかし現在訓練場を転がりまわっている45は、ノアの蹴りを紙一重の所で躱している。もちろん彼も手加減はしているが、どうやら殺気に対する45の感覚は並外れているらしい。ノアの蹴り――“烈火(レッカ)”が空振ったとき特有の、ギュパンッという破裂音が訓練場に木霊する。

 

「45さん、素晴らしい反応ですわ。

 速度こそ劣っていますが、視線が指揮官から外れている時間はかなり短いですね」

「‥‥そうね」

 

 別に同意を求めたわけではないが、416は唸るような呟きを返してきた。随分と不機嫌そうだが、何かあったのだろうか。

 その疑問を口にすると、416は「何も無いわ。アンタの気のせいよ」とぶっきらぼうに言った。感情に疎い自覚のあるAUGだが、416が何かに怒っていることは理解できる。自分が原因でなければいいのだが。

 どてっ、という音がしたので視線を戻す。体力が限界となったか、45が尻もちをついていた。全身から滝のように汗を流し、短い間隔で喘鳴(ゼンメイ)している。ノアのスピードについていこうとすると瞬きができないので、眼球も乾き切って痛むはずだ。

 

「慣れれば瞬きすべきタイミングも掴めるのですが」

「そうなるまでに私は一か月かかったわよ。一気に大量の人工涙液を分泌させて瞬きの回数を減らすなんて、やろうと思って簡単にできることじゃないし」

 

 立ち上がる力も残っていないか、45は座り込んだまま呼吸を整えている。スポーツドリンクとタオルを持ってきたノアが、その手を引いて立ち上がらせた。

 隣を見ると、416が前屈みで耳を澄ませている。二人の会話を一言一句聞き逃さないという、強い決意の現れた姿勢だ。彼女は今、システムのほとんどを聴覚モジュールの処理に回しているはずだ。

 

「416さん」

「黙って。今忙しいの」

 

 会話してくれないのでは自分が暇になる。AUGも416に(なら)って、二人の会話を盗み聞いてみることにした。

 

『ぜぇっ、ぜぇっ‥‥ホントに、意味わかんない。

 9が読んでた忍者?の漫画に、影分身なんて技が出てたけど。

 まさか、できたりしないよね?』

『もちろん違うよ。僕のはただの残像。“暮葉烏”って技で、目がいい相手ほどよく引っ掛かるんだ。

 びっくりしたなら自信を持ってね、それだけキミの感覚が鋭いってことだから。

 実際、初日でここまで耐えられたのはキミとステアーくらいだし』

 

 おっと、指揮官が自分のことを褒めている。これがシュタイアーのことだったなら、前線で待つ彼女への土産話にもできたのに。

 変な音が聞こえたので音源を振り返ると、416が眉間に深い皺を刻んで歯軋りしている。ここで自分の名が挙がらないことが、余程悔しいのだろう。

 

『ホント?じゃあさ、何かご褒美ちょうだい?』

『ご褒美‥‥甘いものか、お洋服か、それかボーナス?』

『ふふ~ん、分かってないなぁ。

 この後、ちょっとデートしよ?』

 

 AUGは思わず嘆息しそうになった。我らが指揮官はまた人形を篭絡したもうたのか。先日まではノアをかなり警戒していたらしい45だが、現在ではその懐疑的な振舞いは影も形もない。

 AUGの呆れたような視線に気付いたか、45がこちらを見た。しかし彼女はノアに観客の存在を知らせず、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。45が自分にこのような態度をとる理由は見当たらないので、行為の対象は416だろう。

 実際、45の態度を目にした416は凄まじい顔をしている。孤児院の子供たちが相手ならば、この形相を見せるだけでも死に至らしめることができようというものだ。

 

「416さん、指揮官たちに言いたいことがあるのでしたら、直接仰ってくればいいのでは?」

「‥‥別に」

 

 声を掛けると、416は元の拗ねたような表情に戻った。

 ガラスの向こう側、二人の会話は続く。ノアが首を傾げる。

 

『なんだ、そんなのでいいの?別にいいよ』

『ホント?やった!』

 

 45が声を弾ませて手を叩いた。あまりの喜びっぷりに面食らったか、ノアは苦笑いを浮かべている。

 ‥‥まぁ、彼なら二つ返事で承知するだろう。人形の願いを叶えるためならいくらでも身を粉にする男だ。「自分と性交渉しろ」などと言わない限りは、大抵の願いを受け入れてくれる。

 しかしノアには、そういった態度にやきもきする人形がいることも理解しておいてもらいたいものだ。そう、今AUGの隣で爪を噛んでいる416のような。

 

「好意は言葉にしなければ伝わらないそうですわ。シュタイアーが言っていました。

 嫉妬するくらいなら、貴女も逢瀬の約束をすればいいのでは?」

「好意とか逢瀬とか、アンタ色々勘違いしてるわよ。

 私は別に指揮官のことが好きってわけじゃないの。ただ‥‥」

「ただ?」

 

 先を促すと、416は舌打ちした。「知らないわよ。とにかく気に食わないの」

 談笑を続けながら、45とノアが訓練場を後にする。そこでAUGは、とある違和感に気が付いた。

 自分たちがここで見ていたことを、ノアは当然認識していたはずだ。忍び込んでも必ず気付かれるし、ましてや今回は私語までしていたのだから。

 しかしノアはこちらを見もせず、特に何のアクションもしてこなかった。普段の彼なら、笑顔で手を振るくらいはしそうなものだが。

 どうやら、様子がおかしいのは416だけではないらしい。AUGの電脳は、今までに得た事実から天才的な結論を導き出した。

 

「416さん、指揮官と喧嘩しましたか?」

「‥‥」

 

 目を逸らした。図星のようだ。すすっと彼女の視界に滑り込むと、416は目を伏せた。

 

「‥‥昨日、少しね。

 指揮官があまりにも自分のことをおざなりに扱うから、いい加減にしろって怒鳴っちゃったの」

「それはこの基地の全人形の総意ですわね。それで?」

「一瞬だけ、指揮官が凄く怒ったの。でも、その後はずっと悲しそうで。

 私は、あの人にあんな顔をさせたかったわけじゃないのに‥‥」

「‥‥あぁ」

 

 それで、先の「あの人に頼ってもらう」に繋がるわけか。得心が行った。

 そして同時に、AUGは416の悩みを解決する方法も理解した。

 

「416さん、この後お時間はありますか?」

「え、今日の事務仕事は終わってるから‥‥一六〇〇から出撃があるけど、それ以外は特に無いわよ」

「でしたら、もう少々体を動かすのに付き合って下さいませんか」

 

 416の目が見開かれる。そこまで驚くようなことを、自分は口にしただろうか。

 

「‥‥アンタからそう言ってもらえるなら、こっちは願ったり叶ったりだけど。

 どうしたのよ、私たち別にそこまで仲良くもないのに」

「え」

 

 思わず声を上げてしまった。「私たち、友達ではなかったのですか」

 沈黙が下りる。

 キョトンとこちらを見ていた416だったが、やがて顔を押さえて噴き出した。くつくつという笑いが、手の隙間から漏れ聞こえてくる。そんなに笑わないでほしい。

 

「何かおかしいことがありましたか」

「いや‥‥アンタ、本当に距離の詰め方が下手なのね。アンタに言われるまで、私たちが友達だなんて微塵も思ってなかったわよ」

「距離を詰められていることに気付かないようでは、私には当分勝てませんよ」

「は?」

 

 AUGと416は連れ立って席を立った。シャワーは一旦後回しにして、訓練場入口の札を「使用中」にひっくり返す。

 愛銃を手に対峙する。二人の間に満ちる空気が静電気を帯び始めるような錯覚を、AUGは抱いた。

 

「それでは、よろしくお願いしますわ」

「こちらこそ、よろしく」

 

 ステアーAUGが、相手に関心を持つことは珍しい。

 しかしノアの下で感情を学び、シュタイアーとの交流で友人というものを知った。徐々に自分が変質していることを理解していながら、その変化を心地良いとさえ思ってしまう。

 友人が増えたという話をすれば、シュタイアーは驚くだろうか。ノアは喜ぶだろうか。この自分が友人のために一肌脱いだなど、あの二人には信じられないかもしれない。

 AUGは口の端に微かな笑みを浮かべ、416と同時に床を蹴った。




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