WinterGhost Frontline   作:琴町

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猫の鼻⑤

 震える銃口が、こちらの腹に狙いをつけている。

 Spitfireの連絡から十分ほど(のち)。荒い呼吸を必死に抑える気配と微かな呻き声を聞きつけて、通気口からこの部屋に降りたノアと、暗い茶髪の戦術人形が相対していた。

 ……確かに、何の気配もなかった頭上から突然見知らぬ男が落ちてくれば、驚くし警戒もするだろう。この状況は事前の連絡を欠いたノアの落ち度だ。

 眼前にいる人形は、後ろで失神している仲間らしき二人を庇うように左手を広げている。その指は不自然に曲がっていて、おそらく手の感覚は既にない。

 やけに機械的な外観の右腕――義手だ――は所々からスパークを散らしながら、機関短銃の引き鉄に指をかけている。

酷い損傷だ、射撃統制コアは機能していないだろう。つまり彼女は今、ASSTを応用した力業で照準を合わせている。そんな状態で頭を狙うのは無理があるから、腹部で妥協。歯を食いしばっているのは、腕を上げるだけでも辛いから。普通の戦術人形では思いつくはずのない、思いついたとしても実行に移すことは叶わない所業だった。

 彼女の顔には脂汗が浮き、人工血液が滲み、それでも――

 凄絶にこちらを睨む鳶色の瞳は、抵抗と生存を諦めていない。

 一体どれだけの修羅場を潜れば、このような目ができるのだろう。

 ノアは素直な尊敬と――歓喜を抱いた。

 両手をゆっくり広げて、口を開く。

 

「安心して、僕は敵じゃない。救難信号を受けて助けに来たんだ。

 ほら、徽章が見えるかな。G&Kの者だよ。

 あの通信はキミが?えっと……UMP45」

 

 少女の得物を見て問いかけた。

 緊張が解けたことで、腕を上げていられなくなったのだろう。UMP45はガシャンと音を立てて銃口を下ろした。しかし、その目は困惑に揺れている。

 

「どうして名前を……?いやそれよりも、救難信号なんて、出してないのに……」

 

 ――あぁ、やっぱり。

 背後に殺気を感じた。

 振り返れば、二つの弾丸がノアの眉間と右大腿部目掛けて飛来している。

 回避すれば後ろの45たちに当たる。選択肢は無い。

 一の弾が眉間に触れた瞬間に思い切り首を横に振り、二の弾を右手の人差し指と中指で一瞬だけ挟む。須臾(しゅゆ)の交錯、二指の力で軌道を逸らす。

 結果だけ見れば、二つの弾丸は目標(ノア)を掠めるように曲がり、ノアは額と腿から血を噴き出し仰け反った。

 一連の防御と同時に、空いた左手でレッグホルスターから抜いたナイフを投擲する。しかし弾丸の主は射撃と同時に身を退き始めており、ナイフは虚しく廊下の壁に突き刺さった。

 

(あぁもうっ、先生なら今ので仕留めてるはずなのに!)

 

 しかし、得るものはあった。今の交戦で見えた、短い銀髪とモノクロの衣装に包まれた蠱惑的な肢体。同時に発射された二つの銃弾。そして何よりも、罠を仕掛けて得物を待つ戦い方。

 ノアは今回の相手が鉄血ハイエンド、ハンターであることを確信した。

 同時に、違和感が鎌首をもたげる。

 

(未確認の鉄血ハイエンドって話はどこに行った。

 もしかしてここにはボスが複数いるのか?だとすれば拙いな、ハンターはともかく、未確認の個体も同時に相手するのは面倒だぞ……)

 

「ちょっと、大丈夫なの!?」

 

 思考に潜っていたノアを、45の声が引き揚げる。焦ったような声音からして、気絶したとでも思われたのだろう。

 振り返ると、45は訝しげにこちらを窺っていた。キョトンとしているノアの顔を見て、気味悪そうに額を指さす。

 

「思いっきり血出てるけど。平気なの?パフォーマンスが落ちるわよ」

 

 言われてみれば、思ったより大量の血が鼻筋から頬をだらだらと流れ落ちている。しかし、大して痛みはない。

 笑顔を作って見せた。

 

「うん。頭は傷の度合いと比べて派手に出血するから、実際は掠り傷。

 脚の方も……うん、絶火(ゼッカ)に支障は無いかな」

 

 首を傾げる45に「こっちの話。とにかくなんともないよ」と手を振って、顔の血を拭う。

 

(勿体ないなぁ)

 

 そろそろ外の子たちを呼んでおかなければ時間を浪費することになると思い至って、通信を繋いだ。

 

『こちらSpitfire。首尾はどうですか?指揮官さん』

「重畳だよ。対象四名の内三名を発見した」

 

 現在地とここへ至るための最短経路、道中の警備状況を口頭で伝える。もちろん、ハンターの出現も忘れずに忠告した。

 通信の傍ら、懐から取り出した絆創膏を額に貼る。脚にも貼ろうとしたが、ここでズボンを脱ぐわけにもいかない。この程度の傷ならすぐ治るだろうと思うことにして諦める。

 

「ということで救助をよろしく。他にもハイエンドが隠れてる可能性があるから、気を付けてね」

『了解です。指揮官さんもお気を付けて』

 

 通信を終了して、再び45の方へ振り返った。餌扱いされていたことに気付いたのだろう、忌々しげに顔を顰めている。

 

「絆創膏くらいならあるんだけど、何か応急処置できそうなところはある?」

「いえ、一通りはもう済ませてあるわ。でも……」

 

 その先を聞かずとも察せられた。45の損傷も酷いものだが、後ろの二人と比べればまだマシな方と言える。

 くすんだ銀髪の小柄な少女は全身傷だらけの上に左腕が無い。

 もう一人の茶髪の少女は膝から下が欠けている。

 いずれの傷も()()()()()()()()()()()()滑らかで、何故か焼け焦げている。失血死の心配がないのは不幸中の幸いか。落ちたパーツも拾って来たのだろう、すぐ傍に置いてある。修復の際にモデルを検索して設計図を漁る手間は省けた。

 

「すぐに救援部隊が来るから、それまでの辛抱だよ。

 今のうちに、キミたちが戦った相手について訊きたい。

 その傷はどう見てもハンターに付けられるものじゃない。エクスキューショナーとか?にしてもその傷は不可解だけど……」

「……違うわ。詳しい内容は守秘義務があるから言えないけど、ソイツはもうここにはいないはずよ。

 今いるハンターも、アイツがここにいるって聞いて急いで来たみたいだった」

 

 何ともおかしな話だ。ボロボロにした敵の部隊に止めも刺さず撤退する鉄血人形など聞いたことが無い。それに彼女の感覚が正しければ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「分かった。それから、ウチに来た救難信号では四名が戦闘不能って話だった。

 他に仲間はいる?」

「あの子は……416は、もう手遅れだと思う」

 

 416――?

 

 頭を振って雑念を振り払う。額の傷が少し痛んだ。

 

「手遅れって、どうして?」

「G11――この子がやられて、416は激昂したの。

 私は引き留めたけど聞かなくて、奴を追い駆けて一人で奥に行ってしまったわ。

 私たちの中では一番善戦してたけど、それでも勝ち目なんて無かったのに……」

 

 再び脳内地図を開く。未探索の空間は、あとわずか。

 

「ここより奥なら、探す必要はほとんど無いか。

 ……有難う。あとは僕たちに任せて、キミも休むといい」

「うん、そうする……よろしくお願いするわね……」

 

 彼女も限界だったのだろう。そう言い終えるや否や、カクンと俯いて動かなくなった。

 

「指揮官さん、ご無事ですか!」

 

 少し前から銃声と足音が聞こえていたので、そろそろ到着すると思っていた。Spitfireたちが部屋に駆け込んでくる。

イサカが血で汚れたノアの顔を目にして色を失い、その後ろにいる傷だらけの人形たちを見てさらに息を呑む。ノアは「安心して」と笑った。

 

「僕は平気。見た目ほどの怪我じゃない。

 でも、彼女たちはかなり深刻だ。自力で動くのも難しいから、キミたち全員で“猫の鼻”まで護送して。

 僕はもう一人の要救助者を探してくる」

「また一人でか?一人ぐらい護衛につけておくべきだ」

 

 MG5が難しい顔で苦言を呈する。

 ノアはあくまで気楽な表情を崩さず手をひらひら振った。

 

「大丈夫だってば。キミたちはこの子たちを担いで移動しなきゃいけないんだ。道中では交戦の可能性もある。人数は多い方が安心でしょ」

「それは……」

「それに、ここにはもうハンターしかいないってこの子が教えてくれた。

 彼女は僕を狙うはずだから、キミたちは楽に脱出できるよ」

「……気に入らないな」

 

 PKPが吐き捨てた。茶髪の少女を背負うアイリを手伝いながら、ノアの額を指さす。

 

「命令というのならもちろん従うが。指揮官(オマエ)が人形の苦労を背負ってどうする。

 どうせその傷もコイツらを庇った結果だろう。莫迦らしいと自分で思わないのか?」

 

 一瞬、自分がどんな表情をしているのか分からなくなった。

 いつもの笑顔を貼り付けて、揶揄うようにけけけと笑う。

 

「美味しいところを持っていかれたくなけりゃ、訓練で僕に怪我くらいさせてみな」

 

 それ以上返す言葉を思いつかなかったらしい。PKPは忌々しそうに舌打ちした。

 

「それじゃあよろしく。みんなは怪我しないでね」

 

 それ以上の言葉を待たず、ノアは部屋を出た。

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