WinterGhost Frontline   作:琴町

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雪の木曜 ⑦

「C-MS、遅い!G11とリベは“絶火”を使えない、キミが抜かれたら二人も死ぬよ!」

「分かってる!G11、リベを連れて下がって!」

「うん‥‥!」

 

 第一訓練場に、発砲音と炸裂音がいくつも重なって響く。ノアは模造刀を(たずさ)え、C-MSの頭上を飛び越えながら叫んだ。

 着地点目掛けて、いくつもの火花が咲き乱れる。銃弾が飛来した方向を一瞥すると、416とVectorがこちらを挟み込むように肉薄しながらトリガーを引いていた。

 

(エクスキューショナーなら‥‥うん、一旦G11とリベは放置する。飛んでくる銃弾の数が多い順で目線が動いてたし、積極的な相手を優先的に選ぶはずだ)

 

 切っ先を地面に突き立てて支えにし、柄で倒立しつつ身を(ひね)って着地点をずらす。追撃の銃弾は、回転しながら無造作に振り回した刀身で弾いた。

 エクスキューショナー・モデル・ミョルニルと交戦したときの記憶を(さら)う。彼女の刀身についていた傷から、銃弾を弾くための身の熟しが推理できる。あとは416たちの報告書と映像データでエクスキューショナーの動きを学習し、それを真似たらいい。

 彼女の思考ルーチンに倣うならば――

 ノアは416に斬りかかると見せかけて、回転斬りの要領でVectorの足を狙う。一瞬反応が遅れたものの、Vectorは何とか跳躍して刃を避けてみせた。

 

「普通のエクスキューショナーが相手なら、それで充分なんだけどね」

 

 モデル・ミョルニルには一つ、必殺の追撃技がある。燃え盛る化学炎を火傷すら無く突き抜ける、超音速の刺突が。

 空振りと思わせた模造刀を体の横に構え、空中で身動きできないVector目掛けてその切っ先を――

 背後から殺気。

 直前で刺突をキャンセルし、“絶火”で真横に落ちる。しかし、背後から迫る殺気は消えない。振り返らずとも分かる、ノアの背を取った416が、こちらの動きに合わせて“絶火”を使っているのだ。

 斬撃と共に振り返る。繰り出された横一文字をしゃがんで回避しつつ、416は体を捻じ込むように距離を詰めてきた。その左手には、サブウェポンの擲弾発射器(M320A1)が握られている。

 これが、対エクスキューショナーにおける最適解。銃は近距離では取り回しづらくなるが、それは大太刀も同じこと。刀身を引き戻せない間合いまでこちらから潜り込めば、一方的な攻撃チャンスがやってくる。そして416の侵食榴弾は、一度当てれば勝負を決められる威力を持っている。もっともこれは訓練なので、通常の榴弾をそれと見立てて使用しているが。

 当然、至近距離で榴弾を炸裂させようものなら、416も相討ちとなるだろう。しかし今の彼女には“絶火”がある、爆風と同じ速度で後ろへ落ちれば無傷で済む。

 間合いを詰めるや否や、無拍子でトリガーが引かれる。

 

「流石」

「でしょ?」

 

 榴弾が発射されると同時、肘鉄で銃口を逸らして爆発の反対方向に落ちる。爆風に身を任せつつ、他の人形たちが立っている位置を確認する。Vectorは爆発を挟んだ向こう側、残る三人は416の向こう側。

 ノアが立ち止まると同時、416の舌打ちが聞こえた。

 

「‥‥これじゃダメね」

「そうだね。ブリーフィングでは、こっち方向が建物の出口と仮定した。この時点で、エクスキューショナーは逃げようと思えば逃げられる。

 次の作戦の最重要目標は彼女のコアを持ち帰ること。確実に殺せなければ作戦は失敗だ」

 

 後ろ頭を掻いたC-MSが、深く嘆息した。

 

「ごめん、今のは私の指揮が悪かった。リベたちに回り込んでもらってれば、榴弾発射のタイミングで援護射撃できたのに」

「いえ‥‥私たちも、射線を考えて、動いてはいた、のですが」

「間に合わなかったよぅ。416が距離を詰め始めてからグレが発射されるまで、三秒も無かったもん‥‥」

 

 リベロールとG11は息を詰まらせながら、C-MSの後ろについてこちらへ向かってきた。

 ノアは眉根を寄せて、リベロールの顔色を窺う。額を手で押さえると、いつもより高い体温を感じた。

 

「G11はともかく、リベは走っちゃダメ。この五人の中では一番後ろにいて、仲間の演算補助と狙撃に徹するの。

 キミは排熱機構に仕様上不可欠の脆弱性があるから、高速で移動することなんて考えなくていいよ」

「は、い‥‥」

 

 そのまま白い髪を優しく撫でると、リベロールは目を細めてコクリと頷いた。

 G11がうへぇ、と声を上げそうな顔でこちらを見る。「うへぇ」

 

「私はともかくなの?」

「キミが“絶火”を習得しようとしないのは『しんどいから』でしょ?別に強制はしてないからいいけどさ」

「突撃銃の人形でアレ使えるのって、AUGと416入れてもそんなにいないじゃん。私が怠けてるわけじゃ‥‥ないよ?」

 

 ならもう少し胸を張って言ってほしい。ノアは苦笑いを浮かべた。

 銃を下ろし、Vectorが焦げた床をこちら側へ跳び越える。

 

「出口を火で塞ぐのは?‥‥意味無いか」

「うん。建物の崩壊や酸素不足ってタイムリミットがついてくる。しかもエクスキューショナーの足を潰せていなかった場合、彼女は炎の壁を突破できる。

 キミの今回の仕事は、その足を活かして、他の子たちがカバーできない射線を適宜補完すること。416の侵食榴弾が確実に決まるよう、エクスキューショナーの逃げ道を実弾で潰すんだ。場合によっては、手榴弾でっていうのもアリだけど」

「分かった」

「結局、作戦は今のままでいいのよね?」

 

 416が腕を組んで訊ねてくる。長い銀髪が、動きに合わせてさらりと揺れた。

 

「うん。エクスキューショナーの拠点を割り出し次第、キミたちにはそこを叩いてもらう。

 侵食榴弾さえ当たれば確実に仕留められるから、四人は射線で相手の逃げ道を無くす。

 単純だけど、このくらいの方が応用も利きやすいでしょ?

 C-MSは、四人の動きを見てG11を最適な位置に誘導することも考えてね」

 

 まぁ上手く行かなそうなら交戦規定なんて忘れて、その場の判断で動くこと――ノアはそう締め括る。

 416が片眉を上げた。「最後の最後で不安にさせることを言わないでよ」

 恐る恐るといった様子で、リベロールが手を上げる。視線で促すと、少し間をおいておずおずと口を開いた。

 

「あの‥‥エクスキューショナーは、指揮官のような身の(こな)しが、できるのでしょうか?

 さっきの、空中で、くるんって‥‥」

「あぁ‥‥」

「それ。私も気になったわ。次に戦うときは、あのレベルの回避も想定しなきゃ(まず)いかしら?」

 

 彼女は、416とVectorとの挟撃をすり抜けたときのことを言っているのだろう。ノアは頬を掻いて、

 

「いや、あんなのは想定しなくていいよ。ただ、アレくらいの銃撃を浴びても、エクスキューショナーはほとんど怯まずに攻撃を続行する。結局、さっきくらいの隙しか無いと思ってね。

 エクスキューショナーなら、そうだな‥‥裏拳か刀身で片側の銃撃を弾きながら、雑なステップで反対側の銃撃をおおよそ避けるはずだ。

 まぁ、その後の立ち回りは変わらないよ」

 

 416の横で頷いていたC-MSが、思い出したように口を開く。「そういえば、アイツ電流まとってるよ。どうするの、アレ?」

 

「そんなの距離取ればいいじゃん」

 

 ノアは首を傾げる。まぁ大太刀を握ってない方の手も警戒しといた方がいいね、と付け加えた。

 

「416はギリギリまで接近しなきゃいけないのに」

「あんなバチバチ電流を流そうと思ったら、どこかしらにバッテリーを搭載しないと立ちゆかないわ。詰めに行くのはそれを壊してからね」

「そ、416の言う通り。こないだ416がサイドアームの拳銃でやってたでしょ。アレだよ」

 

 言いながら416を見る。ぱちりと視線があったものの、416は得意げに胸を張ることもなく、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 

(これは‥‥実際に作戦が上手くいくまで、許してはくれないかもなぁ)

 

 つんけんしていても可愛らしい416の横顔にノアが苦笑していると、Vectorが端末を取り出して呟く。「指揮官、時間」

 

「お、丁度だね。それじゃあ今回はここまで。作戦に不安があったらみんなで話し合って、もし変更があれば僕にも伝えてね」

「「「了解」」」




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