WinterGhost Frontline   作:琴町

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雪の木曜 ⑩

 周りの至る所から爆発音が聞こえる戦場の中。本来見えるはずの青空は、赤黒い煙と閃光に埋め尽くされている。

 (たお)すべき相手はすぐに見つかった。最前線で蒼い稲光を撒き散らしながら暴れているのだから、捜すまでもなかったというのが正確な表現だが。刃を振るうたびに落雷のような音を轟かせているから、それだけでも簡単に見つけることができただろう。

 耐電仕様にカスタムされたシールドを構えて踏ん張っていたS.A.T.8とイサカの間を駆け抜けながら、416は声を上げた。

 

「お疲れ様。アイツは私たちに任せなさい」

「はいっ、よろしくお願いしますね!」

 

 蒼雷の主――エクスキューショナー・モデル・ミョルニルが、こちらを見て獰猛な笑みを浮かべた。

 

「よう!また会ったな、グリフィンのカス共!」

「久しぶりね、鉄屑女。吹っ飛ばされた腹の調子はどう?」

 

 焦げた地面を“絶火”で駆け抜けながら愛銃の引き金を引く。416とは軸をずらすように駆け出したVectorも、射線が直角で交差するように.45ACP弾を見舞った。

 エクスキューショナーは大太刀を左手に持ち替え、鉤爪のような右手で身を守りながら跳ぶ。

 その動きを見て、416は作戦前にノアから聞いた忠告を理解した。

 

(前回ほど無謀な立ち回りをしない‥‥回避行動も最適化されているし、しぶとくなったものね)

 

 着地点目掛けて、Vectorが焼夷手榴弾を放る。炸裂する直前のそれを、エクスキューショナーは大太刀の腹をラケットのように使って打ち返してきた。

 

「無駄に器用な技覚えやがって!」

 

 瓦礫の陰から回り込んでいたC-MSが飛び出した。その小柄な体躯を活かし、亜音速弾を浴びせつつ足元をすり抜ける。エクスキューショナーは斬撃で迎え撃つものの、捉えるのは墨汁をぶちまけたような残像ばかり。C-MSは敵の殺傷圏に踏み止まりながらも、ただの一太刀も浴びていない。

 C-MSのコアに搭載された、装填弾種対応型演算調圧機能(マインドチェイン)。亜音速弾を装填している間、彼女は大抵の攻撃を霞のように躱してのける。

 エクスキューショナーが眼前の濡れ烏に集中している間に、416とVectorの銃撃もその身を襲う。しかし、敵も最低限の動きで銃弾を避けていく。角度の浅い弾丸は、体を覆う電流に弾かれる。会心の弾丸でなければその肉を抉ることは叶わない、と416は理解した。

 インカムからノアの声が聞こえた。

 

『エクスキューショナーはすっかりキミたちに夢中だね。良い調子だ、そのまま釣れるかな?』

「任せなさい」

 

 C-MSに目配せする。彼女は頷き、その足運びが僅かに変化する。三人はエクスキューショナーを囲むように走り回りつつ、じりじりと戦場から離れていく。

 

「ハッハァ、場所を変えようってか?いいぞ、付き合ってやる!」

『目論見はバレちゃったけど、彼女が猪突猛進のお転婆娘で助かった』

 

 視界の端では、第一・第二防衛部隊がデストロイヤー率いる大隊を迎撃している。拠点を守ることにおいて精鋭と呼んで差し支えない彼女たちならば、デストロイヤー程度に遅れを取ることは無い。

 絶え間なく頭上で爆ぜる豪炎は、Jupitarによる砲撃を狙撃部隊が撃墜して生じるものだ。カルカノ姉妹を始めとするRF人形たちが自陣後方に控え、飛んでくる砲弾を全て空中で爆散させている。彼女たちがいなければ、今頃この戦線は崩壊していただろう。

 今回鉄血が配備したJupitarは二十二基。敵陣最奥にずらりと並んでおり、そこを守るのはゲーガーとアーキテクトだ。UMP45率いる第二偵察部隊が潜入し電源を落とす手筈になっているものの、突破力に欠ける編成の彼女たちでは不安が残る。さっさとこちらの仕事を片付けて、手伝いに行くべきだ。

 大太刀が地面を抉り、銃弾が火花を散らす。四人は交差する殺意の嵐となって、戦線を離れていく。視線の先に見える廃ビルが、決戦の地だ。

 半ば転倒するように、コンクリート製の檻へ飛び込む。横に転がって体勢を立て直すのと同時、一瞬前に416の頭があった場所に刃が突き刺さった。

 小休止を挟む間は無い。416・Vector・C-MSの“絶火”が入り混じって、三人の残像と銃撃がエクスキューショナーの視界を埋め尽くす。加えて、建物内に身を潜めていたG11とリベロールも援護射撃を開始する。部屋の中は鋼鉄の殺意で埋め尽くされ、エクスキューショナーは大太刀を振り回しつつ包囲から抜け出そうと試みる。

 

「416、交代!リベは三時、G11は六時!」

 

 声を上げるC-MSが、素早く弾倉を入れ替えた。亜音速弾からST弾に切り替わったことで、装填弾種対応型演算調圧機能(マインドチェイン)も射撃偏重になる。つまり、ここからは416が最前衛。

 部隊の中で“絶火”の精度が最も高くメモリにも潤沢な余裕がある416は、閉鎖空間における跳弾込みの弾幕戦にも高い適性がある。そこを見込んだノアによって提案された作戦だった。

 C-MSと入れ違いに、416が絶火で距離を詰める。

 

「ハッ!前は結局カストラート頼りだったが、今回はちゃんと自力で戦えるのか?」

「言ってろ」

 

 サイドアームは抜かない。突撃銃を抱え込むようにして握りつつ、設計時点では想定されていないであろう間合いに無理矢理対応する。普通の戦術人形なら不可能な所業だが、ノアとの訓練に慣れた身としてはこの程度朝飯前である。

 エクスキューショナーの肌に、傷が増えてきた。激怒妖精の演算補助が効いてきたか、こちら側の射撃角度が最適化されたのだ。元々生気のない顔が、苛立ちを隠すこともなく(しか)められる。

 

「クソッ、忌々しい‥‥!数ばかりの能無し共が‥‥!」

「見方次第では、数頼りなのはアンタたちでしょ」

 

 最も、こちらも余裕というわけではない。こちらが攻勢を緩めたなら、敵の狙いはすぐさま後方の二人に向かう。彼女たちにこの激しい斬撃を躱す技術は無いので、前衛の三人には一瞬たりとも休息の余地が無い。C-MSにいたっては後方の二人にも指示を出す関係上、電脳を限界寸前まで酷使しているはずだ。

 そして何より、エクスキューショナー自身の成長が目覚ましい。無線送電となった刀身からは雷電を奪うことも叶わず、その立ち回りは随分と器用になった。前回多用していた回転斬りは封印され、攻撃後の隙が明らかに減っている。

 総じて前回より遥かにしぶとくなったエクスキューショナー相手に、416は決め手の使い処を見つけられずにいた。加えて、大太刀と違ってこちらは弾薬を消費する。弾切れまでに勝負を決める必要があった。

 

「クソがッ!」

 

 そのとき。向こうも我慢の限界だったのか、エクスキューショナーが乱雑に大太刀を振り回した。雷を纏った黒い暴風を前にして、416は一旦退かざるを得ない。その隙を突き、大上段の一刀が放たれる。その狙いは416ではなく――

 

「避けなさいG11ッ!」

 

 C-MSが叫ぶも、遅かった。蒼黒い剣風が、G11の左大腿部を吹き抜けた。G11は片足を失った激痛と喪失感から湧き上がる悲鳴を堪えて、転びはしたものの銃口は下ろさない。

 

「リベ、G11の手当てをお願い!」

「416、こっちは気にしないくていいから‥‥ッ」

 

 苦悶の色が滲む声を背中に受けて、416の思考が真っ赤に染まった。

 再び“絶火”。大振りの攻撃の後隙を狙い、銃撃を浴びせかける。Vectorがタイミングを合わせて射線を増やしたものの、エクスキューショナーは刀身に流していた電流を全身に回して守りを固め、無理矢理刃を振りかざす。

 元来、エクスキューショナーは一対一の戦いにおける高速撃破を設計思想としたモデルである。技巧を極めたノアを仮想敵にしたことでその動きも器用さを得たが、同時に持ち前の豪快な太刀筋を見失っていた。

 しかし今になって、エクスキューショナーは焦りと怒りによって本来の立ち回りを思い出した。

 サイドステップで袈裟斬りを躱したVectorに、跳ね返るような二の太刀が追い縋る。

 Vectorの右腕が、宙を舞った。

 その交錯中にも銃弾の雨が降り注ぐが、エクスキューショナーは血を吐きながら暴れ続ける。

 

「俺はカストラートをブッ殺す‥‥お前らなんぞに殺されてやるわけにはいかないんだよ!」

 

 それまではある程度理屈に基づいていたエクスキューショナーの動きが、とうとう完全に法則性を失った。Vectorを蹴り倒したかと思えば、416に掴み掛ろうと駆け寄る。それを避けられると、明らかに最も脅威度が高いはずの416に目もくれず、回避性能の下がったC-MSへ刺突を見舞う。

 “絶火”にも迫る速度で放たれた中段の突きが、彼女の愛銃を貫通しながら脇腹を深く切り裂いた。

 

「C-MS!」

「私のことはいい!やるべきことをやりなさ…いっ」

 

 苦悶の声と共に至近距離で連射されたST弾が、エクスキューショナーの顔右半分を穿った。エクスキューショナーは絶叫を上げて、眼前の敵を両断せんと体の捻りが加わった一撃を放つ。咄嗟に掲げた壊れかけの短機関銃で何とか受け止めるも、C-MSは衝撃で数メートルにわたって吹き飛ばされた。その反動を使って振り返ったエクスキューショナーが、外の光を求めて駆け出す。

 416は素早く隊員たちを一瞥した。Vectorは利き腕を失い、愛銃も遠くに転がっている。C-MSは攻撃の手段を奪われ、リベロールは動けないG11を引きずって奥へ退避していた。

 現在、十全に動けるのは自分だけ。自分の実力に一瞬鼻を伸ばしかけるが、そんな場合ではない。

 外に出られてしまえば、エクスキューショナー以外のユニットも相手しなければならなくなる。敵は負傷こそ多いものの、機動力の低下は見られない。このままでは目標に逃げられ、作戦は失敗する。しかし、射線で逃げ道を塞げる味方はいない。

 取るべき選択肢は、初めから見えていた。

 突撃銃をスリング任せに手放して、擲弾発射器(M320A1)を右手に、拳銃を左手に握る。“絶火”で詰め寄ると、電撃が416の白い肌を焼いた。

 

「莫迦が!今更俺の装甲に引っ掛かるとはな!」

「――莫迦はそっちよ、猪女」

 

 体を捻じ込むようにして、拳銃を弾倉の限り乱射する。一瞬怯んだ敵に擲弾発射器を突き付けて、416は会心の笑みを浮かべた。

 

「アンタの運もそこまでね」

『――止めろ416ッ!!!』

 

 インカムから焦ったようなノアの叫び声が聞こえたのと同時、416の手はトリガーを引いていた。

 聴覚を丸ごと塗り潰すほどの轟音が解放される。

 黒い粒子が交じった炎で埋め尽くされた視界を最後に、416の意識は暗転した。




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