WinterGhost Frontline   作:琴町

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雪の木曜 ⑪

 パッと、416の意識がどこかに投げ出される。周囲を見回すと、光の粒子が漂う無機質な空間がどこまでも続いている。以前UMP45のそれへダイブした経験から、ここは自分のメンタルモデル内、それもセカンダリレベルであると416は理解した。

 自分が動かずとも、景色は勝手に流れていく。どうやら自分は今、システム再起動に伴うフルスキャンを目の当たりにしているようだ。

 自分が意識を失った原因――エクスキューショナー・モデル・ミョルニルとの戦闘、侵食榴弾による相討ちで記憶は終わっている。

 侵食榴弾。416がメンタルモデルをアップグレードする際に得た、新たな武装。通常の爆発の後、義体や装甲を蝕む粒子を残す。その範囲内に敵がいなければ、侵食体は行き場を失い再び爆発する。原料に崩壊液を用いている以上立派な環境汚染兵器であり、普段はあまり使えない。

 あの瞬間、確実にエクスキューショナーの足を止める手段は限られていた。そこで、416はその身に電撃を浴びることで「反撃のチャンスかもしれない」と思わせたのだ。

 電撃を浴びてしまえば、“絶火”は使えなくなる。当然、至近距離で榴弾を放った際の退避も間に合わない。あの自爆じみた一撃は、416の想定通りの一手。

 他の部隊員は全員自分から四メートル以上離れていたので、侵食体に触れることは無かっただろうことは都合が良かった。

 そこで、はたと思い至る。

 

「私の義体(ボディ)‥‥」

 

 義体情報を参照して、416は目を大きくした。

 侵食榴弾の炸裂位置からして、自分はまず右半身を丸々消し飛ばされたはずだ。それは損傷記録にもある通りである。

 そして、あの榴弾は侵食体を撒く。自分の体は使い物にならなくなるだろうと、416は予想していた。その場合、自分は作戦前にアップロードしたメンタルデータを新たな体にインストールし、対エクスキューショナー討伐作戦――作戦コード“雪の木曜(Thor stirbt im Schnee)”に参加した記憶は失っていたはずだ。

 しかし416はあの戦いの動向を、自分が見た範囲内では全て覚えている。

 つまり、自分は完全に壊れる(死ぬ)前に回収され、修復されたのだろう。一体誰に?問うまでもない、ノアだ。

 何はともあれ、今回は任務をきちんと果たした。完全勝利とはいかなかったが、あの劣勢でも敵を討ってみせたことで、自分の優秀さは充分証明できただろう。

 自分の成果を確認したタイミングで、システムのスキャンが完了した。

 体が上空へ引っ張られるような錯覚。そのまま、416の意識が浮上する――

 

「‥‥ん」

 

 瞼を開けて、一瞬遅れて視覚モジュールが起動する。溢れる直前まで人工涙液が分泌され、瞬きするごとに引いていく。

 視界に映るのは一面のトラバーチン模様。予想通りここは医務室で、416はベッドに仰向けで横たわっている。

 部屋の中は静かで、416の他には誰も――いや。

 左手を何か温かいものに包まれているような気がした。まだ体は重く、起き上がるのは面倒だ。416は首を傾けて、自分の手を見る。しかし毛布から出た手に被さるものは何も無く、チューブなども繋がれていなかった。錯覚だろうか?再起動直後だから、触覚や温度感覚が整っていないのかもしれない。

 

「おはよう。‥‥といっても、もう夜中の二時だけど」

 

 左手の奥、スツールに腰かけた影から声がする。視線を合わせると、ノアがこちらをじっと見ていた。瞳は少し充血していて、泣き腫らしたような瞼の下に隈が見える。もしやと思い観察すれば、やはりメイクをしていない。毎朝見ているので慣れているはずなのに、数段顔色が悪いように思われた。

 その原因にはすぐ思い至った。表情だ。いつもの穏やかな笑みは見る影もなく、眉間には深い皺が刻まれている。

 明らかにおかしい様子を前にして嫌な汗を掻きながら、416は応えた。

 

「おはよう、指揮官。ごめんなさい、迷惑をかけたみたいね。

 作戦はどうなったの?」

 

 そう訊ねると、ノアは一度何かを言いかけて、やめて、息を吐いてから再び口を開いた。関節が紅くなるほどに固く握り締められた手が、小さく震えている。

 

「‥‥一箇所を除いて全て想定通りに進んだよ。

 Jupitarは全基破壊、ハイエンドモデルも全員殺害。

 負傷した子たちは帰投次第全員修復した。今回の作戦で失われた記憶は無いよ」

 

 元々、エクスキューショナー以外はいつもと変わらない戦い。他の面々がしくじることはないだろうと予想していた。G11たちも負傷したが、あの程度の怪我は珍しくない。無事であることは分かっている。

 それよりも気になるのは、あの作戦における最重要目標――エクスキューショナーのコアが手に入ったかどうかだ。それが上手くいったか否かで、自分の評価も変わるはずなのだから。

 

「アイツのコアは手に入った?私、ちゃんと仕留めたわよ」

「‥‥‥‥うん。あとは解析を済ませたら、電撃に特化した個体への対策ができる」

「そう!ならよかったわ。どう?指揮官。私の評価は上がったかしら」

 

 あの窮地で、自分は確かに標的を仕留め任務を果たしたのだ。必ず、自分こそが最優にして完全無欠の戦術人形であるとノアも認めるだろう。

 しかし次の瞬間、416は自分の予想が全くの見当違いであることを思い知った。

 

「『よかった』だって?何がどうよかったのさ。

 416。自分が何をしたか分かってる?」

 

 ぞっとするほど冷たい声音がノアの口から零れたことに、416はまず驚愕した。驚愕して、それから困惑した。

 どうして、彼は怒っているのか。まさか、自分が負傷したから?でも、自分は任務を果たしたのだ。だから、少しくらい褒めてくれても――

 何かを言おうと口を開くも、止まらぬ言葉に遮られた。次第に、その声はボリュームを増していく。

 

「義体の半分が無くなって、さらに残りの六割も侵食体に喰い荒らされていたんだ。帰ってきたキミを見たときの僕の気持ちが分かるかい?分からないだろうね。

 キミたちを戦場に送り出して、自分だけ安全な場所で指示を出して、遺体同然になって帰ってきたキミを見た指揮官(木偶)の気持ちなんて!」

「し、しきか――」

「何を考えてるんだ!自分の武装の特性も理解してないのか!?

 あと数分回収が遅れていたら、キミは跡形もなく消えるところだったんだぞ!!

 もし修復が間に合わなかったら!他の子たちより一日だけ巻き戻ったキミに、僕がどんな思いで声を掛けると思ってたんだ!?」

 

 最後の方は、ほとんど叫び声だった。窓ガラスにはわずかに罅が入り、聴覚モジュールの奥にビリリと振動が残った。

 握り締められた手からは血が滴って、白い床に赤色が徐々に広がっていく。

 416は絶句していた。人形には際限なく優しいノアが、これほどの怒りを自分に向けているという現実に、理解が追いつかない。

 

「ま、待って。つ、次は、次はもっとちゃんと、するから。もっと上手くやる、から。

 だからお願い、見捨てないで‥‥!」

 

 何とか身を起こして、ノアのシャツに縋りつくように倒れる。しかし、ノアはそれを受け止めない。

 とん、と416の体が元の姿勢に押し返された。立ち上がって影の落ちた、猫のような双眸を見上げる。

 一瞬その目が悲しげに細められたと思うよりも早く、ノアは淡々とその言葉を口にした。

 

「HK416。キミを、副官及び第一強襲部隊から解任する。

 謹慎は言い渡さないけど、僕の部屋には来ないこと。

 今後の配属などは追って連絡する」

「し、指揮官!待って、指揮官‥‥!お願い、待って‥‥!」

 

 再び起き上がろうにも、体に力が入らない。手を伸ばして叫んだ懇願も虚しく、華奢な背中はドアの向こうに消えた。

 やがて腕からも力が抜けて、シーツの上にどさりと落ちる。ノアの血が付いた患者衣を握り締めても、かえってこれが現実であると痛感するばかり。

 唇を噛んだ416の(まなじり)から、大粒の涙がぼろぼろと流れ落ちた。

 

「‥‥どうして、こうなるのよ‥‥‥‥」




どうしてこうなるの(絶望)

早く仲直りしてくれ‥‥頼むよ‥‥頼むよぅ‥‥

感想や評価などいただけますと気持ちが安らぎます。頼むよぅ‥‥

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