WinterGhost Frontline   作:琴町

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幕間に投げられた思い出話・その二 ③

 日の沈み切った“猫の鼻”でも、人形用宿舎を見上げると灯りの点いた窓が散見される。

 ノアと待ち合わせた時刻の十五分前。エントランスへの入口の陰に、416は身を潜めていた。二階へ続く階段の陰にはダミーを待機させているが、これは囮。ノアがそちらに意識を向けた瞬間、不意を突く算段である。

 ここへ来る前、つまらなそうな表情の45から「ようやくって感じね。じゃ、精々デートを楽しんできて」と手を振られた。もちろん、勘違いを指摘することは忘れなかった。これは紛れもなく、HK416からノア=クランプスに対する挑戦なのだ。416は屈んだ姿勢のまま、抜き放ったナイフの柄を握り締める。

 日頃の経験から、この時間帯にエントランスを通る人形が多くないことは分かっている。事を一瞬で済ませる前提であれば、誰かに目撃される心配もない。

 アスファルトを踏むブーツの音を捉えた。息を溜めて、“絶火(ゼッカ)”に備える。エントランスに差し込む影の、揺れるポニーテールを確認した。

 最適なタイミングで、全身のバネを解放。足を払いつつ左手で首を掴み、背中から地面に押し倒す。膝で鳩尾を踏みつけながら、ナイフを喉元に突きつけた。そこまできて、416は違和感に気が付いた。まるで手応えが無い。

 二人の視線が交錯する。流水のような銀髪の陰で、琥珀色の視線はじっと416を見つめていた。

 完全に呼吸を盗まれたはずのノアは、肺から空気を押し出されてもなお、抵抗する様子を見せない。流石に少し苦しそうだが、少しの敵意も感じさせない――それどころか、愛おしげな眼差しで微笑んでみせる。

 ノアが手を伸ばして、416のタトゥーを撫でる。涙を拭うようなその手つきに、416は思わず息を呑んだ。

 

「いいよ、刺しても。それでキミが安心できるなら」

 

 ナイフを逆手に握った拳が震える。

 頬を撫でる冷たい感触が、研ぎ澄ませたはずの敵意を揺さぶってくる。

 

「あ、でも心臓以外で頼むよ。僕はキミと話がしたいんだ」

 

 ほんの三秒前までは、躊躇いなく刺すつもりでいたはずなのに。肩口は止めて、横腹にしようか。いいや、そもそも本当に刺す必要が――

 そのとき、階段を降りる足音が、逡巡する416の意識を切り替えさせた。パッと立ち上がり、スカートの裾を払う。ノアは目を伏せたまま立ち上がって、

 

「それじゃ、行こっか」

 

 と、何事も無かったかのように笑うのだった。

 

 隣を歩く気にはならなかったので後ろについていくと、やがて樹林に辿り着いた。月明りを僅かに透かすばかりの緑色の海を前に、416は首を傾げる。ノアはこちらを一瞥しただけで、そのまま進んでいく。

 仕方がないので、視覚モジュールを暗視モードに切り替えた。暗視スコープほどの効果は期待できないが、走り回る程度なら十分信頼できる。

 自分が引き籠っている間に雨が降ったのか、靴裏に少し弾むような感触が返ってくる。風は無く、木々の騒めきが鳴りを潜める代わりに、耳慣れない息遣いや鳴き声がちらほら聞こえた。

 (くさむら)の陰から、一羽のウサギがひょっこりと顔を覗かせた。そのまま、ぴょこぴょこと駆け寄ってきた。

 すぐ傍の枝には‥‥梟か木兎(ミミズク)だろうか、顔を傾けてこちらを見ている。

 他にも猫や狸、果てには蛇や蜥蜴といった動物たちが、思い思いにこちらの様子を窺っていた。これほど多数の野生動物に囲まれた経験の無い416は思わず抜銃しそうになったが、ノアに手で制される。

 足元にすり寄ってきたウサギの額を撫でる、ノアの眉尻が下がった。

 

「ごめんね、少しお邪魔するよ。できるだけ静かにするから、気にしないで」

 

 その言葉は果たして通じたのか、ウサギはつぶらな瞳でこちらを見上げた後、そそくさと草葉の向こうへ消えた。釣られて、他の動物たちも引っ込んでいく。

 ‥‥ノアの振る舞いには、これまで散々驚かされたのだ。今更、この程度では眉も動かない。

 青色の空気を吸い込みながら、揺れるポニーテールについて行く。陸上であることは確かなのに、海底を進んでいるような錯覚を抱いた。

 互いに無言のまましばらく歩くと、木々の天蓋がふっと開いた。視界を覆う光に、思わず目を細める。視覚モジュールの自動調節機能を待って、416は自分のいる場所を確認した。

 そこは花畑だった。花薄雪草(エーデルワイス)に似た白い花が一面に咲き誇り、月明りを吸い込んで輝いている。

 視界の中心で、少し遠ざかった背が振り返る。遅れて靡いた鳩羽色の髪の隙間から、猫のように光る視線が真っ直ぐこちらを射抜いた。

 

「416。構えて」

 

 放たれた気配に、花畑がぶわりと波打つ。416も、心臓を刺すような殺気に総毛立った。

 しかしノアの表情はどこまでも穏やかで、恋人の抱擁を待ちわびる乙女のようですらある。

 ――戸惑いは、一瞬未満。素早く拳銃とナイフを抜いて、いつでも走り出すことができるように腰を落とした。向こうが何を考えているかは知らないが、416からしても好都合なことだった。最近の鬱憤を晴らし、自らの実力を証明するいい機会になるのだから。

 相対するノアは自然体。右足を引いた半身、手にも力は籠っていない。だが416は知っていた。いかなる体勢からでも駆け出せるノアの、本気の構えがこれであることを。

 風が、花弁を吹き上げる。

 何も言わぬ月の下、二つの影が火を絶った。




うぇーい!次回は痴話喧嘩だ!

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僕に命の感触をくれ
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