WinterGhost Frontline   作:琴町

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幕間に投げられた思い出話・その二 ④

 その戦いは、互いに激しく撃ち合いながらも軽やかで、美しかった。

 両者の“絶火”が放つ衝撃波によって撒き上げられた花弁は、二人を包むように吹き荒ぶ。

 音を超えた速度が乗る416の蹴りを足の裏で受け、ノアは宙返り(アウエルバッハ)を切った勢いのままに逆さ廻し蹴り(コンパッソ)を放つ。柄でその威力を受け取って、416は回転しつつナイフを振るう。右手に握った拳銃もマズルフラッシュを散らすが、放たれた三発の弾丸は全て指先で逸らされた。“秘刃(ヒバ)”だ。

 満ちた月の他に観客のいないダンスは、相手の速さに呼応して加速し続ける。

 反対の手でマガジンを宙に放る。そこへ銃床を叩きつけるようにしてリロードしながら、416が吼えた。

 

「何なのよ!私を捨てたと思ったら急に優しくなって!今度は殴り合い!?莫迦じゃないの!」

「なぁに、仲直りするには言いたいことを全部吐き出した方がいいと思って!あっは!」

 

 互いの言葉を受け取るには、ワンテンポ遅れてやってくる衝撃音が邪魔だった。自然と二人の距離は近付いて、ときたま額と額が触れ合いそうになる。視線は絡み合い、溶け合って、ただ相手の瞳だけを追い続ける。

 白い花弁に包まれて、416とノアは抱き合うように刃を交わす。

 

「じゃあ言わせてもらうわ!

 私はこんなに努力してるのに、結局貴方も私を認めないんでしょう!?M16(アイツ)と同じだわ!」

「とっくに認めてるさ!でなきゃ本部の連中を口車に乗せてまで、キミに最重要目標の攻撃を任せるわけがないだろ?

 副官にしたってそうだ。キミが無能だったなら、僕は今でも一人であの子たちの歯車でいられたのに!」

「でも外したじゃない!一襲からも、副官からも!」

 

 相手の言葉に応えて、互いの声は熱を増していく。

 二十発以上放たれてようやく、416の銃弾がノアの頬を掠めた。花弁を一片赤く染めながら、ノアは左手で拳銃を掴みにかかった。“秘刃”で強化された握力ならば、チタンだろうがスカンジウムだろうが一瞬でスクラップにされるだろう。416はあえてリコイルを抑えず、上半身を(ひね)るための推力に変えた。

 同時に足を鋭く払いながら、ノアが叫ぶ。

 

「それはっ、キミが死にかけたからだ!」

「意味が分からないわ!任務は成功したのに何が不満なわけ?

 私は戦術人形よ!バックアップがあるんだからいいじゃない!」

「任務のために犠牲を出していいのは三流指揮官だけだ!

 キミたちが全員無事で帰ることができるよう作戦を立てるのが、僕の()()()の仕事なんだから!

 ただ勝つだけでいいなら、こんな戦線一年前に片付けてる!」

「鉄血のクズ共を倒すことが私たちの存在意義よ!何度死のうが、鉄クズ共を殺さなきゃ、私が生きる理由なんて無いわ!」

「違う!」

「違わない!」

 

 拳銃にスライドストップが掛かった。もう予備のマガジンも無いので、ここからはただの鈍器だ。

 言葉は熱く、攻め手は鋭く。煮え(たぎ)る思考の中、二人の格闘戦はここに来てさらに加速した。

 416のソバットをノアがバックフリップで避け、ほんの刹那、間合いが開く。

 

「指揮官の――」「416の――」

 

 

「「――分からず屋ッ!!」」

 

 

 ノアの540(Five-Forty)と、416の膝蹴りが激突する。ひときわ強い衝撃波で、花弁が一斉に吹き飛んだ。離れた木々も騒めいて、夜の闇さえ揺れた気がした。

 着地したノアが、そのままペタンと尻もちをつく。息を吐く暇もない格闘戦で、脳から足先まで精魂尽き果てたようだった。

 416はふらつく足を何とか動かして、半ば倒れるようにしてその隣に座り込んだ。

 所々裂けた掌を眺めて、ノアが呟く。

 

「‥‥凄いな。キミがうちに来てからそんなに経ってないはずなのに、もうこんなに強くなっちゃったのか」

「褒めても‥‥誤魔化され‥‥ない、わよ。はぁ、はぁ‥‥」

 

 416が懸命に息を整えていると、手招きされる。ノアは自分の方をちょいちょいと指さした。

 

「疲れたでしょ。凭れていいよ」

「‥‥じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかしら」

 

 先程まで超音速の世界で死闘を繰り広げていたとは思えない態度だが、気にしても仕方がない。彼はこういう人間だ。

 肩に頭を預け、すっかり脱力する。きっと重いだろうが、彼自身の申し出なのだから耐えてもらうしかない。

 バランスをとるために手をついて、ノアが深く息を吸った。

 

「‥‥ごめん。あれこれ理屈は付けたけど、キミに対するあの態度は、結局のところ八つ当たりだ」

 

 416は目を見開いて声を上げた。

 

「なんて酷い話!お陰で私がどんな気持ちだったか、貴方は知らないでしょ」

「出会い頭の一件で、そこは痛いほど分かったつもりなんだけど‥‥」

 

 確かに。

 

「そもそも、八つ当たりするほど苛立つなんて珍しいじゃない。

 Shortyのときはもっと落ち着いてたと思うけど?」

 

 そう言うと、ノアは少し気まずそうに頬を掻いた。

 

「‥‥キミが相討ち覚悟で自爆したとき、自分でも訳が分からないくらいに焦ったんだ。

 冷や汗が止まらなかったし、目の奥がすっごく痛くて、呼吸すら上手くできなかった」

 

 寄り添ったまま視線を巡らせる。道に迷った幼子なら、こんな顔をするだろうか。

 

「それは‥‥ごめんなさい。でも、あのときはああするしか無かったのよ。

 あそこで仕留めないと、エクスキューショナーに逃げられて作戦は失敗してた。

 そうしたら、また私は貴方の期待を裏切ることになる」

「そこに関しては僕の詰めが甘かった。エクスキューショナーのラーニングがあんなに雑だとは思わなかったよ。

 でもさ。どうしてそこで、僕からの期待なんてものを気にしちゃうの?」

「それは‥‥‥」

 

 言葉に詰まった。目指す背中の主に認めてもらいたいという焦燥を、その相手本人に語るのはとても気恥ずかしい。‥‥今更な気もするが。

 ノアはたっぷり返答を待った後、小さく笑った。

 

「僕にも全く覚えのない感情ではないから、分からなくもないよ。要は自信の問題だ。

 『お前は優秀だ』って一言をただ一人、自分の決めた相手から掛けてもらわなきゃ気が済まないんでしょ」

 

 416はその言葉に、沈黙で肯定の意を示すしかなかった。

 ノアの声音が、少し固くなる。

 

「だからこそ、僕は一度キミを突き放す必要があると思ったんだ。

 キミのモチベーションを『ノア=クランプスに認められる』以外の何かに変更できないと、またあのときみたいな無茶をするだろうから。‥‥やり方はもっと他にあったと思うけど」

 

 そんなことを考えていたのか。何事においても器用に熟すノアだが、今回ばかりは不器用が過ぎるというものだ。

 思わずクスリと笑いが零れて、口元を隠した。

 

「気遣いは有難いけれど、的外れな心配ね。認めるのは癪だけど、貴方は私よりも強いし優秀なの。だから貴方を目標にするのは当然のこと。

 貴方の望みを叶えるために、要は無傷でトーチャラーを殺せるようになればいいんでしょ?

 そのために貴方はこれからも私の壁であり続けるんだから、覚悟しておいて」

 

 ノアが不満そうな顔でこちらを見つめる。416も負けじとその目を見返して、沈黙が下りた。

 やがて、折れたのはノアだった。大きく溜め息を吐いて、ひらひらと手を振る。

 

「しょうがないな。それじゃあこれからはもっとたくさん訓練しないとね。

 あとは‥‥キミのモチベーションを保つには、どうしたらいいのかな」

「それじゃあ取り急ぎ、二つだけ申し出があるのだけど」

 

 首を傾げたノアの鼻先を、軽くつついた。漏れた「ふぎゅっ」という声が可愛らしい。

 

「損傷具合はどうあれ、私は勝ったのよ?少しくらい褒めてくれてもよくないかしら」

「あ‥‥」

 

 わざと拗ねたようにねめつけてみると、ノアは目を見開いた。それから、なぜか少し顔を赤くした。何その反応。

 

「それはそうだよね、ごめん。

 ――お疲れ様、416。キミの働きが無ければ作戦は失敗してた。よく頑張ったね」

「~~~~~っ!」

 

 そんな優しい表情で囁くようにとか、頭を撫でながらなどという注文は付けていなかった!

 人類のみならず、戦術人形の美的価値観においても――つまりHK416から見ても、ノア=クランプスは美人なのだ。

 しかも本人にはその自覚が一切無いときた。何度指摘されようと「キミたちの方がずぅっと可愛いよ?」と真顔で返すような男なのだから。

 とにかく、たとえ双方に恋愛感情が無くとも、この構図はあまりに恥ずかしい。

 髪の上を滑る手の感触と聴覚を溶かすような刺激に416が悶絶していると、ノアは不思議そうに眉尻を下げた。

 

「な、何か間違った?」

「色々と‥‥何もかも違うけど‥‥まぁこれでもいいわ‥‥」

「ならよかった。

 それで、二つ目は?」

 

 促されても、少し口籠(くちごも)ってしまう。

 416が頼もうとしていたもう一つの内容は、呼び方についての話だ。近頃404の三人はノアを名前で呼んでいるが、自分は何となくその流れに乗ることができなかった。

 しかし後から言い出すほど重要なことでもないし、かといって自分だけ「指揮官」呼びでは癪に障るし、どうしたものかと迷っている次第である。

 髪を梳かれるままに目を伏せていると、ノアが口を開いた。

 

「それじゃあ、当ててみせようか。‥‥僕の呼称の話でしょ」

 

 416は思わず視線を起こした。こちらの驚きぶりに驚いたのだろうか、ノアも目を見開いている。

 

「どうして分かったの?」

「そりゃあ、エクスキューショナーがあれだけカストラートカストラート言ってたら、気になるだろうなって‥‥」

「‥‥ん?」

「‥‥?」

 

 どうやら、二人の間ですれ違いが発生しているようだ。416は首を振った。

 

「そっちも気になるけど‥‥その、私が貴方をどう呼ぶかって話よ。

 ほら、45たちは貴方を名前で呼んでいるでしょう?ちょっと気になってて」

「あっは、そっちだったかぁ。いいよ、好きなように呼びな。カストラート以外ならね」

 

 許可も下りたことだし、早速名前呼びを試みる。息を吸って、

 

「の、ノア」

「ん、なぁに?416」

「‥‥思ったより恥ずかしいわね、コレ」

 

 目を逸らすと、ノアはまたあっは、と笑った。まぁ、これは追々慣れていくとしよう。

 それから、彼に言及された方の話も気になってはいたのだ。ついでに訊いておくべきか。

 そう言うと、「自分から言っといてアレだけど、ちょっと気まずいなぁ」と言ってノアは苦笑した。

 

「僕が昔正規軍に居たってことは、45辺りから聞いてるかな」

「えぇ。脱走兵ってことと、特殊部隊員を二十九人殺したこともね」

「あー、ソレは置いといて。その頃の二つ名みたいなものなんだよね」

 

 そこまで言って、ノアは少し考える素振りを見せた。

 たっぷり三十秒ほど考え込んでから、何かを決意したような面持ちになる。

 

「まぁ、いい機会かな。シュタイアーにも言われたことだし。

 ――ねぇ416、少し昔話に付き合ってくれる?」

 

 思ってもみない誘いだった。秘密主義の彼のことだ、名前のことしか語らないだろうと思っていたのに。

 困惑しながらも躊躇はせずに頷くと、ノアは頭上の月を見上げて語り始めた。

 

「これはね、壊れてしまった幸せのお話――」




何とか、仲直り、してくれた‥‥(遺言)

540とは、XMAにおける回転蹴りの一つです。『仮面ライダーウィザード』でよくやってるヤツ、と言えば伝わる方もいらっしゃるでしょうか。

次回は過去のお話になります。つきましては、人形が登場しないと思います。それでも416の存在感はしっかり感じられるよう、書き方は工夫するつもりですのでご安心ください。

最後に、感想や評価などいただけますと大変励みになります。お好きな動物やモンスターの鳴き声でも大丈夫です。

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