WinterGhost Frontline   作:琴町

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「ポーン、B4」
「ふむ‥‥では、ナイトをF6へ」
「相変わらず迂遠な手だな」
「思慮深いと言え」

 ある作戦の終了後。時間を持て余した俺とアードは、アルグリスたちの合流を待っていた。
 十数分ほど前まで絶叫と銃声で溢れかえっていたフロアは、見る影もなく静まり返っている。指し手を呟く俺たちの声が、血溜まりと冷たい肉塊に吸い込まれて消えていく。

「おー、いたいた。待たせて悪いな」
「いいんだよイディス、ノアたちが早く終わらせただけなんだから。
 それで、キミたちは何してるの?背中合わせで座って、ポーンがどうとか」

 3戦目の中盤になって、眉尻を下げて手を振るイディスと、愛銃を抱えたアルグリスが姿を見せた。合流を優先して一服する間も無かったのだろう、イディスはそのまま離れたところでバッグを下ろし、懐から煙草を取り出した。アルグリスはカツカツとブーツを鳴らして歩み寄ってくる。
 俺の肩にのしかかる部隊長からできる限り顔を離しながら、顎でアードを指す。

「見れば分かるだろ。チェスだよ」
「言葉だけで盤面全部憶えるのは最早別のゲームでしょ。
 駒が無いからって変態じみたレギュレーションで遊ぶの止めない?
 それより私の話を聞きなさいよ~」

 アルグリスから掛かる体重が増す。逃げ切れずに頬が触れ、密着する面積が増えていく。
 迫りくる温かな感触から逃げたくて、俺は彼女を両手で押しのけた。

「あぁもうっ、この一戦が終わったら聞くから!少し離れろ暑苦しい!」
「ノア、試合中に余計なことを考えるな。
 隊長。アンタがベタベタするとノアが集中できないから離れていてくれ」
「えっ嘘、ノアが?私で?ドキドキしたの!?」
「はっ、何を言い出すかと思えば。そんなわけないだろ」

 俺は、努めて平然とした顔を作って吐き捨てた。
 アードは、相対する者の感情・思考及び記憶を見ることができる。
 俺は常人と比べて思考が速いので普段は見られることも無いが‥‥今はアルグリスの妨害でその速度が落ちていた。

(アードめ、余計なものを見やがって)

「早く駒を動かせ、ノア。お前の手番だぞ」
「ったく、心理攻撃は卑怯じゃないか?‥‥ビショップをC4に」
「お前もよくやるだろ。こちらもビショップ、D6。
 これで、44手先で詰みだ。お前にしては軽率な手だったな」
「は?まさか——あぁ本当だ、くそ!
 これで82勝93敗か‥‥」 

「おっと、丁度いいタイミングだったようだな」

 俺が天井を仰いだとき、セレナが合流した。これで、特務課の全員が揃ったことになる。
 火を消したイディスが、嬉しそうに顎髭を撫でて言う。

「いやぁ、久し振りだな。最後に全員で仕事したのはいつだっけか」
「80件ぶりくらいだろ。時間でいえば精々一月半さ」

 答えるセレナを尻目に、俺は立ち上がって砂を払う。
 それぞれが得物を手に、隊長の——アルグリスの号令を待つ。

「今回のターゲットは中東の一国。その軍部の中枢ね。
 いつもよりおっきな相手だけど、今回の作戦もノアとアードが完璧に仕上げてくれた」

(——完璧?)

 一瞬、アルグリスの髪が腰の辺りまで伸びた気がした。
 愛銃《HK416》を携えて凛と佇むその立ち姿を、俺はどこかで見た気がする。

「最高の頭脳と最強の戦力が揃ったこの特務課なら、この程度の目標は楽勝よね?
 それでも、敵の最後の一呼吸が終わるまで油断しないこと。
 ——それじゃあ行きましょう、鼻歌交じりに完勝して帰るわよ!」

(どこかで見た、じゃないだろ。アルグリスの顔なんて、見ない日の方が少ないぞ)

 彼女の言葉に声を上げて応じながらも、俺は目を瞬かせて謎の幻覚を振り払っていた。



アンバーズヒルの吸血鬼・後篇 ④

 ”遺存生命特務分室”の破壊跡。無残に砕け崩れたコンクリート製の施設では、通り過ぎる風も生い茂る草もそのままになっている。

 拾い上げたはいいものの(ろく)に読めず、焼け焦げたファイルを投げ捨てながら416は毒づいた。

 

「くそっ。やっぱり、そう簡単に手掛かりが見つかるわけないわよね‥‥」

「ごめん、こっちも収穫無いや」

 

 Super-Shortyがドアの向こうから顔を覗かせる。シュンとする彼女に気にするなと手を振って、416は溜息を吐いた。

 昔の研究施設とはいえ、西暦2030年は越した時代のもの。データなどを保管しているとすればコンピュータかクラウドサーバだろうが、そんなものが残っているはずもなかった。

 ひょっとすると後者は残存しているかもしれないが、とっくに正規軍によって回収されているはずだ。そういったものを探るのは、自分よりもむしろ45に任せるべき仕事と言える。

 したがって自分たちはこの跡地からアナログな資料を探し出す必要があるわけだが、これがまるで見つからない。

 何せ、ここが壊滅してから経った歳月は20年近いのだ。当時だって軍による回収作業が行われただろうし、残った物資も動物や物漁りによってどんどん持ち出されていったはず。

 もとより細いことは分かっていた糸口だったが、思ったよりあっけなく切れてしまいそうだ。

 頭の片隅で次善策を考えながら歩き回っていると、インカムに着信が来た。相手はMDR、部隊全員に対する通信のようだ。

 

『速報ー!みんな、ちょっとこっち来てくんない?』

「『こっち』ってどこよ。下?」

『そうそう!B3の”Martin Hydra”ってプレートが掛かってるとこ。

 私と64式はもういるよー』

『416!私も行っていいですか?』

「アンタは外を見張る仕事があるでしょ、G28。

 出入り口を潰されたら私たちは生き埋めなんだから」

『はぁ~い‥‥』

 

 MDRにはすぐに行くと答え、階段に向かって駆け出した。少し遅れて、Super-Shortyもついてくる。

 416とShortyが捜索を行っていたのは地下2階だったので、二人は3分もかからず指定された部屋に辿りついた。

 

「来たわよ」

「おっ、早いね~。流石416。

 早速だけど、コレ見て。64式が見つけたんだ」

「これ‥‥USBメモリ?」

 

 差し出された物体を見て、Shortyが呟く。自分たちが製造されるよりも前の時代、よく利用されていた記憶媒体だ。持ち運びやすいという利点はあるものの、セキュリティやデータの完全性といった点では完全に信頼することができず、クラウドストレージの普及以降あまり使われなくなったと聞く。

 64式は頷き、小さいがよく通る声で応じる。

 

「専用の部屋がある事実とこの部屋の作りから、ここの主は”遺存生命特務分室”内で管理者的立場にいたと考えられます。

 詳しい条件や論理は省きますが、そういった人物は職務的事由によらず、何らかの形でデータを独自に保管する傾向があります。

 時代背景を鑑みて、用いるのはUSB。隠し場所は自分がアクセスしやすく他人が気づきづらい場所——座席の直上です」

 

 指さす64式につられて見上げると、小さな穴が開いている。視線を戻すと、MDRがナイフを見せてにやりと笑った。

 自分でもいつかは見つけ出しただろうが、もっと時間が掛かっただろう。

 部屋を出てからの道すがら、 416は目元に悔しさを滲ませて呟いた。

 

「よく分かったわね‥‥」

「指揮官から教わった、職業プロファイリングと潜入捜査メソッドのお陰です。

 元の私では、こんなの分かりませんでしたよ」

 

 少し恥ずかしそうに笑う64式を見て、Super-Shortyが腕を組んで頷く。

 

「確かに、指揮官が来る前の64式なら、今回の作戦は泣きながら断ってたかもね。

 作戦の成否に関わる決断を下すのが怖い、だっけ?」

「何ソレ。割と致命的じゃないの」

「えぇ。なので、私は廃棄処分される寸前だったんです」

 

 416は耳を疑った。廃棄処分?

 G&Kには元々、退役する人形の武装を解除しI.O.P.に返還するシステムがある。だから、わざわざ廃棄する理由はないはずだ。それとも、自分が404小隊で活動している間に規約変更でもあったのだろうか。

 そう訊ねると、MDRが首を振った。

 

「ホントはそうなんだけど、ウチは特別だったんだよね。

 戦線が限界すぎて、少しでも資材をリサイクルすべきだっていう前任者の主張が通っちゃってさ。

 実際に壊された子も、何人もいるよ」

 

 人形を解体して得られる資源はそう多くない。そんな手段を講じなければならないほどに追い詰められていたとしたら、それはもはや敗北していると言っても過言ではないだろう。

 戦慄すると同時に、416は改めてノアの働きぶりに絶句していた。

 

「ノアは、そこから戦況をひっくり返したっていうの?

 一体何をしたのよ‥‥少しは想像がつくけど」

「あーそっか、416たちは知らないんだもんね。

 ちょうどいい機会だし話しとく?指揮官が来てからのこと――」

 

 そのとき、インカムからの叫び声がSuper-Shortyの言葉を遮った。

 

『全員へ通達!未確認の戦術人形が2体、こっちに向かってきてます!

 迎撃してるけど一発も当たらない!

 早く上がってきて、逃げたほうがいいと思う!』

 

 G28がそう言い終える前に、全員その場から駆け出していた。

 しかしそれでも彼女のもとに辿り着く頃には、闖入者の姿がすぐそこまで迫っていた。

 G28の口ぶりから既に戦闘は始まっており、敵を正規軍かE.L.I.Dのエリート個体だと踏んでいた416は、相対した二人組を見て目を見開いた。

 色の少ない服装に、質感の似た銀髪と金髪。金髪の方は鋭い目つきで傷だらけのG28を睥睨しており、銀髪の方は閉眼したまま微笑んでいる。

 AK-12とAN-94。忌々しいM4が一時身をやつしていた“叛逆小隊”の、本来のメンバーだ。

 前に一度戦場で顔を合わせた程度だが、416とは一応知り合いということになる。

 しかし、眼前の2人が放つ殺気からして、呑気に再会の挨拶とはいかないらしい。

 倒れているG28がまだ死んでいないことを確認。彼女一人を出入り口の見張りに回したことを後悔したが、それはあくまで一瞬のこと。すぐに意識を眼前の二人に切り替え、416は“絶火(ゼッカ)”の構えに入る。

 

「Super-ShortyはG28をお願い。

 乱戦になるとは思うけど、基本的に64式とMDRは目を開いている方――AN-94を狙って。

 私はもう片方の相手をするわ」

 

 指示を出して駆け出す。

 “叛逆小隊”については、“猫の鼻”に来てしばらく経った頃に45から聞いていた。

 曰く、最新鋭の軍用戦術人形で、自分たちを雇っていた女の新しい戦力。

 AN-94も純粋に高い戦闘能力を持つが、より恐ろしいのはこの状況で微笑む不気味な人形——AK-12の方だと。

 ”絶火”で二人の視界に入る直前、閃光手榴弾をAN-94に向かって放る。同時にAK-12に対しては銃弾を浴びせかけた。

 そろそろ増援が来ると分かっていたのだろう、叛逆小隊の二人はこの奇襲に難なく反応した。素早く身を引き、反撃として引き金を引く。しかし416は超音速で駆けている、銃弾は当たらない。

 AN-94が背後に回っていた64式へ向かって手榴弾を蹴り飛ばし、416に向けていた視線をG28に戻す頃には、Super-Shortyが彼女を抱えて研究施設内まで撤退していた。

 

「うぐっ‥‥」

 

 見れば、MDRが足を押さえて呻いている。416への反撃と見せかけて、AK-12はMDRを撃ったのだ。向こうからの銃弾は半分ほど撃ち落としたが、やはり味方全員を庇いきるのは流石に無謀だったか。

 そう深い傷ではない。ハンカチを放って早口で告げる。「下がって止血しなさい」

 一方、AN-94は申し訳なさそうに眉尻を下げている。「ごめんなさい、AK-12」

 

「いいのよ、今の動きは想定外だもの。

 ここからは前提を修正して演算すればいいわ」

「そうね‥‥有難う。

 それにしても驚いたな。グリフィンにはここまで速く動ける人形がいたのか。

 ——いや、お前は厳密にはグリフィン所属ではなかったか、HK416。

 前に会ったときはそんな動き、できなかったはず‥‥」

 

 まさか挨拶があるとは思わず、勢いを削がれる。しかし気を緩めることなく、416は両手でしっかりグリップを握り締めた。

 一応言葉を返しながら、MDRを庇う位置に移動する。

 

「あら、覚えててくれたのねAN-94。

 ”絶火(コレ)”についてはまぁ‥‥私にもいろいろあったのよ」

「そうみたいね。まさか貴女がここにいて——あの人の技を使うなんて、思いもしなかった。

 それに、フルオートで放った私の弾を、54%も打ち落とすとはね。素直に驚いたわ」

 

 AK-12が穏やかに称賛の言葉を口にする。しかしその様子がかえって不気味に思えて、416は眉を顰めた。

 ともあれ、向こうは銃口を下ろしている。416も倣い、AN-94の背後で短機関銃を構えていた64式に目配せした。会話で解決が図れるなら、それに越したことはないのだから。

 

「それで、どうしてG28を襲ったのかしら。

 正規軍や何やらに喧嘩売ってるレジスタンス様が、廃棄された施設に用事?」

「そっちとは別件よ。まぁ、軍との競争ではあるけれど。

 その子がC■■地区から来たなんて思わなかったから、普通に反撃しただけよ。

 私たちの狙いは、カストラートに関する情報」

 

 12が口にした単語に416ははっと目を見開き、他の人形たちは首を傾げた。

 G28を手当てしている64式がこちらを見る。「416、知っている言葉ですか?」

 言っていいものか逡巡する。自分がノアからあのことについて聞けたのは、彼の迷いと決意の結果だから。

 しかし黙っていても始まらないし、叛逆小隊の方から告げられるのも癪だ。

 

「‥‥ノアの、正規軍時代の二つ名よ」

 

 あまり掘り下げるべきではないと416の声色で察したか、64式は頷いたきり沈黙した。

 そんなやりとりや空気は気にせず、12が全く変わらないテンションで続ける。

 

「彼、今は昏睡状態なんでしょう?」

「何で知ってるのよ‥‥」

 

 そう訊ねても、微笑したまま何も答えない。きっと、前々からノアの情報を集めていたのだろう。アンバーズヒル経由でも、彼に関する情報はそれなりに手に入る。

 416が警戒心を隠そうともしないので、94は心なしか困ったような表情で言った。

 

「安心してくれ。彼に危害を加えるためじゃない。

 私たちには彼を頼らなければならない要件があるから、まずは彼を起こす必要があるんだ」

「そういうこと。彼に目覚めて欲しいのは、貴女たちも変わらないでしょう?

 どう?ここはひとつ、協力してもらえないかしら」

「ふぅん‥‥」

 

 12はともかくとして、94はあまり嘘や頭脳戦に長けている感じはしない。だが、それはあくまで印象の話。

 先ほどは奇襲を仕掛けたにもかかわらず、こちらの判定負けに近い形で終わったのだ。向こうのペースに合わせてしまえば、いざ戦闘になったとき、こちらが勝てる確率はさらに低くなる。

 あぁ、全人形のカタログスペックを記憶しているノアがここにいたなら、この二人を信じていいか相談できたのに。

 416がうぅんと唸っていると、止血を終えたMDRが隣に立った。

 

「協力するとして、そっちは何をしてくれるのさ?

 こっちは既に手掛かりを一つ得てるけど、アンタらから提示できるメリットってあるの?」

「そうね‥‥まず第一に、協力している間は私たちを戦力に数えられる。私たちがどれくらい戦えるのかは、さっきお見せした通りよ。

 第二に、コレかしらね」

 

 そう言いながら12が取り出したのは、コピー用紙の束。表紙には、『第三種遺存生命体に関する報告』と記されている。恐らく、お得意の電子戦能力でかっぱらってきたものだろう。

 しかし、第三種遺存生命体とやらに関する情報がどう役立つのか。

 416がそう訊ねると、12は平然と即答した。

 

「それは役に立つわよ。ドンピシャでカストラートについての記述だもの、コレ」

 

 ‥‥まぁ、ノアが人間ではないということは、出発前に分かっていたことだ。今更驚くことでもない。

 出入口の方から「え、指揮官人間じゃないの!?」というSuper-Shortyの叫び声が聞こえた。

 

「‥‥乗ったわ、その話。ノアを目覚めさせるまで、協力といきましょうか」

「よかったわ。それじゃあついてきて。私たちのセーフハウスに案内するから。

 G28だったかしら、その子まだ応急手当だけでしょ?あそこに着けばもう少しマシになるわ」

 

 そう告げて身を翻し、12と94が歩き出す。416はMDRに肩を貸しつつ、64式にG28を担ぐよう頼んだ。「多少雑でもいいから」

 二人の後を追いながら、12が見せた資料について考える。

 第三種遺存生命体。具体的な名称を得ることで、ノアを覆っていた霧のような謎が形を得たような気がした。

 だが、誰が何と言おうとノアはノアだ。その超人ぶりを先んじて目にしているせいもあるだろうが、今更どんな事実が現れても大して驚かないだろう。

 

 しかし、彼女に本当の衝撃を与えるのは、64式が見つけたUSBの方であることを彼女はまだ知らない。




お久し振りです。また間隔開いちゃいましたね。

理由としては仕事が忙しいというのもあったんですが、モチベーションがかなり下がってしまっていたことが大きいです。

数字や感想を気にするといけませんね。

今回からの些細な変更点ですが、人形の名称以外の数字もアラビア数字にしました。
読みやすくなっていれば嬉しいです。

それでは、また次のお話でお会いしましょう。
もし気が向きましたら感想や評価、お気に入りなどよろしくお願いします。

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