「アード!一体何があった?
通信は繋がらないし、ここに来るまでに想定より遥かに多い数のE.L.I.Dと遭遇した。
アルグリスたちの状況は確認できてるか?」
「はは、落ち着けよ。(激しく咳き込む音)
前情報に虚偽が混じってたんだろう。地下格納庫には物資しかないという上層部からの報告、疑った方が良かったかな‥‥。
ここから一番近いのは‥‥セレナの担当箇所だな。俺のことはいいから、行ってやるといい」
「でも、アードも傷が深いじゃないか!待ってろ、すぐに応急処置を」
「いいから行け!ゴホッ、俺は奴らの体液を浴びていないから、このまま人として死ねる。
でも他の連中が‥‥そうとは限らないだろ。
特に他の3人がE.L.I.D化すると面倒だからな‥‥無事なら最高だが、この状況だと望み薄だ。
お前が行って、場合によっては終わらせてやれ」
「‥‥‥‥」
「まだ躊躇するのか、寂しがり屋の甘ちゃんが。
いいか、ノア=クランプス。(咳き込む音)
お前の頭脳があれば、きっと‥‥何だってできるはずなんだ。
だからこれからは、もっと血腥くない‥‥『いいこと』のためにその頭を使うんだ。
差しあたっては、この戦いを終わらせて、仲間を救え。
だから‥‥行け!ノア!」
(少し間が空いて、コンクリートが弾けるような音)
「あぁ‥‥よかった。お前は無事、だったんだな‥‥ノア」
「セレナ‥‥!」
「見ての通り、私はもう駄目そうだ。四肢の感覚がない。体液も浴びてしまった。情けない限りだ、はは‥‥。
自刃も叶いそうにないから‥‥頼んでも、いいだろうか」
「‥‥あぁ」
「そ、れと。最、期に‥‥約束を一つ、してほしいんだ」
「何?言ってみな、俺にできることなら努力するから」
「無辜の、民の‥‥助けを求める声、から‥‥目を、背けないでくれ。
お前の脚、は、誰よりも‥‥速い、から。きっと‥‥私より、ずっと多くの人を‥‥救えるはず、なんだ」
「‥‥あぁ、分かったよ。だから、安心して眠ってくれ」
(重苦しい破砕音)
「‥‥ノアか?」
「そうだよ。‥‥イディス、アンタ目をやられたのか。それに、噛み傷だらけだ」
「はは、恥ずかしい話だがな。
まぁ、俺の“必中”は目に頼った異能じゃない。弾が尽きるまでは、このままでも連中の足を止められてたのさ」
「そうらしいな。ここらの死体の山と、捨てられた銃火器の数を見れば察しがつくよ」
「だがなぁ、もう弾が無いんだ。お前が来てくれて助かったよ」
「まったく、自分用の一発くらいちゃんと残しとけよな‥‥」
「あっはは、悪いな。
‥‥なぁ、ノア。間違っても、俺たちの後を追おうなんて考えるんじゃあないぞ」
「‥‥‥‥あぁ、分かってる。じゃあな」
(重苦しい破砕音)
「アルグリス!」
「あぁ、ノア‥‥よかった、貴方は無事なのね‥‥。
見てよコレ、全員氷漬けにして、穴だらけにして、やったのよ。凄いでしょ‥‥私」
「あぁ凄いよ、凄いから喋るな!お前まで半分凍ってるじゃないか‥‥!」
「ねぇ、ノア‥‥一つ、お願いを聞いてくれる‥‥?」
「そんなこと今はいいだろ!後にしてくれ、何だって叶えてやるから!
海に行きたいとか言ってたよな?この間汚染されてない海浜の話を聞いたんだ、今度連れてってやるから——」
「(咳き込む音)聞いて、ノア。コレを、受け取って、欲しいの」
「何だコレ、何かの薬か?」
「ふふ‥‥プレゼント。
いつか貴方が、生きるか死ぬかの、瀬戸際に立ったとき‥‥私たちが、その背中を支えるための‥‥
(激しい喘鳴、喀血らしき音)」
「もういい、喋るなアルグリス!早く体の残りを凍らせろ!」
「ねぇ、ノア、あのね‥‥。
必ず、生きて、絶対に、幸せに、なってね‥‥?ふふ、ひとつじゃ、なくなっちゃったけど‥‥」
「なんでお前までそんなこと言うんだよ‥‥!
早く体を凍らせろ!そうすれば処置が間に合うかもしれないだろ!
おい!おいっ返事しろよアルグリス!おい!」
「‥‥‥‥死んでんじゃねぇよ、どいつもこいつも‥‥」
(多数の唸り声)
「‥‥あぁ、そっちに教祖様がいるんだな?
教えてくれて有難う。助かるよ」
(爆発音、暴風らしき轟音)
「「‥‥‥‥」」
ボイスログの再生を終えたとき、車内は重苦しい沈黙に包まれていた。
未舗装の道を走る車両に揺られる少女たちが耳にしたのは、ノア=クランプスにとっての絶望の景色。孤独へと向かう最後の巡礼だった。
416は腕を組んだまま、ノアに託されたものについて考える。
それは、美しい願いなのだろう。
ノア=クランプスという男が紡いだ人生の軌跡。彼に贈られて然るべき、戦いと愛情の証たち。
それは、美しい願いなのだ。
しかし夜を愛する彼にとって、その輝きは眩しすぎた。
ノアの幸せを願う光は、今も彼を苛み縛る。
理性を捨て戦場を駆け、ただ敵と諸共に燃え尽きてしまうには、彼の命の価値は重くなりすぎた。
「‥‥あー」
沈黙を破ったのは、気まずそうに頬を掻くMDRだった。
「どうして、コレが所長の部屋にあったんだろうね?
それも、わざわざその‥‥離別のシーンだけを切り抜いた感じでさ」
「自分への戒め、あたりかしら」
銀髪を指で梳きながら、AK-12が応じる。
「ノア=クランプスを始めとする特務課のメンバーは全員、遺存生命特務分室による勧誘で正規軍へやってきた。
きっと、特務課の拡充及び管理——有事の際の
「少なくとも所長は、間違いなく上層部による裏切りについても知っていたはずだわ」
12に続いて、416も口を開いた。
アード氏の「上層部からの情報を疑うべきだった」という発言から考えても、軍にとってこの作戦は端から教団と特務課を相討ちさせるためのものだったと断言できる。
「そりゃあ、ノアも脱走するわ」
「でも、軍はまだ指揮官の命を狙っているんですよね?
どうにかお守りしないと‥‥」
深刻な表情の64式が胸を押さえる。
416も不安な気持ちはあるが、ひらひらと手を振ってみせた。
「大丈夫よ。45たちには既に情報を伝えてある。
機材があるから簡単ではないでしょうけど、アイツらなら迅速にノアを動かしてくれるはずよ。
それよりも、実際に軍が攻めてきたときにどう戦うかの方が問題ね」
「これまでの交戦で、まともにやりあって勝てる相手じゃないっていうことは分かってるものね」
全力のカストラートなら一蹴でしょうけど、と12は肩を竦めた。
Super-Shortyが首を振る。
「無い物ねだりしても仕方がないよ。
指揮官はきっと、前から対正規軍の戦いを想定していたはず。
でないと、南方の防衛線にあんな兵器は作らないと思う」
「“ガニメデ”ね!アレなら、結構敵を足止めできる威力だわ。
連射性も改良しているから、電力の許す限り撃てる!」
「アレが第一陣で、第二陣は南方防衛線から“猫の鼻”までの廃墟街だね。
戦術人形と妖精、重装部隊で敵を削っていく感じかな」
「その間に、基地に残った人形はノアを連れて脱出。逃亡先は予めノアがいくつか作ってあるから、45たちが最適な場所を選んでいるはずよ」
そんなやりとりを遮るように、運転席のAN-94が声を上げた。
「12、前方を確認してください!」
緊迫したその声音で、車内の全員がフロントガラスの向こう側に目を向けた。
景色のあちこちから、炎と黒煙が見える。
「方向と距離からして、“猫の鼻”の南方防衛線だわ」
「もう始まってるのね‥‥!」
416は息を呑んで、UMP45へ通信を試みる。
いつもよりワンテンポ遅れて、回線が開いた。
「45!」
『416、無事!?』
「えぇ、こっちはね。今反逆小隊と一緒に“猫の鼻”へ戻ってるところよ。あと‥‥7分で到着するわ!
そっちはどういう状況?」
状況を報告しつつ、通信をスピーカーに切り替える。
『思ったより早かったね、助かった!
こっちは、416からの忠告を受けてすぐに態勢を整えたよ。
病人とか動けない人を除いて、住民は地下に避難済。最悪の場合は貧民街と都市外縁部まで戦場にできるわ』
「ノアは!」
『基地の地下通路に避難済。今はG36が看てるよ。
機動性の関係で装置をいくつか外したから‥‥完全に生命活動を停止するまで、3時間くらいだと思う。
ただ、問題があって‥‥』
「何?」
『416、輸血液を調達するよう言ってたよね』
「えぇ。言ったけど‥‥」
セーフハウスを発つ直前、416は”猫の鼻”に一報入れていた。
内容は2つ。
一つは、正規軍の襲撃に備えて、戦闘態勢と住民の避難を進めること。
そしてもう一つが、ノアに飲ませるための輸血液を手に入れることだ。
あのとき応じたのはG36だったが、45まで内容が伝わっている以上、情報が止まっていることはない。
416の背に、冷たいものが流れる。
「まさか」
『避難開始直前になって、病院から連絡があったの。
——
比較的久し振りじゃないですね。こんにちは。
お仕事の方に大分慣れてきたので、生活リズムと創作の時間を整えられてきた感じです。遅いね
モチベーション次第ですが、これから先は以前ほどお待たせすることはないかなと思います。
感想や評価は非常に励みになります。お好きな動物の鳴き声でも構いませんので、ください(直球)。
いつになったらノアくん起きるんでしょうね?そもそも起きるんですかね?