——416がAK-12たちと行動を別にしてから、30分あまりが過ぎて。
エゴール大尉率いる正規軍の部隊はその戦力を2割まで減じながら、”猫の鼻”の目前まで迫っていた。
風化した街の直中を全力疾走しながら、隊員が叫ぶ。
「大尉!暴走した全無人機、ネットワークから隔離しました!
しかし何故でしょうか!?突然制御を失って我々を襲うなんて‥‥」
「”猫の鼻”には404小隊が合流済みだ。中には電子戦を得意とする戦術人形もいる。
お前たちの着用している戦術外骨格に影響はないはずだが、機器に異常を感じたらすぐに外すよう周知を徹底しろ」
「はっ!」
無線で連絡をとる部下を一瞥しつつ、エゴールは内心で歯軋りしていた。
何と言っても相手はあの”カプリチオ”——彼を恨む身としては”カストラート”と呼ぶべきか——だ。サンタクロース作戦の惨劇を知っている
数えれば、今回の作戦には無人機110機だけでなく、最新鋭の外骨格を纏った部下たちを56名も連れてきた。しかし自分が直接指揮を執っているこの部隊を除いて、他方面からアプローチしていた部隊とは、すでに連絡が途絶えている。
原因は、巨大なレールガンによる長距離砲撃、こちらの動きを正確に把握した戦力配置、制御を乗っ取られた無人機による急襲、そして——
視界の端から殺到する銃弾を義手で弾きながら、そのまま体を捻って突撃銃を応射する。しかし、こちらの放った銃弾は全て黒い残像の向こうに消えた。
同時に、鋼鉄板をハンマーで思い切り殴りつけたような衝撃音が響く。
振り返ると、反応の間に合わなかった隊員が脳漿を撒き散らしながら転がっていった。
(狙撃か‥‥!クソッ!)
南方防衛線を突破してから今の今まで、2体の戦術人形が正規軍の機動部隊を邪魔し続けていた。
建物の残骸から垣間見えるその外見と得物から、内1体がステアーAUGであることは確認できている。もう1体は恐らく、AUGと仲がいい——機械に絆も何も無いだろうが——IWS2000だ。
I.O.P.のカタログには目を通してある。そこで得た情報にも、2体が高スペック機であることは記されていた。しかし、いくらなんでもコレは化け物じみている。
”カストラート”が誇る絶技——一歩で音速に至る”絶火”を易々と連発し、”暮葉烏”でこちらの視界を混乱させる。その上、飛んでくるのは正確無比な高速弾の群れ。こちらが回避や反撃に出ると、一瞬の隙を突いてAPFSDS弾が飛来する。
自分たちが身に纏っているのは最新鋭の戦術外骨格だが、戦車砲の要領で放たれる徹甲弾を防げるような装甲は持ち合わせていなかった。
「ぐっ‥‥!」
AUGの放つ弾丸が、義足の関節を掠めた。
段々と狙いが最適化されてきている。このままでは、目標に辿り着くよりも先に義肢を破壊されるかもしれない。
しかしAUGは他の”絶火”持ち人形と違って、制圧射撃や榴弾といった手段が通じない。その足を止める手段は——
(
”カストラート”を相手するときのために、できる限り多く残しておきたいが‥‥仕方ない)
踊るような黒い影が視界を横切り、何度目かの弾雨が降り注ぐ。
「総員、左右に迂回し私に続け——ッ!!」
そう怒鳴りながら、右足に力を籠める。ジャコッ、と音を立てて義足のカバーがスライドし、排出された薬莢が地面に触れるより早く、爆発音が鼓膜を殴りつける。
そして、エゴールの拳がAUGの腹部に突き刺さっていた。
「——ッ」
衝撃に息を呑んだのは果たしてどちらか。二人は衝突した勢いのまま、基地の外壁まで吹っ飛んだ。
——エゴールの義肢に搭載されているのは、至極単純な機構だ。
装填してあるカートリッジを爆発させ、その威力を推進力に替えて加速する。点火はエゴールの脳から送られる電気信号により一瞬で完了するため、如何なる姿勢からでも無呼吸で攻撃を繰り出すことができる。
当然、その衝撃に耐えるために義肢は硬度を最優先で作られている。
つまり今のエゴール大尉は、無拍子で新幹線のような威力の打撃を繰り出せるわけだ。
以上のことを、AUGは体感した衝撃で理解した。
彼女は知る由もないが、このカートリッジの製造にはオゾンを処理するための装置が必要になるため、完全にエゴールのための特注品である。
そして、崩れた瓦礫の中心。エゴールはAUGの胸を膝で押さえつけ、額に銃口を突きつけていた。
「‥‥答えろ。”カストラート”はどこにいる」
「驚きました。まるで制御できていないとはいえ、あの人と同じ速度で動く人間がいるなんて」
「答えろ!!」
ガツッ、と銃口がAUGの頭にぶつかった。
しかし、AUGは微塵も表情を変えずに呟く。
「こんなことをしている余裕はありませんよ。——ほら」
「総員、撃て——!」
少女の声に顔を上げると、優に50を数える人形たちがそれぞれの愛銃を手にこちらへ突撃してきていた。
血の気が引くよりも早く迫る、大小入り交じる口径の殺意。
その向こう側、暗い茶髪の人形と目が合った。
大きな傷の入った相貌が、獲物を追い詰めた獣のごとき笑みを浮かべる。
「——ッ!」
身を退こうにも、AUGの手がエゴールを掴んで離さない。
「離せ、この‥‥ッ!」
頭部を義手で庇いつつ引き金を引くも、ガキンという感触に阻まれる。
——見れば、引き金には小石が挟まっていた。
「指揮官から教わった、ちょっとした
この人形は——ッ!!!
そう言って微笑む人形を罵倒する暇もない。
銃撃よりも先に、足のカートリッジで脱出することを優先すべきだったのだ。
もはや回避は叶わず、人形共の隊列はすぐそこまで迫っている。
右耳を、弾丸が掠めた。
後ろから、隊員たちの怒号と悲鳴が聞こえる。
自分は、失敗してしまったのだ。
(‥‥ここまでか)
最期にエゴールの脳裏に浮かぶのは、自分の帰りを待つ妻子の笑顔。
「すまない‥‥」
呟いて、目を閉じた刹那。
突如、両腕がひとりでに動き出す。両手のカートリッジを1つずつ爆破、エゴールは全身を投げるようにして、真横に飛行し転がった。
義肢に搭載された防衛システムだ。エゴールが義肢に力を込めていない状態に限り、自動で攻撃を回避、あるいは迎撃する。
戦場にあって完全な脱力状態を要求されると聞いて、まるであてにしていなかった機能。
偶然の作動に救われ安堵の息を吐いた、その瞬間。
エゴールの視界を、折り重なった爆炎が塗り潰した。
エゴールは何度も地面をバウンドし、やがて転がりながら停止する。
砂混じりの血を吐き捨てたとき、通信回線が開いた。
『大尉、ご無事ですか!上空の確認をお願いします!』
声の通りに、空を見上げる。
そこには、50は超えるであろう数の無人機が飛行していた。先ほどの爆炎は、彼らによる絨毯爆撃だったのだ。
「これは‥‥?応援か」
『将軍による命令で、追加の無人機支援部隊を送りました!
ハッキング対策を施していたので、到着が遅れました。申し訳ありません』
壁の向こうから、人形たちのどよめきが聞こえる。
「うろたえないで!一旦退いて、狙撃部隊の火力支援に回るわよ!」
思わぬタイミングでの増援に敵は怯んでいる。攻めるには絶好のチャンスだ。
指示を出そうとして、インカムを押さえる。
「動ける者は全員ついて来い!この機を逃すな——」
しかし、答える声は一つも無い。
部隊の方を見やる。立っている者は、一人もいない。
『大尉、そちらの状況は概ね把握しています。
‥‥大尉お一人と54の無人機部隊で、進軍されますか?』
「もちろんだ。
今すぐ”カストラート”の居場所を割り出せ。
そして、私がそこに辿り着けるよう支援を頼む」
『了解』
その瞳に決意を湛えて、エゴールは銃を放り捨てた。
「——今日ここで、必ずあの男を仕留めてみせる」
明けましてお久しぶりです。
作品情報ページを確認して「あ、本当に読まれてないんだな~」と自覚するたびにエディタをそっ閉じしてました。
2021年中に一区切りつけられるように頑張りますので、感想とか‥‥頂けますと嬉しいです。
それでは、今年もよろしくお願いします。